あなたには、私が必要ですか?

「何してんの?」


 あの方は時々、私に話しかけてくださいます。

 たいてい私は、それに対してうまく応えることができないのですけれど。


「……星を、つくっています。」

 そして小さな声で「きぼうの星。」と付け加える。


 私の手は、半ば自動的に星を作り続ける。

 授業中でも、それは止まらない。


「なんで星つくんの?」


 特に理由はなかったのです。

 あなたのことを知るまでは。


「きぼうが、必要なんです」


 ですが、あなたの名前を知ってから、その意味を知ってから、まるでこの星が、私の傍にいてくださるあなたのようで。

 そこにないと、不安に感じるようになってしまったのです。

 ですから私は、私のきぼうであるあなたを失わないように、星を作り続けるのです。

 長くあなたと共にいられるよう、願いを込めて。


「捨てる希望が?」


 そう。捨てるのです。

 私はつくった星を、大抵の場合その授業が終わったら教室のゴミ箱に捨てます。

 ゴミ箱のない教室の時は星たちを筆箱に入れ、思い出したときに捨てています。


「そうです。」


 自分で作ったきぼうを、私は捨ててしまうのです。

 あなたに依存しすぎないように。

 きぼうがなくても、私は存在できるのだと、自分に信じさせるために。

 いつかあなたが私の傍にいなくなった時、私が保てるように。

 あなたを私だけが捕らえてしまうことが、ないように。


「ときには諦めも、必要なんです。」


 星をつくり終えると、私は急いでノートをとります。

 意地悪な先生が、急いで黒板を消してしまう前に。



 受験を控え、成績と相談した結果志望校を変更しなければならない方がクラスに多数いた中、私はおそらくクラスで最も長く数多い面談の末に第一志望校を受験しました。

 両親にも先生方にも反対されましたが、私には、どうしてもその学校に行きたい理由があったのです。

 なんとか合格することができ、とりあえず、私の目標は果たされました。


 偶然か必然か、私とあの方は進学しても同じクラスでした。

 しかも席は隣というおまけ付きです。

 私がこの学校に入りたかった理由こそは、この方と共に日々を過ごしたかったからなのです。

 これ以上に嬉しいものはありません。


「星、まだつくってんの?」


 進学してからも、あの方は私に話しかけてくださいました。

 それが今まで当たり前になっていたので、私はなんとか、喜びを抑えて返事をすることができました。


「もちろんです。」


 星に込めた願いが、ちゃんと叶ったので。

 これからは、感謝の気持ちを込めて作ろうかと思います。


 私は時々、折り鶴など、星でないものも作ります。

 中に願いを込めて、どなたかに贈るのです。手紙としての役割もありますが、私なりの、お守りのつもりです。

 相手は友人であったり、お世話になった人であったり。

 ですが今まで、あの方に贈ったことはありませんでした。

 私の感情をあの方に知られるのは、少し、恥ずかしいからです。

 ですが、やはり言葉にしないと伝わらないことはございます。


「これ、どうぞ」


 入学式の日、朝早く起きて、大きめの星を画用紙で作りました。

 あの方に渡すものですから、きちんとしたものでなければいけないと思いまして。

 いつ渡そうかと迷っていたら、もうあの方と別れる時間が近づいておりましたので、やや強引に、差し出しました。


「僕に?」

「はい。」


 中に書いた文字を、見られなければいいと思いながら。

 半心、気付いて欲しくもありました。私の気持ちに。


「入学の、お祝いです。」


 それ以外に、口実が思いつきませんでした。

 あなたと共にいられる日々が続くことへの感謝だとは、正直に言うことはできません。


「じゃぁ僕からもなんかあげようか」


 あなたはポケットを探るけれど、私はその気持ちだけでうれしいのです。

 ただ、あなたの隣にいることを許していただけさえすれば。

 あの方は、ポケットから細い紐を取り出しました。


「手出して」


 私は咄嗟に右手を差し出しました。

 何をするのかと思っていたら、私の小指にそれを結びつけました。


「幸せの赤い糸……なんつって」


 たまたまなのか、用意していたのか、その紐の色は赤で。

 きっとあの方のことだから、偶然でしょうけれど。

 その偶然が、とてつもなく嬉しくて。


「──あかい、いと……」


 赤い蝶がとまった右手を空に翳すと、日がまぶしかったのですが。

 それは、私とあの方の今後を温かく見守ってくれそうで。


「運命の、じゃないですか?」


 私は精一杯の照れ隠しを口にするのです。


「そうだっけ?」

「どっちでも、うれしいですけど。」


 もしかしたら顔が赤くなっているかもしれません。

 それを見られるのが嫌で、私は顔を背けて言います。


「……星、ひらいてみてください」


 本当は、あなたに自分で気付いて欲しかったけれど。

 今この気持ちを、少しでも知ってもらえたらと思って。


“あなたと同じ学校でよかった”


 それを見て、あなたは首を傾げるけれど。

 私はそんなあなただから、共にいたいと思うのです。


「これ、どーゆう意味?」

「そのままの意味です。」


 それ以上のヒントは、もう直接言うのと変わりませんから。


「いつつくったの?」

「今朝です。」


 あの方の手を引く。

 もう今日の用事は終わっているから、あの方と共に帰宅するために。

 教室にはもう、ほとんど人はいませんでした。

 誰も聞いていないのなら、少しくらい、答えを教えてもいいかと思ってしまいました。


「……あなたと同じ学校に通えるように、がんばったんですから」


 言ってしまいました。

 恥ずかしくて、あの方の顔を見ることができません。


「僕が入学できなかったら、どうするつもりだったの?」


 少しして、あの方は口を開きました。

 私は、あなたがこの学校にいなかった場合など、考えてもみませんでした。

 そういえば、そんな可能性も、あったのですね。


ですが、

「……信じてました。」


 私もあの方もこれから、電車通学になります。

 ですから今は、駅に向かっているところです。

 あなたと今日を過ごす時間は、もうあとすこしですけれど。


「これからも、一緒に通学しましょうね」


 家が近いというただそれだけの理由で、関係で、私とあの方は幼稚園のころから通学時には行動を共にしています。

 これからも、そんな生活を続けるために、私はこの学校を選んだのですから。


「ところでさ、何で星つくんの?」


 あなたはまた、それを私に尋ねるのですか?

 以前言ったはずなのですが、忘れてしまったのですか?


「──それはきかないでください、のぞみ」

「何で急に名前呼ぶの、かなめ」


 あの方の名前は星野ほしの希望のぞみといいます。

 私は、星に希望ねがいを込めて、空に伝えるのです。

 希望あなたが私の傍に、いてくださるように。


「前に、理由は教えましたっ」


「『希望が必要なんです』?」

「い、言わないでくださいっ」

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希望が、必要なんです。 木会 @Hinoyou

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