第3話家では家族が俺を苦悩にさせている
「ただいまぁ」
「おかえり。何か買ってきてくれた?」
「俺はお前の召使いか何かか。そんなもん買ってくるわけないだろう」
「本当に使えない駄二貴だねぇ」
「誰が駄二貴だよ。それよりもお前部活はどうしたんだよ」
「今日は休部日なの。察してよね」
「悪かったな。俺はお前のことに興味がないんだ」
ムキーっと怒りながら妹は俺にグルグルパンチしている。俺はそれを冷静にパンチが当たらないように頭を押さえる。
妹である三浦小夜香はいつものごとく下着姿でソファーにくつろいでいた。手にはファッション雑誌を持っている。確か雑誌名は『キュンキュン』だった気がする。読んでいて何が面白いのか全く分からない。
「お詫びにコーヒー飲むか?」
「うん、飲む」
「はいよ」
俺は食器棚から俺と妹のマグカップを取り出して、電気ポットに水を入れてスイッチを入れる。その間にマグカップの中にインスタントコーヒーの粉を入れる。
「珍しいね。お兄ちゃんがウチのためにコーヒーを入れてくれるなんて」
「別に。俺がコーヒーを飲みたかっただけだからな」
「素直じゃないな。それとも何?学校で何かあったわけ?」
「何?お前は家政婦さんなの?何かを見たわけ?」
「家政婦だったらお兄ちゃんにコーヒーを入れてもらってないよ」
「そりゃ分かるけども」
電気ポットのスイッチがカチッと音を鳴らして沸かし終わる。それをマグカップの中へ注いでいく。
「ミルクとか入れるか?」
「ミルクたっぷり、砂糖多めでよろ」
「お前太るぞ」
「分かっててもそこは優しさでしょう、この駄二貴!」
「便利ですね。その駄二貴って言葉」
「意外と気に入ってたりして」
「それは何よりだな」
「あ、お兄ちゃんちょっとふてくされた。まあいつものことだよね」
「そうだな。いつものことだな。ほい、コーヒー」
「ん、あんがと」
小夜香は俺からマグカップを受け取ると、フーフーと冷ましながら飲んでいく。こいつは分かっていない。コーヒーは冷める前に飲むほうが旨いのだ。さらに、ブラックで飲んだほうが格好いいのだ。だから俺は、敢えてブラックで熱いままで飲む。もちろん、熱すぎてほんの数滴ぐらいしか飲んでいないし、ブラックなのでめちゃくちゃ苦い。俺、めちゃくちゃ格好悪い。
「ところでさ。さっきの話に戻るんだけど。お兄ちゃんは本当に学校のことで悩んでるの?学校に友人なんていないでしょう?」
「ズバッとひどいこと言ってくんな。俺だって友人くらいはいるさ」
「どうせ指折りで数えられるくらいでしょう」
「そ、そんなことないぞ?友人は少なくても生徒会長と仲いいからな」
「どうせ友達少ない同盟的なの組んでる的なやつでしょう」
「お前本当にミタさん目指せるんじゃないの?どうしてそんな裏事情知ってるの?」
「早麻ちゃんから訊いてるからだよ。お兄ちゃん」
満面の笑みで俺の鼻をつついてくる。てか、こいついつの間にか俺の前にいるし。なんなのコイツ。テレポーター?いつか『お兄様ぁ!』とか言って飛びついてくるんじゃないの?そんなことしてきたらこいつに電撃を浴びせてやりたい。そんな能力持ってないから無理な話だが。
これ以上話していると話が俺の悲しい友人事情になりそうなので、俺は無理やり話題転換をする。
「お前に訊いてほしいことがある。少しだけ時間いいか?」
「んー……まあ夕飯までの時間はあるわけだし、りょーかい。訊いたげる。お兄ちゃんの悩みだもんね。お兄ちゃんから言ってくること自体が珍しいし、どんな内容か訊かせてよ?」
「どこから話すか。……そうだ。まずはとある女の子の話から始めるか」
「例え話?」
「に近い実話っぽい話だ」
俺は綾瀬を仮にA、俺を仮にM、鶴見を仮にTとして話を進めていった。運動神経が全くないこと、ボールを額で受け止める技術を持ち合わせていること、投げればコントロール以前の問題ということ、そしてこれらを強制的にお偉いさんに押し付けられたこと。これらに嘘偽りなく話した。
「なるほど。まとめるとお兄ちゃんはそのTさんに依頼を押し付けられて、仕方なくお兄ちゃんは受けた。だけど、今度はAちゃんの運動神経が悪くてどうすればいいか悩んでいると、そういうことだよね?」
「なんで俺だって決め付けるんだよ」
「相談をしているところでお兄ちゃんだって察しがつくよ」
「俺じゃない誰かの悩みかもしれないだろう?」
「お兄ちゃんに相談するような相手なんていないでしょう?」
「う……」
何きっぱりと言われてるんだよ!確かに俺に相談してくるような相手はいないけれども!他にも色々と理由があるだろう!もう後の祭りだから言っても無駄だってことは分かるが。
とは言え彼女が言っていることに変わりがないので、俺はそのまま話を続けることにした。
「俺は運動がそこそこできるんだが、誰かに教えたことはないからな。だからどうすればいいのか分からないんだ」
「なるほどね。ウチは見てないから何とも言えないけど、お兄ちゃんには深刻な問題なわけだ」
「そこまで深刻ってわけでもないが、どう教えればいいのかが分からないんだ」
「教える、ね。確かにお兄ちゃんは教えるのが下手だよね。そこは妹のウチがよく分かるよ」
「それを自覚しているから困ってるんだろう」
「まあウチは関係がないからどうでもいいけどね。あ、もうこんな時間だ。お兄ちゃん、今日はカレーだからね」
「お前面倒くさがっただろう」
「あれ、バレちった?」
てへっとでも言いたげな顔で笑う小夜香。ちょっとだけ舌を出すその仕草に思わずイラつく。本当に妹という生き物は、どうしてこうもムカつく存在でしかないのかが気になる。
「お兄ちゃんも手伝って」
「カレー作るのに何を手伝えって言うんだよ……」
「そうだね……野菜を切ってほしいな」
「ふざけんな。俺は絶対にやらないからな」
「そうかぁ。夕飯食べながら少しは相談の力になってあげようかなって考えてたんだけどなぁ」
「よし、まずは何から切ればいいんだ?」
「うっわぁ、情けない……」
しょうがないだろう。相談をしているのにタダで教えてくれないって言われたら教えてもらえるように手伝いをしたりするもんだろう。俺が間違ってるのかな?いや、合ってるに決まってる。そうじゃないと俺のハートが潰れそうなんです……。
というわけで俺は妹の家事の手伝いをすることになった。とは言ったものの、俺がやった作業は野菜を切ることとカレーが焦げないように見ていることだけであった。俺は必要だったのだろうか?
「いただきます!」
「いただきます……」
「元気ないね。お兄ちゃん」
「いや、あまりやったことがない作業をやったから疲れたというか、何というか……」
「情けないよね、お兄ちゃん。ウチこんなお兄ちゃんを持って少しだけ悲しくなってきたよ……」
「なんでだよ!慰めてくれるとかしてくれないのかよ!」
「いや、お兄ちゃんの言い訳は慰めるレベルじゃなくて笑われるレベルのものだよ」
「そうか。笑ってくれれば本望だ」
「それでいいんだ!?」
だって俺の相手をしてくれる人は妹の小夜香か早麻理くらいだもの。他の人に自虐的なネタを突っ込んだところで引かれるに決まっている。やっぱり持つ者は良き理解者である妹と幼馴染みに限るね!いや、これも自虐ネタの一つでもあるな。日本語って難しいなぁ。
俺と小夜香は夕食のカレーを食べきった後、俺の特製コーヒー(ただのインスタントコーヒー)をまったりと飲んでいる。俺はいつも飲んでいるブラックで、小夜香もいつもの甘甘のコーヒーを飲んでいる。虫歯できないのかよ、それ。
「手伝いをしてくれたし、片付けとコーヒーまでやってくれたから、お兄ちゃんにウチから助言をするね」
「ようやくか。てっきり夕飯を食いながらだと思ったぞ」
「それだと行儀が悪いでしょう。口にものを入れた状態でしゃべるのは、め、だからね」
現実で使うやついるんだな、その言葉。ダメって普通に言えばいいものを。今のが可愛かったってことは俺の胸の中にしまっておく。言ったら何を言われるか分かったものじゃないからだ。
「本来なら分かりやすく説明してくれればいいな、とか思うんだけど。お兄ちゃんがそんなことできるわけがないから、その女の人がどうすれば運動能力が伸びるのかを考えてくれればいいのかなって思うんだ」
「それでいいのか?」
「そりゃ高望みだってしてるよ。お兄ちゃんはTさんの推薦で派遣されたわけなんだし。でも、それ以上に一生懸命教えてくれた方がいいなってね」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんなの。ウチだってたまにお兄ちゃんに相談とかするときもあるけど、その時もウチのためにお兄ちゃんが相談に乗ってくれてるって思うと嬉しくなるんだよ」
「そうか。そんなもんなのか」
「だけど、それはウチだから思うことだからね。相手もウチと同じだと思うと痛い目見るからね」
俺の肩に頭を預けながら、頬をツンツンとつついてくる。小夜香からしたら自然な行動かもしれないが、俺からしたら恥ずかしいことこの上ない。
とは言え、小夜香に相談したことで少しだけ気持ちがスッとした気がする。やっぱり誰かに相談することは大事だね。学校では常に一人でいることが多いから余計そう思う。一人でいるのは俺が自らそうしている結果なのだが。
「さて、と。そんじゃお兄ちゃん。ウチは先に風呂に入っちゃうからね」
「おう。いってら」
「その間に頼みたいことがあるんだけど」
「妹の頼みならなんでも訊いてやるぞ。今の俺は気分がいいからな」
「それじゃあアイス買ってきてほしいな」
こいつ、満面の笑みで人をパシリに使いやがった。ちょっと妹のことを見直そうと考えていた俺の純粋な気持ちを返せ。感動すら一瞬にしてどこかへ飛んでいってしまった。俺の感動はどこへ旅行しに行ったのだろう。
妹は、よろしくね、と言い残してそそくさと風呂へ行ってしまった。その時に脱ぎ捨てていった服を回収していく。服くらい脱衣所まで我慢してろっての。仕方なく、俺は小夜香が脱ぎ捨てた服を洗濯機にシュートして出かけに行く。
夜の住宅街は電灯以外に目立った光がなく、時たまに相手の自転車の光が見えるくらいである。時間は午後9時過ぎ。春とは言え、少しだけ肌寒さを感じてしまう。俺は自転車を急がせ、近くのコンビニへ入っていく。
コンビニに入ってアイスコーナーへ足を運ぶ。俺は迷いなく奏を選んだ。美味しんだよね、これ。兄妹で好きなアイスのメーカーが同じってある意味奇跡なのかもしれない。俺は自分の分を含めて2つご購入する。
それ以外にも家族で食べられる棒アイスと俺の明日の昼飯を買った。
俺が買い物から帰ってきた頃には、既に小夜香は風呂から出ていた。まだ春だって言うのに下着姿のままでいる。服着ろ、服。
「ほれ。頼まれたもの買ってきたぞ」
「ありがと。あ、奏だ!これ美味しんだよね」
「気に入ってくれて何よりだ。それじゃあ俺は風呂に入るからな」
「お風呂の湯を飲んだらダメだからね?」
「お前の汚い老廃物なんて飲むかよ」
「その返しは最低だよ……」
妹のジト目を横目に見ながら、俺は風呂に入っていく。
体を洗って、髪を洗ってからゆっくりと湯船に浸かる。ついさっきまでの疲労が吹き飛んでしまうほどだ。本当に風呂は最高だ。外国ではシャワーだけで済ますところが多いが、それはもったいないと考えてしまう。確かに他人が入った湯船に入るのは少し遠慮するけども。
「はぁ……。気持ちいいな。それにしても、教えてもらうだけでも嬉しい、か」
俺は夕食後の小夜香との会話を思い出す。
確かに綾瀬と小夜香は育ってきた環境や俺との関係だって違うのである。さっきの話のように、もしかすると小夜香が嬉しいと思っていたことも、綾瀬は嫌と思うかもしれない。
しかし、俺から見ている限り、彼女は嫌がっていないようにも見えた。最初は生徒会の人じゃないと訊いたからだろう。がっかりはしていたが、心は開いてくれているようにも思えた。
だからこそなのだろう。俺は無意識に彼女の悩みをどうにかしなければ、と心のどこかで焦っていたのだと思う。
妹に相談したことによって、その焦りは完全にはなくなったわけではないが、それでも少しだけ気持ちに余裕が出来た気がした。
「さて、そろそろ出るか」
俺が湯船から上がると、バスルームの扉越しに脱衣所の扉が開く音がした。扉のシルエットからして小夜香だろう。
「お兄ちゃん」
「何だよ」
「奏がもう一つあったから食べてもいいかな?」
「あなた、寝る前にお腹を壊す気なの?それと買い物行ったのお兄ちゃんなんだから、俺が自分の分を買ってきてあるって思わないの?アイス食べたいならファミリーパックの棒アイスがあるからそれを食べてなさい」
「え~。あれ、果物の味のしかないじゃん。バニラないじゃん」
「それくらい我慢しろよ」
「仕方ないな。分かったよ」
あいつ、俺に買いに行かせておいて文句を言うとかどんだけ上から目線なんだよ。今度からはバニラに近いミルク味のを買ってくるか。
俺はそう心に誓いながら、風呂から出た。
そのあとは、妹から死守した奏を食べながら、明日の綾瀬の克服プログラムを考えていた。ボールを真面に投げられない相手にどう教えれば良いのだろう。野球経験も乏しい俺にやれることがあるのだろうか。
「早く寝なよ。お兄ちゃん起こすウチの身にもなってよね」
「分かってるよ。もう少ししたら寝るつもりだ」
「本当だね?別にここで寝てもいいけど、夜ふかしだけはしないでね」
「分かったから」
「心配だけどウチは寝るね。おやすみ」
「おう、おやすみ」
小夜香は下着姿のまま自室へと向かっていった。だから服着ろっての、服を。風邪引くぞ。
俺はしばらくソファーで横になりながら考えていた。が、そのまま寝てしまったのに気づいたのは、小夜香から起こされてからのことだった。
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