第15話 決戦は金曜日
希星たちは再び惑星n85にあるメディーナ魔法学園にいた。
惑星nという記号は、ヒトが生息する惑星を数えるための記号だ。
n3が神様のいる星で、そこから距離が遠くなるほど4、5、6と数字が増えていく。
ちなみに地球はn255。
n1、n2も神様の住まう星だったが、この宇宙には存在せず、すでに滅んでしまったので、n3が中心なのだった。
メディーナ魔法学園の女子寮の一室で、希星たちは作戦会議を行っていた。
A級主人公シオンに総攻撃を仕掛ける手筈を確認していた。
「希星さんがあなたに好意を持っているとシオンには伝えておきました。シオンも元から希星さんに好意があったみたいです。希星さんは深夜一時にシオンの部屋へと向かってください。そういう約束をとりつけてきました」
クリスこと中山・ノワール・朝子は、後ろに手を組んで背筋を伸ばしながら話した。
希星はドレッサーの前で、メルクールから念入りにメイクをされていた。
メディーナ魔法学園の制服を着ているのは希星しかいない。すずなは紺色の修道服だし、メルクールは白とピンクの修道服、中山は気が抜けた女優の私服みたいなだぼだぼのスウェットを着ていた。
「シオン君が僕に好意があるって本当? 全然脈がなかったように思えるんだけど」
「序列一位の私が撤退したんだから、繰り上がりでボクっ子君がヒロイン候補になったのさ。最高の花道を用意したんだから、最後はばしっと決めておくれよ」
「本当に大丈夫? シオンは僕たちの正体に気付いていて、こっちを嵌めようとしているかもしれないよ?」
希星は不安で仕方がなかった。
食堂での一件で、シオンが何かに気付いたことは確かだった。
騙しに行くつもりだったのに逆に騙されるということは十分ありえる。
ライオンの檻に生身で突入していく気分だ。
「正体に気付かれている可能性があるからこそ、ここで決着をつける。このまま学園の中で潜入生活を続けるのは危険すぎる。勝っても負けても今日で撤退することになる」
燃料パックをフォトニックブラスター、通称PB銃のグリップの底部に差し込みながら、すずなは言った。
「勝っても、負けてもって、もし負けたら僕は死ぬの?」
最強主人公であるシオンの逆鱗に触れたら、一瞬のうちに暗黒魔法で消されてしまう。
唯一、救いなのは、恐らく痛みも苦しみもないということだろう。
不幸過ぎる人生だったけれど、希星はまだ死にたいとは思わなかった。
「私の命にかえてでも先生は守る!」
小学生らしからぬ覚悟ですずなは言い切った、
「最初は先生の漫画が好きだった。でも先生に会ったら、先生のこともすごく好きになってしまったの。先生の漫画が読みたくて私は主人公を倒す旅を続けてきたけれど、いまは先生自身が救われてほしいなって思う。だから、必ず守る」
そこまで言われたら希星は後に引けない。
たとえ女装という卑怯な真似をしてでも、勝たなければならない。
一般人が最強主人公を打ち負かすには、かっこよくはいかないものだ。
「わかった。僕も精一杯がんばる」
これが成功すれば、二度と女装をすることはないはず。
自分の人生を偽るのは今日で最後にしたい。
「よし。先生はシオンの部屋に入り次第、告白までなんとか進んでほしい」
「男だってバレたらごめんね」
希星は唇にグロスを塗られながら、ため息をついた。
「失敗したら私たちはみんな死ぬかもしれない。シオンの無属性無詠唱最強魔法はその名の通り一秒以内にターゲットを即死させることができる。さげちんの力で少しでもシオンの力を無力化してくれるとありがたい」
果たしてさげちんの意味をすずなは正確に理解しているのかと、希星は訝しんだ。
「両思いになるだけでいいの? シオン君の手を握るとか、その先まではいかなくていいって話だったよね」
すずなが不思議そうに頭を捻っていると、クリスこと中山が説明を始めた。
「さすがに掘られるまではいかなくていいよ。そこまでいくとせっかくの大量の運が、跡形もなく消し飛んじまうからね。どうせなら、奴の運を恵まれない人に配給したいじゃん? キスぐらいは行けたら行ってほしいなー、無理か? まあ、抱き合うくらいでいいよー、ボクっ子君は初めてだろうし」
経験豊富なキャバ嬢が新人に教育しているみたいな構図だった。
「だ、だきあう……」
男同士で抱き合うなんて、鳥肌が立つんじゃないかと希星は心配だった。
「メル、掘られるって何?」
「お父さんに聞きなさい」
「それはやだ」
「大事な物を取られるってことじゃないかしら」
「大変だ。掘られるまえに私が絶対助ける」
すずなは頭に付けていた暗視ゴーグルを、目の前へと下ろした。
特殊部隊みたいな出で立ちのすすなを見て、希星は頼もしいような頼もしくないような複雑な気分になった。
「女子力満タン入りましたー」
メルクールはビューラーを持った手を高らかに挙げた。
「いつもより、香水多め、スカート気持ち短め、ああ、今夜、俺はアクセル踏み込んでいいんだな、ってシオンに思わせるように仕上げましたー。きらりん、素敵な夜になるといいわね」
組んだ両手を頬の横に持っていきながら、メルクールははしゃいでいた。
「もうこれ、パンツ見えてない?」
希星は後ろを振り返りながら鏡を見た。ルーズソックスとスカートの間にだいぶ距離があった。自分でもエロいと希星は思ってしまった。
「スニーカーの靴紐とか、制服のスカーフとか、少し緩めておきな」
山中がツインテールを指先でくるくるしながらアドバイスした。
「だから! 抱き合うだけでいいんでしょ! なんでそんな隙だらけにしなきゃいけないんだよ」
「「その方が可愛いもんねー」」
メルクールと山中が声を揃えて言った。
「そろそろ一時に近くなってきた。先生はシオンの部屋がある最上階へと向かってほしい」
暗視ゴーグルを目につけたすずなが冷静に指示した。
希星は半ばやけくそになりながら覚悟を決めた。
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