第7話忍び寄る、影
綾瀬の悩みを解決(?)させてから数日。
俺の日常はいつも通りを取り戻しつつあった。
とは言ったものの、相変わらず俺が生徒会室に出入りしていることに変わりがなかった。それどころか、いつの間にか綾瀬も生徒会室にいることが多くなった。
綾瀬曰く、もっと皆と仲良くなりたいのだという。
だからって毎日いなくてもいいだろう。俺は生徒会に入ってはいないのだが。
そんなわけで生徒会で昼食を取った後のこと。
俺はトイレに行くために一旦生徒会室を出る。
「本当、最近は賑やかになってきたな」
たかが一人増えただけである。それでも生徒会室が賑やかになったことに変わりはなかった。鶴見もそれに関しては嬉しそうに話していた。いっそのこと誰か生徒会に誘えばいいと思うのだが。俺はきっぱり断ってやるが。
と、後ろの方から誰かの視線を感じた。後ろを向いてみるが、誰の姿もない。
「気のせいか?」
しかし、気のせいではない。人気が少なくなっていくに連れて、その視線は強くなっていった。視線を気にしながらも、俺は何とかトイレをすることができた。手を洗ってトイレを出る。
すると、出入り口には覆面を被った怪しい連中が囲んでいた。俺はその連中を知っていた。存在すら怪しいと噂されている『紅の会』。主な仕事として異端審問を行い、その内容に応じて体裁を加えているとされている組織である。覆面の額には、紅という漢字が書かれている。その中に一人だけ覆面すら被らずに俺の目の前に立っている男子が一人いた。
「随分な挨拶だな。俺に何か用があるのかよ?」
「ええ。あなたのことを光佑様がお呼びしていますからね」
「そうかよ。おとなしく従うから無理やり連行するのだけは止めてくれ」
「仰せのままに」
軽く頭を下げた男子、湯河原良助はこちらです、と先に行くと俺もそのあとをついていく。覆面を被った連中も俺の後に続いていく。
他の生徒とすれ違うたびに変な目で見られる。やはりこいつらといるとロクなことがない。
しばらく歩いていると、ある教室の前で良助が立ち止まる。今は誰も使っていない空き教室である。その扉を開くと、扉を囲むようにして机が並べられている。その中央に明らかに違う雰囲気を纏っている男子が座っている。
「やあ。久しぶりだね。君とここで会うのはいつぶりかな?」
「本当にな。あれ以来何も動きがなかったから、どうしたのかと思ってたよ」
「いや。僕も色々と忙しかったからね。今までは一時的に活動休止をしていたんだよ」
ククっと不敵な笑みを浮かべているのは、この紅の会を設立させた紅の会会長である箱根光佑だ。
光佑は咳払いを一つして、話を続けた。
「君を呼んだのは他でもない。あれ以来の依頼をしようと思ってね」
「前にも言ったと思うが、俺はそういうのはお断りだって」
「そうか。生徒会の依頼には応じたのに、僕の会の依頼には応じてくれないのか」
「あれは、何だ……その、話の流れ上そうなっただけだ。俺の意思とかじゃない」
「それにしても昨日はとても楽しそうにしていたじゃないか」
「う……」
昨日のことを見ていたらしかった。確かに楽しかった。それは素直に認めるとしよう。だが、コイツの会は依頼というより拘束に近いようなものだ。依頼内容のほとんどが異端者の拘束である。
「だ、だけど、俺は断るからな」
「そうか。残念だな。今回の依頼は今までの中で最も重要なものなのだが。もしかすると、君の人生に関わってくることかもしれないのに」
「な……!?」
俺の人生に関わる。その言葉を鵜呑みにするわけではない。しかし、やはりその言葉を気にしてしまうのが、人間の
「どういうことだよ」
「お、話に食いついてくれたね。いいよ。説明しよう」
光佑は指を鳴らすと、周りにいた他の会員たちが一斉に部屋の外へと出て行く。どうやら一対一での会話を要求しているようだ。
全員が出て行ったのを確認すると、椅子を一脚準備をしてくれる。
「そこに座り給え」
「あ、ああ」
正直、戸惑った。光佑は普段は人に気を使わせないのだが、今日はこき使っている俺に気を使っていた。気が狂うばかりである。
「さて、いきなりだが、本題に入ろう。君は、妖精の存在を信じるか?」
「妖精?いきなりなんだよ。お前らしくもないことを言いやがって」
「それは承知の上でさ。それで、どうなんだい?」
「信じるも何も、妖精の存在を証明できるものがないだろう。証明をできないものを信じるほうが難しいだろう」
俺は幽霊とか未確認生物とかは信じない
「その質問って今回の依頼と関わっているのか?」
「もちろん。それも直接的にな」
「直接的、か。分かった。話だけなら訊いてやる」
随分と上から目線のような言い方になってしまったが、光佑は特に気にしていない様子だった。それだけ今回の依頼は俺に引き受けてほしいらしい。
光佑は特に表情を変えることもなく話を進めていく。
「ああ。引き受けてくれるかは、また別でいい。だが、私としては君が適任だからこそこの依頼を受けてほしんだ」
「どうして俺じゃないとダメなんだ?」
「実はな、君の周りにいる女子生徒に妖精が住み着いているんじゃないかと睨んでいるんだ」
「その根拠はどこにあるんだ?」
「根拠、か。君は生徒会長を知っているか?」
「知ってるも何も、さっきまで生徒会室にいたからな」
「そうか。では、会長を見て気になったこととかなかったか?」
「気になること?」
光佑から鶴見のことが出てきたことにも驚いたが、鶴見のことを気になったかどうかまで訊かれたのだ。驚きしかない。
俺はさっきまでの鶴見の様子を思い出す。真っ先に思い出したのは、何を考えているのか全く検討のつかない言葉の使い方。それからやけに俺にだけ突っかかってくることである。何それ。間違っても俺はあいつのことを好きにはなれない。本当だよ?女子は怖いし、分からないことだらけである。
俺が鶴見のことで考え込んでいると、光佑は笑顔を崩さずにさらに言葉を続ける。
「君が考えていることとはまた別の話だよ。性格の話ではなく、パッと見の話さ」
あ、ああ。容姿の話ね。性格の話じゃないんだな。……なんで性格のことを考えてたんだろうな。くだらない。
「僕は集会でしか会長を見ないんだけど、少しだけ違和感を持っていてね。会長だけじゃない。副会長もそうだ。それに、昨日の女子二人もそうだった。君と関わっている女子達には何か秘密がありそうなんだ」
「なるほどな。つまりは俺にお前の感じている違和感を突き止めて欲しいってわけか」
「理解が早くて助かるよ。ちなみに僕が違和感を感じている人数は7人だ。皆女子だからな。君には期待しているよ」
「期待に添えるように頑張ってみるさ」
7人とかどこぞの魔女集団かよ。てか、俺は別に不良ってわけじゃないし。よく顔が死んでるから時々深夜の街を徘徊していると、警察に職質をされることもあるが。
「あ、最後に質問していいか?」
「いいよ。何かな?」
「この依頼に対する報酬って何かあるのか?」
「報酬、ね。そうだねぇ。君の願いを一つだけ叶えるって言うのはどうかな?」
「俺の……願い、か」
「そうだ。例えば、僕の手から自由になりたい、とか。誰かと付き合いたい、とか。依頼さえこなしてくれればどんな願いでも叶えてあげるさ。今回の依頼はそれほどの価値があるからね」
「……考えておく」
「いい返事を待っているよ」
俺は返事をせずに教室を後にする。教室の外では俺を案内した良助や教室にいた三人が立っていた。俺が出てきたのを確認すると、四人は揃って俺に向かって軽く会釈してくる。俺も流れで頭を下げる。なんかよそよそしい。俺が顔を上げる頃には四人とも俺が入っていた教室に入っているところだった。
その場に残された俺はそのまま生徒会室に戻ることにした。携帯を取り出して時間を見ると、生徒会室を出てからまだ10分くらいしか経っていなかった。教室にいる時はあんなに時間が長く感じられたと言うのに。
生徒会室に戻ると、何故か皆おとなしく椅子に座っていた。それに空気も悪く感じる。俺は正面に座っている鶴見に声をかけてみる。
「あ、あの~。つ、鶴見さん?これはどういうことでしょうか?」
しかし、鶴見は返事をせず、まるで俺がいないかのように黙っているままである。仕方ないので、左隣に座っている早麻理に声をかけてみる。
「さ、早麻理?どうしたんだよ。お前らしくないぞ?」
やはりと言うか、早麻理も俺のことを無視している。今度はその隣にいる綾瀬に声をかけてみる。
「あ、綾瀬なら答えてくれるよな?……な?」
案の定、無視である。え?なにこれ?急に俺を無視するブームが始まったのか!?……流行って欲しくないブームである。てか、ブームって既に流行ってるし。
俺は最後の望みに早麻理の反対に座っている葉山に声をかけてみる。俺の愛しのマイエンジェルなら答えてくれるはずだ!
「葉山なら俺の質問に答えてくれるよな、な?どうしてこうなったのか教えてくれよ」
「………………っ!」
葉山は最初は体をビクリと反応させたものの、それ以上の反応は帰ってこなかった。
お、おかしいな。これって俺はいない者扱いされてないか?何?これから傘で人が死んだり、エレベーターで人が死んだりして最終的には合宿先で殺し合いが始まったりしないよな?あ、無視している間は最悪は起きないんだっけ。俺の学校に呪いの類は訊いたことないし、そもそも存在しない。
そんなことを考えていると、この空気感に耐えかねたのか、綾瀬が溜め息を一息吐いて俺の方を向く。そして、口を開いた。
「遅かった。何をしていたの?」
むすっとした表情で俺のことを見ている。うん、可愛い。女子ってどうしてこうも可愛らしい表情を無意識で作れるのでしょうか。
「い、いや。なんつーか、たまたまトイレ行ってたら顔見知りに会ったから、つい話し込んだって言うか」
「和弥の顔見知りってここのメンバーだけじゃないの?」
「それ以外にもちゃんといるからな。別に一人ってわけじゃないからな」
と言うか、早麻理さん怖い怖い!睨みつけている目がもう怖いし。それにどうしてそんなにも声のトーンを落として言えるんですか?多分ここまで低いトーンの早麻理の声を聞くのは初めてだろう。本当、身震いしちゃうほど。
これを見ていた鶴見がようやく口を開く。反応としては仕方なくと言ったところだろうか。何それ。だったら、話しかけんなよ。ただし、無視だけは止めてほしい。うわぁ、注文が多すぎるだろう俺。別に鶴見を食べるつもりは毛頭ない。どんな意味でも。
「言い訳としてはそれだけかしら?他にもあるんじゃないかしら」
「ねーよ。嘘を言ってるつもりはない」
トイレに行ったことも、顔見知りに会ったことも嘘ではない。唯一の嘘は彼女達を監視しなければならないことである。依頼だし、言った瞬間何をされるか分かったもんじゃない。彼女達にも、組織の奴らにも。
俺が言うと彼女はあっさりと諦めてくれた。俺としてもその方が助かる。あっさり引いたことに関しては疑問が残るが。
「そろそろ時間ね。皆は教室に戻った方がいいんじゃないかしら」
「そうだね。それじゃあ戻ろうか、きょうちゃん」
「うん。そうだね」
なんだろう。今日の二人は何故だか冷たい。俺がいなくなる前は話していたのに。俺としてはこのあとの授業に集中できるからそれでいいのだが。
先に生徒会室を出た二人の背中を見送った後、俺も教室を出ようとする。が、それは鶴見の声で止められてしまう。
「和弥君はちょっとだけ残ってくれないかしら」
「あ?何か話があるなら放課後にしてくれ」
「それが出来れば和弥君を止めたりしないわ。真望ちゃんは先に戻ってていいわよ」
葉山は小さくこくりと頷くと、資料を抱えながら俺の横を通り過ぎる。通り際に彼女は小さく俺に手を振ってきた。本当に可愛い愛しのマイエンジェルだった。本当にエンジェリックしている。音楽の女神に感謝しなくちゃ。音楽の女神、全く関係ねぇ。
葉山が生徒会室出て、残ったのは俺と鶴見だけになった。しばらく俺達は黙ったままだったが、やがて鶴見が席を立つと俺のもとへやってきた。
「さて、これで二人きりね」
「なんで俺は残らないといけなかったわけ?俺、何か変なことをしたか?」
「そうね。変な行動はしていないわよ。ただ、変な集団に連れて行かれていたから気になっただけよ」
「見てたのかよ……」
「廊下を歩いている時にね。流石に皆の前では可哀そうかと思って和弥君だけを残したのよ」
それって俺に嫌がらせをするために残したってことだよな。本当に質が悪い。こんなのがよく生徒会長になれたものだ。まあ半数以上の生徒は鶴見の本性を知らないのだろう。俺だって鶴見の本性を知らなかったら恋をしていたのかもしれない。いや、それはないわ。恋は偽りの形でしかないのだから。そもそも俺は恋に興味がないのだから。
「話はそれだけか?」
「そんなに教室に戻りたいの?もう少し私と話したいとか思わないのかしら?」
「どうだろうな。とにかく俺は戻るからな」
そう言って俺は生徒会室から出ようと扉に手をかける。
「精霊って知ってるかしら?」
声は小さかったものの、俺にはその声が大きく聞こえた。
え……?今、鶴見は『精霊』って言わなかったか?俺は一言もそんなことを行っていないのに。
「鶴見……。お前……今、何て……言った……?」
「ん?私は何か言っていたかしら?」
「あ……いや。……忘れてくれ」
鶴見は
結局、その後の授業は聞く耳持たずで俺は紅の会の依頼や鶴見の言葉の意味を考えていた。
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