第6話京夏の悩みの種、大きな存在
俺は約束通り、四人に飲み物を奢った。
特に質が悪かったのは、あろう事か提案者である鶴見だった。四人の中で一人だけ200円を超える飲み物を買わせやがって。自分は金持ちなんだから、それくらいは自分で買ってほしいものだ。おかげで今月の小遣いが苦しいんだが。後で妹に直談判してみるか。
俺は一人離れたところで飲み物を飲んでいると、綾瀬が俺の所へやってきた。他の三人は楽しそうに向こうで話している。
「今日はありがとうね」
「お礼なら鶴見にでもしとけ。俺は別に何もしてねーよ。強いて言うなら覗きくらいだな」
「私はあまり怒らないけど、思い出したら早麻理ちゃんとかに怒られるかもよ?」
「知ってるよ……」
早麻理や鶴見に言ったら確実に処されるだろうな。オーロラ状の光線を出された日には俺だって『ザケンナー』とか叫んでそう。あいつらにそんな能力は持っていない。
こうして肩を並べて話していることに俺は少しだけ驚いている。相手は学年でもトップの成績を誇るのだ。そんな相手と普通に話せていることに驚くのは仕方がないと思う。それもまだ会ってから2日だけである。早麻理の影響も大きいのだろうが。
「冗談は置いといて、今日はどうだった」
「うん。今日は楽しかったよ。昨日が昨日だけに余計に、かな」
「本当に悪かったな……」
「あ、別に二人でやることがつまらなかったわけじゃないんだよ。何て言うか、今日は人が多かったから楽しかったんだよ」
「そ、そういうことか。安心したよ」
と言うか、つまらなかったらわざわざ一人で俺のところに来るわけないか。そう考えると悲しくなってくるな。どうして悲しくなっているのか理由は分からないが。
と、俺と綾瀬が話していることを知ったか知らぬか。鶴見が俺らのもとへやってきた。ちょっとだけ顔をにやけさせながら。
「他の二人はどうしたんだよ」
「二人なら購買に行ったわよ。私は余ったから二人の中に入ろうと思ってね」
「誤解されそうなことはあまり言わないでくださいな」
「そうね。このままだと和弥君がやり手みたいに見えてしまうわね」
「そういうことを言うのを止めろって言ってんの!」
からかわれているのは知っているが、こうやって声を大にして否定しなければ本当に誤解が生まれてしまいそうで怖い。現に今だって周りにいる陸上部の女子達がこちらを見ながらヒソヒソと話し込んでいる。見ている目も冷たい。
まるで冬の北海道を半袖姿で放り込まれたような冷たさである。伝わらない?そうだよな。俺だってそんな経験は一度もない。
「冗談よ。それより今日の練習はうまくいったかしらね」
「どうだろうな。綾瀬はどう感じてる?」
「さっきも言ったけど、楽しかったよ。ゲーム感覚でできたし、ボールも三浦君に真っ直ぐ転がってくれたしね」
「楽しめて何よりだ」
「そうね。それに運動って出来てどうこうじゃないと思うのよ」
「そうだな」
「?どういうこと?」
「人は得意不得意があるじゃない。私は勉強も運動もできるけど、それだけなんだから」
「そういえばお前って絵が下手だし、ダンスもろくに出来ないし、挙句の果てには技術じゃなにこれって作品しか作ってないよな」
「そ、それは言わない約束でしょう!」
「そ、そうなの!?」
綾瀬にとっては驚きの話だろう。この反応だって俺の予想通りだ。
鶴見は勉強が出来て運動もこなす非の打ち所のない女子。だが、出来るのはその部分のみ。実践となると話は別になる。
彼女は美術、技術、体育のテストでは90点台はあるものの、成績は4に留まっている。その理由は他でもない。実技の成績がとてもひどい有様だ。それはもう雲泥の差。成績のほとんどを勉強面で押さえているような状況。それでも4を出せるのだからすごいと思うのも本音だが。
「人間は完璧な奴はいないってよく言うが、鶴見を見るまでは信じられなかったよ」
「ろくに友人を作ろうとしない人には言われたくなかったわ」
「うっ……」
鶴見からの的確な言葉に図星を突かれた俺は黙り込んでしまう。だって怠いじゃん。俺は一人でいるのが楽であり、好きなのである。これ、大事だからな。ちゃんとノートに取っとけよ。
俺は早急にこの流れを変えるために無理矢理にでも話題を変えた。と言うか、この話の結論を言った。
「と、とにかくだ。いくら天才とか、幸運とか、才能があると言われてる人間にも弱点の一つや二つあるってこった。だから、無理をして克服しようとしなくてもいいんだ。それだって一つの個性だって思う。個性を直したいって人間はそうそういないだろう」
「そ、それはそうだけど……」
「個性だって言って見切りをつけるのもどうかと思うが、その個性だって時さえ流れちゃえば環境も人間関係と一緒に変わっていくもんだろう」
小学生の頃の印象と
しかし、綾瀬はそれに頷いてなるほどと言いたげな顔で俺のことを見ていた。その目はダイヤモンドがあしらわれているような輝きを纏っている。こいつの瞳を見ながら呪文を唱えたら、女の子ならば誰でもキュートな魔法使いになれるんじゃないかと思えてしまうほど。誰もラッパッパとは言っていない。
「そ、そういうものなのかな」
「だが、お前の場合はちょっと度がいってるから、同性から見ればわざとやっているとしか思われないだろうが、お前の周りにはそうは思っていない奴らがここにいるんだ。だから、お前は少しずつその音痴を直していけばいい」
「三浦……君……」
綾瀬は目尻に涙を浮かべながら微笑むような顔で俺のことを見てくる。
お前は捨てられた子犬かよ。危うく頭を撫でたくなっただろうが。どうも俺は動物系人間を愛護してしまいたい衝動にかられやすいらしい。何だよ、動物系人間って。キルミンかよ。
その横で話を訊いていた鶴見は、顔を逸らして肩を揺らしていた。笑いを我慢しているようだ。一発殴ってやろうか、女子だけど。
「何がおかしいんだよ」
「だって……。らしくないことを、言ってるんだもん。笑っちゃうに……ふふ、決まってる、じゃん」
前言撤回。笑いを堪える様子はないようだ。本当に殴ってやりたい。
「し、失礼だよ。……そりゃ確かに、見た目からはそんなことを言いそうじゃないのは否定しないけど」
「俺をフォローしてるのか、貶しているのかはっきりしてくれ」
綾瀬も笑ってはいないが、俺のことはそう思っていたらしかった。昨日のことと言い、先ほどの更衣室の話と言い、俺の評価はあからさまに低かった。別に気にはしていないし、それに悲しくもないし。本当に。ちなみに目から出ているものは心の汗である。本当だよ?
「あれ?なんで和弥は泣いてるの?」
「どこか痛めた?」
そこに購買へ行っていた早麻理と葉山が袋を手にして戻ってきた。と言うか、体育着のままで行ったのか。着替えてからでも良かった気がするのだが。
「いや、何でもない。それよりその袋はなんだ?」
「これ?いや、軽く打ち上げ的なのをやろうかなって」
「打ち上げって。まだ根本的な問題は解決してないぞ」
「ううん。それはもういいんだ」
そう言って首を横に振る綾瀬。
「勉強をできるだけでもマシなのかなって。別に諦めたわけじゃないんだよ。焦ってたのかもしれないかな。お姉ちゃんが完璧だったから」
「姉なんていたのか」
「いるよ。私以上に完璧でね。私なんて到底及ばないよ」
「どうして自分の姉と比較をするのかしら?」
「それは……」
綾瀬は言いかけて口を紡ぐ。その顔は悲痛そうな表情だった。今まで見たことのない彼女の暗い表情。
彼女の中で姉という存在は一体どんなものなのだろうか。兄弟のいない俺には分かるはずもなかった。
しかし、そんな俺を他所に鶴見は綾瀬に向けて言葉を続ける。
「私に京夏ちゃんのお姉さんがどれくらいすごい人なのかは分からないから何とも言えないわ。だけど、いくら周りがお姉さんに評価をしていたとしても、京夏ちゃんは京夏ちゃんよ。気にすることはないわ」
「で、でも……」
「そうだよ!私達だってお姉さんのことは知らないし、それに私達はいつでも京夏ちゃんの味方だよ!ね、真望ちゃん!」
「あ、う、うん!そうだよ」
鶴見の言葉に早麻理と葉山が口々に言葉を被せる。
決して彼女を励ましている言葉にはなっていない。どちらかといえば、不器用な言葉を綾瀬に投げかけているだけにある。
それでもその言葉は確実に綾瀬の中に響いたようだ。彼女は涙を溜めながら、時折その涙を拭きながら、重い口を開いて言った。
「そう……だよね。そうだよね。私は、私なんだもん、ね」
涙声になりながらも、一つ一つその言葉をゆっくりと、それでもはっきりと話
す。
彼女の中でお姉さんの存在がとても大きかったようだ。周りも味方はあまりいなかったのだろう。だからこそ、今の言葉は全て心に響いたのだろう。
「よっしゃあ!それじゃあお菓子もたくさんあるし、カラオケの予約もしてあるから着替えよう!」
「いつの間にそんなことをしてたのかよ……」
「別にいいじゃん。あ、カラオケ部屋代はみんなで割り勘だかんね」
「勝手にやった上に割り勘かよ……」
行動力があるのはいいことなのだろうが、相談なしに勝手に決めるのは果たしてどうなのだろうか。
「いいじゃない。一度行って見たかったのよ。カラオケって」
「主役の私が行かないのも変だよね」
「私も、一緒に行く」
あれ~?どうして皆さんこんなにも乗り気なのでしょうか?誰も勝手に事を進められていることを気にしていないのだろうか。
女子達がわいわいと楽しそうに話しているのを見ながら、俺だけは頭の中であれこれと考えていた。いやね、勝手に事を進めずに話してくれれば俺だって行く気はあったんだよ。だけどさ、自分の知らないところで話がトントンと進んでいくのは嫌いなんだよ。
と、俺が色々と考えていると、額に軽い衝撃が走った。ぺちんという音を立てて現実から離れていた俺を引き戻してくれる。
俺の眼下に入ってきたのは、見慣れている幼馴染みの顔だった。
「何だよ」
「何じゃないよ。一人で何ブツブツと言いながら考えてるの?」
「あれ。俺何か呟いてたか?」
「はっきりとは聞こえなかったけどね。それで、皆これからカラオケに行くって話になったんだけど、和弥はどうするわけ?」
「ど、どうするって言われてもな……」
俺は早麻理の後ろにいる他のやつらに視線を移す。
皆揃って俺に期待をしているような目で見つめていた。
しかし、俺には大体分かっている。こいつらは同じような目をしていて、実は考えていることは全く違うことを。まさか、こんなところで俺の人間観察能力が堂々と発揮されるとはね。本当、今日まで磨いといて良かったよ、と素直に喜べるのはこれが初めてだろう。
鶴見は、カラオケって何かを早く知りたがっているような雰囲気である。葉山は、早くカラオケに行きたいという雰囲気。京夏は、俺にも来て欲しい、来てもらいたいという期待をしている雰囲気である。
おい、こいつら考えていることは同じなのにどうして全く同じような目をすることができるんだよ。
「で、どうするの?来るの?来ないの?」
早麻理に至っては、早く決めてくれないかなと言わんばかりに俺のことを睨んでいる。うん、怖い。怖いからその表情は俺に向けないで欲しい。
しかし、ここまで俺に期待の眼差し(それぞれ考えていることは全く違うが)を向けられると、流石に断りにくい。ここで断ったとしたら、この空気が悪くなる上に、反感を買いそうな気がした。
俺は溜め息を一つ吐く。そして、俺は口を開いた。
「分かった。俺も一緒についていく」
「それで良し」
何がそれで良しだ。お前が勝手に事を進めなければこんなことにならなかったんだろう。
何はともあれ。俺達は更衣室で着替えを済ませてからカラオケに向かうことになった。
更衣室ってことは、また俺はあの地獄を味わうわけで。次は虫が出てきたとしても俺は絶対に助けてやらないからな。
案の定、またもあの憎たらしいGが女子更衣室に再び姿を現したのだが、俺は前の教訓で学んでいたため、助けに行かなかった。助けに行ってもロクなことがないし。そう思っていたのだが、今度は早麻理に『なんで助けに来なかったの?』の逆ギレされた挙句、蹴りまで入れられたのだった。
本当に女子って面倒な生き物である。俺も女に生まれれば分かったのかな?
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