第10話 ……卵だ。卵が落ちてる……。

 電車に揺られること約15分。目的地に到着した電車がゆっくりとスピードを落としていき、駅で停止する。扉が開くと同時に、人が吸い込まれていくように電車を降りていく。俺達もその流れに流されながら電車を降りる。休日ということもあり、昼間にしては人がやたらに多い。人ごみに慣れていない俺は、早速気分が悪くなってしまい、近くのファーストフード店で休むことになった。


「なんか悪いな。俺が人ごみに慣れてなくて」

「大丈夫よ。私も初めてを色々と体験できたことだし、お互い様よ」

「迷惑って意味でな」

「全く言い方が悪いわね。あなたらしいけれど」


 不敵な笑みを浮かべて俺のことを見てくる鶴見。本当に掴みどころのない生徒会長だな。よく付き合いきれてると思う。俺もよく妹に言われるのだが。どっちもどっちなのである。

 鶴見は飲み物を買いに行くと言い残し、下の階へ向かった。飲み物の買い方は知ってるのに、他の買い方を知らないとかおかしいだろう。普通は飲み物の買い方も知っていないものだと思う。偏見だが。

 俺は何となく外の景色を見ていた。休日効果もあって人通りはかなり多い。トラックなども通りたそうにしているが、人が多いためなかなか進むことができないでいる。仕事とはいえ、これはストレスも溜まるよな。ちゃぶ台返しとか、強制ギプスとかして父親と野球の星を目指したかった。野球は未経験なのだが。


「調子はどうかしら?」


 いつの間にか戻ってきていた鶴見に飲み物を差し出された。俺はそれを受け取り、ストローを挿して口に運ぶ。炭酸と味からそれがコーラだというのはわかった。


「休んだからある程度は回復してるよ。悪かったな。後で金返すわ」

「お金は返さなくても結構よ」

「でも――」

「誘ったのは私よ。和弥くんがそうなってしまったのも誘った私に原因があるわ。一種の罪滅ぼしみたいなものよ」

「そうか。そこまで言うなら仕方ないか」

「それよりも、この後どこかいきたいところとかあるかしら?」

「俺は特に。てか、この辺はアニメショップしか知らないぞ」

「和弥君らしいわね。まあ、本当は個人的な買い物に巻き込んだっていうところだから」


 た、たちわりぃ。こいつ、個人的な買い物なら車で行けばいいのを、わざわざ俺を呼び出して付き合わせるとか。メイドの一人や二人いるだろうに。あ、メイドは鶴見と同じ女だった。荷物持ちを女にさせるとかひどいな。男は執事だったな。

 しばらくしてから買い物を再開した。昼過ぎということもあり、先ほど来た以上に人の混み方がすごかった。

 気を使わせたのか。最初からそうだったのか。彼女は歩いて数分のところにあるデパートに入っていく。俺もその後を追いかける。

 デパートの中は、これまた外に匹敵するくらいの人だかりができている。その人だかりを鶴見はスルスルと抜けていく。俺はというと、人だかりに慣れていないためか、肩をぶつけながら何とかついていく。

 すると、俺の手に柔らかく温かい感触が伝わってきた。握られていたのは小さな手。それを辿ると、視線の先には鶴見がいた。


「これ以上は見ていられないから手を繋ぐわよ」

「子供じゃあるまいし、別にそこまでする必要ないだろ」

「じゃあ恋人ということで」

「もっとダメだろ……」


 わざわざ誤解が生まれそうなことを平気で言ってくるあたり、やはりこのお嬢様の行動は全く読めない。周りの視線も気になるし、彼女といると気が気でない。


「どうしたのかしら。私に握られて逆に落ち着かなくなったのかしら?」

「……それは業と言ってるのでしょうか?」

「どうかしらね」


 そんな会話をしているうちに、目的地である洋服店に到着した。女性服を中心として取り扱っている服と言うこともあり、店内は女性客ばかりであり、男性の姿はごく僅かである。それもカップルであろう若者だけである。

 鶴見は手を繋いだまま、店内の奥の方まで歩いていく。

 少しだけ耳が朱色に染まっているのは気のせいだろうか。

 と、店内の奥に着くと、そこで足を止めた。


「こ、ここよ……」

「おい、ここって……」


 そこは、様々な色をしたランジェリーが並んでいた。

 ……らんじぇりー?


「まさかだけど、ここで何をしろと?」

「その、わ、私の下着を選んでもらおうと思って……だから」

「いやいや!ちょっと落ち着けよ!」


 何で俺が下着を選ばないといけないんだよ!?女物なんて知らねーからな!?そしてこれ、何てエロゲ?


「い、至って私は普通よ?」

「嘘吐け。顔まで真っ赤にして何言ってんだよ」

「そ、そんなに顔真っ赤かしら?」


 顔が真っ赤だからか、手を団扇代わりに扇いでいる。そんなに熱くなるほどならば慣れないことをしなければいいのに。と言うか、男に下着を選んでもらおう何て普通考えないだろう。何を考えているんだ。


「とりあえず今すぐここから出るぞ。居心地が悪すぎる」

「慣れない場所でだからかしら?」


 それもそうなんですが、それ以前に店員や他の女性客の視線がめちゃくちゃ痛いからだ。ジト目のやつもいれば、俺達を微笑ましそうに見ているやつもいる。これ以上ここにいたら俺の方が音を上げそうだ。いや、既に音を上げてるか。

 店の外に出てそこでようやく足を止める。普通に手を繋いでいるが、我に返った俺はその手をすぐに解いた。鶴見の顔に残念そうな表情が浮かんでいたのは気のせいだと思っておこう。


~*~


 閑話休題。

 俺と鶴見はしばらくデパートの中を回っていたのだが、俺は小夜香に昼を作っておくと言ってしまっていたのに気がつき、鶴見に帰らなくてはいけない事を話した。

 鶴見は意外にもあっさりとそれを受け入れ、今日はここまでにしようと買い物を切り上げた。

 今はその帰りであり、電車の中である。電車は偶然にも快速がやってきたこともあり、早くに帰ることができるだろう。


「あ、何か買わないと昼どころか夕飯も何もないんだった」


 それに気づいたのも今頃の話である。おいおい、俺は奏かよ。あ、違う。彼女は一週間ならばまだ記憶があるんだ。俺のやつは単なる物忘れ。認知症になる前によく出てくる前兆の一つだ。嫌だな。俺は若年性認知症とかなりたくないぞ。


「そうなの?てことは、帰る前に一度買い出しに行かないといけないってことかしら?」

「そうなるな。悪いが、帰りは駅で別れることになる」


 俺がそう告げた瞬間、何故か背筋がぞっとした。何でだろう。俺は別に霊感があるわけじゃないんだが、はっきりとヒヤリとした感覚がするぞ。

 と、肩に真っ白な手が一つ置かれた。

 まあ、それは暖かいので例のやつじゃないことははっきりとしたが。後ろを向くと、笑顔の鶴見がそこに立っていた。おかしいな。さっきまで俺の横に並んでいたような気がするんだが。


「な、何だよ?」

「もし、そのまま買い出しに行くなら私も一緒してもいいかしら?」

「なんでだよ?お前が行ってもつまんないだけだぞ」

「つまんないかどうかは行かないとわからないじゃない」

「……さいですか」


 俺はこのお嬢様に勝てる可能性は未来永劫無いのだろう。何だろう。今の社会の一部を垣間見たような気がするぞ。

 しばらくして電車を降りると、そのまま近くのスーパーに入っていく。もちろん、俺の後ろには生徒会長である鶴見友莉嬢がついてきている。本当についてくるとは思わなかったが。

 俺は籠を片手に今日の昼食と明日の昼食の買い物を始める。しかし、後ろのお嬢様はスーパーが初めてなのだろう。まるで子供のように周りをキョロキョロと見回している。はっきり言って気が散る。


「……なあ。少しは落ち着いてくれないか?」

「できればやっているわよ」

「……さいですか」


 やっぱりダメだ。このお嬢様に勝てる可能性なんてゼロに等しすぎる。いっそのこと、このお嬢様のもとでゼロから生活をし直したいほどだ。異世界転生の要素はもちろんいらない。そんなものを現実に引っ張ってくる方がおかしい。

 キョロキョロとしている生徒会長を無視し、俺は迅速に買い物を終わらせた。これ以上ここにいるのは俺の精神が削られる気がしたからだ。

 スーパーから出て数歩歩くと、前を歩いていた鶴見が急に立ち止まった。それに釣られて俺も立ち止まる。


「どうした」

「ねえ、もしもの話よ。もしも、私に妖精の力があったとしたら和弥くんはどうするかしら?」

「……それはどういう意味で言ってるんだ?」

「さあ、どういう意味かしらね。さて、私はこれでお暇するわ。また、学校で会いましょう」

「あ、おい!待ってくれ―――!」


 俺の声を無視したのか、それとも聞こえていなかったのか。そのまま鶴見は駅のターミナルに止まっていた車へ乗り込み、そのまま行ってしまった。朝にもあった車であるため、使いが迎えに来ていたのだろう。呼んでいる素振りは全くなかったのだが。


「……何が言いたかったんだよ。まあ、気にしても仕方ないか」


 俺は車が向かった方向をもう一度見る。既に車の姿がないのは分かっていたのだが、今までの彼女の言葉が気になってした行動である。

 俺は向き直ってそのまま家に帰る。さっきまで鶴見がいた事もあってか、車が通っていても静かだと感じてしまう。

 しばらくして車通りが少ない住宅街に入っていく。ここまで来ると、ようやく自分の家が近いと分かり、家が近いという安心感が出てきた。やはり自分の家は安心するものがあるな。

 と、そんなことを考えていると、道端に変わった模様が描かれた卵が落ちていた。大きさは家庭などにある鶏の卵とほとんど同じ大きさなのだが、その独特な模様が俺を惹きつけていた。


「……卵だ。……卵が落ちてる……」


 俺はその卵を手に取る。外に放置されているため流石に冷たいが、手に取ってみると、生き物のような温もりを感じられた。


「……お兄ちゃん。何やってるの?」

「……」


 背後に立っていたのは、間違いなく俺の妹である小夜香だった。

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セブンス・エッグ・フェアリーズ 七草御粥 @namuracresent-realimpact

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