第4話生徒会長はアドバイスをしてくれるのだろうか
いつもの時間に、いつも通りの道を歩いて通学している。
昨日はほとんど真っ暗といっても過言ではなかった道も、朝ともなれば日光がある分見晴らしが良い。小夜香は日直の仕事があると言い、先に家を出ていったため今は俺一人で歩いている。
一人で登校するのは久しぶりである。いつもは小夜香と一緒に歩いているのだが、時々俺は一人で登校するときがあるのだ。だが、こういう時に限ってある人物に出会うことがある。
それは今日だって例外ではない。
「今日も待ち伏せか?」
「待ち伏せなんてしてないわよ。あくまで偶然和弥君が歩いている姿を見つけただけだから」
「本当かよ」
電柱に体を預けた状態で俺を待っていたのは、やはり生徒会長である鶴見友莉だった。と言うか、こいつはいつもは車で登校しているはずだ。妹がいない時によく出会うのを偶然の一言で済まそうとするのはどうだろうか。
俺は歩みを止めて彼女の前に立つ。
「それで俺に何か用か?」
「そうね。強いて言えば、依頼のことかしらね」
「俺、本当の事を言う女子が好きなんだ」
「和弥君が一人で歩いているのを見つけたから許可をもらって降ろしてもらったのよ」
「だろうと思ったよ」
こいつはどうして俺のことを気にかけているのだろうか。俺と関わったところで面白いことなど何もないというのに。それよりも、こうも自虐ネタが出てくるあたり、俺は相当腐ってるな。
「ここで話すのもなんだし、一緒に歩いていくか」
「そうね。まあ最初からそのつもりだったのだけど」
「本当にブレないのな。俺の何がそんなにいいんだ?」
「和弥君は見ていて飽きないの。確かに私に話しかけてくれた数少ない男子でもあるけど、それ以上に興味深いの」
「興味……深い?」
「そう。それに前から和弥君は少し変わってたからね。一人でいるところとか、気配を消しているところとか」
「一人でいることはともかく、なんで俺が気配を消していることを知ってるんだよ」
「どうしてかしらね?まあ教える気はないんだけどね」
不敵な笑みを浮かべながら俺の前を足早へ先に行く。会った時から感じてはいたが、鶴見は本当に不思議な少女だ。お金持ちで、人望もある彼女だが、それでも彼女は友人が少ない。生徒会長という絶対的な地位と、家がお金持ちで社長令嬢というものが周りの人間を引き離している要因だとしても、それはあまりだと思う。
そんな彼女に手を差し伸べたのが、俺だとしたら。彼女が俺のことを気にかけるのも理解はできる。
それでも分からない。俺と彼女はそこまで長い付き合いというわけではない。初めて会ったのだって、ほんの一年前なのだから。だから、彼女がそこまでに俺を信頼しているなんて考えられない。他人の依頼を俺に受けさせるなんて。
「鶴見。一ついいか?」
「どうしたの?」
「今日の昼休みもその、生徒会室に行っても大丈夫か?」
「珍しい、と言うか初めてね。和弥君から訊かれたのは」
「悪いな。今日が無理なら別の日にでも」
「ううん、大丈夫だよ。今日は真望ちゃんがいるけど、それでもいいかしら?」
「構わないさ。聞くことは依頼とくだらないことだからな」
「今しなくても大丈夫そうね。それじゃあ依頼の話は昼休みにってことで」
「それじゃあ一緒に登校する意味なくなったな」
「意味はあるわよ。私が和弥君と一緒に登校したいもの」
「なんだそれ。まあいいけどよ」
それからは俺と鶴見は他愛もない話をしながら学校へと向かった。周りの生徒からは珍しいものを見ているような目で見られていた。俺達は新種の動物か何かかよ。
正門の前に行くと、端の方で腕を組んで仁王立ちしている少女が見えた。しかも、何故か俺の方を見て睨んでいる。その形相と言ったら怖いとまではいかず、怒ってるんだな、と思ってしまうほどである。迫力は可愛い顔で台無しになっている。
「あら、珍しいわね。あの子が一人でいるなんて」
「お前知っているのか?」
「ええ。私は生徒会長だから。この学校の生徒の名前とクラスはだいたい把握しているのよ」
生徒会長さん、マジカッコいいッス。オラ、尊敬しちゃうッス。俺は天国に行ってまで人の名前は覚えないからな。てか、天国行ったら死んでるっつーの。
「都築莉帆ちゃん。綾瀬京夏ちゃんとよくいる子だよ」
「そうか。だとしても、俺と接点はないと思うんだが」
「それはどうかな?」
「何か言いたげだな」
ふふ……と笑ってはぐらかされた。絶対に何か隠してるよな。
俺と鶴見が話していると向こうから都築が俺に向かって歩いてきた。体を少しだけ前のめりにしてズンズンと歩いてくる。俺の前で立ち止まると、都築は俺のことを見てから俺に向き直った。
「あなたが三浦和弥ってやつ?」
「いきなりフルネームで呼び捨てかよ」
こいつは礼儀というものを知らないのか。自分の名前も名乗らずに睨みながら俺の名前を呼び捨てって礼儀知らずにも程がある。鎌倉時代に起きた元寇の時だって日本の武士は名前を名乗ってからモンゴルに突っ込んだんだからな。本当に日本人って律儀だと思う。ちなみに、オチは言い終える前に殺されるといったもの。そう考えると脆いな、鎌倉時代の日本の戦い方。
「いいじゃない。減るものではないのだし」
「そうだろうけど。と言うか、お前は名前を名乗らないのかよ」
「名乗るも何も隣にいるのは鶴見友莉よね。生徒会長だからあたしのことを知っててもおかしくないわよね?」
「それは……そうだが」
「それなら名乗らなくても名前は訊いてるはずよね?」
「訊いていたとしても、俺は初対面なんだが」
「私も初対面よ。これからよろしくね?」
打って変わって都築は手を差し出してきた。
俺は怪しんだものの、彼女もそれなりの常識人なのだろうと思い、俺も手を差し出した。
しかし、手が触れるまであと数センチといったところで都築は俺の手を払った。意外にも力が強かったので痛かった。
「あんたに忠告しておくわ。これ以上京ちゃんに近づかないで」
「え……?またどうして……」
「いいから!これ以上は近づかないこと!分かったわね?言いたいことはそれだけ。それじゃあ」
言いたいことを言って都築はその場を去っていった。彼女が最後に言ってきたのは紛れもない警告。それも綾瀬に近づくなというあまりに一方的なものだ。
俺はその場で立ち尽くしたままだった。彼女の言ってきた警告に意味はあるのだろうか。それに二度と近づくなと言われても……。
その時肩を軽く叩かれた。後ろを振り向くと、鶴見が気の毒そうな顔を向けながら俺のことを見ていた。
「大丈夫かしら?」
「あ、ああ。気にしているつもりはない」
「そうか。それにしてもここまでだったとはね」
「な、何がだ?」
「莉帆ちゃんのことよ。彼女は京夏ちゃんに好意に近い感情を持っているのだけど、まさかここまでとはね」
「え?それって都築が綾瀬のことを好きってことか?」
「ざっくりとした言い方をすれば、ね。でも、私は和弥君と京夏ちゃんを離すつもりは到底ないわよ」
「ちょっと待てよ!今の訊いてなかったのかよ!?俺は綾瀬に近づくなって……」
俺がここまで言うと、鶴見は大きな溜め息を一つ吐いた。そして、俺の目を見据えて口を開いた。
「だからこそなのよ。特に莉帆ちゃんは一番恐れているものがあるからこそ、ああ言って男達を離しているのよ」
「そうだとしたら、お前がやろうとしているのは単なる嫌がらせじゃあ……」
「どう取ってもらっても構わないわ。でも忘れないで。和弥君がやることはあくまで依頼をこなすこと。それ以上もそれ以下もないわ。それだけは肝に銘じておいて」
「あ、ああ。了解した」
俺はその時、初めて鶴見の真剣な顔を見た気がした。彼女の目に迷いはない。彼女の思いはこれ以上揺れることはないのだろう。
俺は決心した。彼女を信じていればいいのではないかと。全く、一人を好んだ俺が考えるようなことじゃないのにな。だが、彼女には綾瀬のことを任せられているのだ。友人が少ない彼女にこれ以上苦しませるわけにはいかない。それが俺が導き出した答えだった。
「俺はお前に綾瀬を任せられたからな。だから、俺はお前の言葉を信じるだけだ。お前の数少ない友人として、な」
「そ、そうか。その返事は嬉しいものね。でも彼女を、莉帆ちゃんのことを誤解しないでほしいわ。彼女だって悪気があってああいうことをしているわけではないってことをね」
「分かった。それも肝に銘じておくよ」
「そうしてもらえると嬉しいわ」
鶴見は本当に嬉しそうに広角を上げる。
「さて、そろそろ予鈴がなってしまうわね。早く教室に行きなさい」
「え?でも鶴見はどうするんだ?」
「生徒会特権があるのよ。私は生徒会室に用事があるからね」
「俺が送ろうか?」
「それくらい大丈夫よ。それとも何?私が変なことに巻き込まれないかを心配してくれてるのかしら?」
「そ、それは、その」
彼女がふふ、と笑いながら肩を揺らしていた。
俺は鶴見にからかわれていることに今更ながらに気がついた。本当に
「それじゃあ昼休みに待ってるわ」
「ああ、また昼休みにな」
俺は鶴見を昇降口前で見送った。彼女は走りながら見えなくなるまでこちらにずっと手を振っていた。去り際の子供のようで、ちょっと可愛らしく思えた。お嬢様とはいえ、やはり中身は女の子なのだなと改めて思った。
~*~
昼休みになった。
俺はいつも通り栄人に昼を誘われたが、今日も無理だと断りを入れた。栄人が駄々をこねてなかなか行かせようとしなかったので、明日は一緒に食べてやると言うとようやく開放してくれた。
俺は昨日買ってきたパンを片手に生徒会室に向かっていた。本来なら俺だけが向かっているのだが、俺の後をついてくる女子がいるのだ。
「どうしてお前がついてきてるんだよ?」
「いいじゃない。減るものでもないし」
「減るよ!俺が聞きたかったことの内容が減るんだよ!」
平然とした顔で俺の後をついてきていた早麻理がカラカラと笑いながら隣を歩いている。俺自身もどうしてこうなったのかが分からない。強いて言えば彼女が購買に行きたいと行ってきたので、俺はそれについていっただけだ。俺も飲み物が買いたかったので、ちょうどいいと思ってついていったのだ。それがアダになるとは考えもしてなかった。
「と言うか、お前生徒会員じゃないだろう。お前は入れないと思うぞ?」
「大丈夫だって。私顔パスで入れるから」
「お前は女優か何かかよ。お前の交友関係どうなってんだよ」
「そうだね。同学年なら9割くらいは顔見知りだよ」
「なんで俺とお前ってこうも真逆な環境にいるわけ?」
「そりゃ現実を直視しているか、現実から逃げているかの違いだよ」
「……お前って現実直視してるの?」
「和弥以上にはしてるよ」
出ているかがわからないペチャパイを張っている。いや、胸を張っていた。俺と競り合ったところで無駄だと感じたことは早麻理はないのだろうか?そんなに胸を張ったところでお前の胸が大きくなるわけじゃないからな。……本人の前で言ったら処されるよな、確実に。
早麻理とくだらない話をしているうちに生徒会室に着いた。
俺は扉をノックする。中から『どうぞ』と返事が返ってきたので入る。
生徒会室には会長である鶴見友莉と、昨日はいなかったもう一人の女生徒兼生徒会書記担当・葉山真望がいた。
鶴見は相手が俺だと分かると、動かしていた手を止めてこちらに向かってきた。
「待っていたわ。あら、後ろにいるのは……早麻理ちゃん?」
「ああ、俺が生徒会室に行くって言ったら勝手についてきた」
「やっほー。和弥が生徒会室で食べるって訊いてついてきちゃった。私も一緒に食べてもいいかな?」
「構わないわよ。食べる人は多い方がいいものね」
「ちょっとこっち来い、鶴見」
俺は半ば強引に教室の端まで彼女を引いていった。そして周りに聞こえないように小さな声で耳打ちをする。
「早麻理は俺の相談内容とか知らないんだよな?」
「知ってるわよ。内容を聞いてもらった上で『そういった相談なら私じゃなくて和弥の方がいいよ』って教えてくれたのよ」
「そういうことか」
あの野郎、面倒ごとを俺に押し付けやがったな。道理で昨日は珍しく会長の方から生徒会室に誘われたわけだ。後でちゃんとした制裁をしなければ。俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
一通り話が済んだと見た鶴見は手を叩いて注意を引きつけた。
「さて、立ち話は疲れるし、昼休みも長いわけじゃないから早く食べちゃおう。席は適当に座ってくれていいから」
俺と早麻理は空いている席に適当に座る。席はネームプレート入れが置いてあるだけで他に資料などのものが置かれていたり、引き出しに物が入っているわけでもない。
「今思ったんだが、生徒会ってお前と葉山以外に出入りしてるやつって見たことないんだが」
「殆どの仕事は私がやってるからね。同時進行できない仕事は真望ちゃんがやってくれるのよ」
「そうなのか」
俺は自然と視線を葉山の方へ向ける。葉山は俺の視線に気づくと困ったように目を泳がせた後、少し困ったような顔で笑ってみせた。
何この可愛い生き物。まるで小動物を見ているようだ。どうしよう。無性に頭を撫でてやりたい。そんなことしたら殴られるんだろうな。いや、葉山のことはよく分からないけど。
「それじゃあ本題に入ろうかしらね。今朝も話そうとしていた依頼のことなのだけど」
「そうだったな。昨日はどこまで運動音痴だったのかを見てみたんだけど、壊滅的だった」
「ああ~。京ちゃんは勉強ならできるけど、運動は手の施しようがないほどひどいからね」
「ちょっと待て早麻理さんよ」
「何?和弥」
「お前はそれを知ってて俺に押し付けたのか?」
「だって何かしら言えば絶対に引き受けてくれるもんね?」
清々しいほどの笑顔を向けながら言いのけてきた。こいつ本当に質が悪いな。面倒くさいことは何かと理由をつけて俺に押し付けてくるんだから。しかも相手の状態を知ってて押し付けてきたのだからさらに質が悪い。
「ここで言っても仕方ないことか。妹にも同じような相談をしたんだが、どうすればいいか一緒に考えてくれないか?」
「なるほど。聞きたいことと言うのはそういうことなのね」
「ああ。困ったら相談してもいいって言ってくれたしな」
「なるほど。私は京夏ちゃんと仲がいいわけではないから、何とも言えないのだけれど。他の二人はどうかしら?」
鶴見は早麻理と葉山に意見を聞く。先に口を開いたのは、案の定早麻理だった。
「そうだね。運動が壊滅的って言うのは確かだし、彼女自身が意識してるから改善ってちょっと難しいと思うな。あの子は意識してないことはできるけど、意識していることはできないから」
「無意識ならできるってことか」
「そゆこと。だけど、意識させてることを意識させないようにするって難しいと思うんだよね」
「それはどうかしらね」
「どうかしらってどういうことだ?」
「無意識で運動させる方法はあるものよ。例えば遊び感覚のゲームをするとか」
「鬼ごっこみたいなものか?」
「極端に言っちゃえばね。とにかく今日の放課後は私達も付き合うから」
「え?でも、お前は生徒会の仕事が……」
「今日終わらせる分は今朝やったから、放課後は空いているのよ。ね、真望ちゃん」
「う、うん。私は朝が弱いから昨日の時点で半分以上終わらせたけど」
鶴見の言葉に頷きながら答える葉山。なんだろう。この二人を見ていると、まるで仲のいい姉妹を見ているような感じがする。どちらかと言うと鶴見が姉で、葉山が妹みたいだ。見ていて微笑ましい。俺、今顔がほころんでないよな?
「和弥、涎が洪水みたいに出てきてる」
おっと顔には出ていないが、体液で示してきたか。体液で感情示すとか気持ち悪い以外の何ものでもない。とりあえずハンカチで口を拭かないとな。
「と言うわけで、私と真望ちゃんも加わったから今日一日お世話になるわ」
「……えっと、よ、よろしく……ね?」
天使だ。俺の前に天界の天使が舞い降りてきた。恥ずかしそうに顔を赤くしながら上目遣いでニッコリと笑うとか反則だろう!俺は決めた。今日から俺の嫁は葉山真望に決定だ!異論は認めないからな!と、興奮しすぎた。冷静にならないと。
俺が愛しのマイエンジェルを見つけていると、横から元気よく早麻理が挙手をしていた。
「友莉ちゃん達がやるなら、私も協力するよ」
「お前は参加するって名目で面白いことが起きないか見てるんだろう?」
「やっぱりばれたか。流石私の幼馴染みだね」
「そりゃそうだろう。何年お前の幼馴染みやってると思ってるんだよ」
俺は拳を早麻理の前に作る。早麻理はそれを察したようで、俺の拳の前で拳を作るとそれを軽く互いの拳に合わせた。これだから幼馴染みはいいものだ。
「ありがとうな。三人共。集合場所は昇降口の前。時間は放課後すぐだ」
三人は軽く頷いた。
こうして、今日一日限定で京夏の運動音痴を克服させる会が結成された。
自分で考えたとは言え、会の名前のセンスが全くねぇ……。
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