第13話 劇団大根畑
スープをぶっかけられて食堂を出た後、希星たちはそのまま浴場へと向かった。
夕飯を終えた生徒も多く、浴場は丁度混雑している時間だった。
希星は女の恰好をしていたし、実際女として入学したので、女湯に入らなければならなかったのだが。
「どうしよう、服を脱いだら男だってバレちゃうよ」
ブラはパット入りだし、ショーツの中には男の子の象徴がしっかりとついている。
「せんせーは銭湯力が高いし女子力も高いから大丈夫」
すずなは希星の手をぐいぐいと引いて、女湯の中へ入ろうとする。
ちなみに銭湯力というのは女の子が男湯に、男の子が女湯に入れる力を指す値のことで、もちろん赤ん坊の銭湯力が最強である。いくら女っぽいとはいえ高校生男子の希星に銭湯力なるものが残っているかは不明だった。
「下着脱いだらバレちゃうってば。男と女は下着を脱いだら決定的に違う体をしてるんだよ」
「私は見たことがないからわらない」
すずなに手を引かれて、結局希星は女湯の脱衣所に入ってしまった。
一日の汗を流しに来た生徒たちがたくさんいた。
首に巻いたスカーフを外そうとしている子もいたし、ちょうどショーツを膝から下に滑らせている子もいた。タオル片手に全裸で浴場へと歩いていく後ろ姿も見えて、希星は目を覆ってしまう。
「無理無理、男だってバレなくても、女の子の裸の中には入れない」
すずなは希星が側にいるにも関わらず、制服のスカートを下ろし始めた。
「ストップ、ストップ」
そう言いながらも希星は目を覆う手の指の隙間からすずなを見てしまう。
まだ小学五年生とはいえすずなの脱ぎっぷりは躊躇いがなさ過ぎた。
希星が側にいるというのに、すずなは腋を見せながら両腕を上げ、色っぽく上着を脱いでいく。乱れたショートの金髪を両手でささっと整えて、涼しい目をしながら希星を振り向いた。
「すずな、それ以上はだめー!」
裸になってしまったすずなを見てしまう前に、希星は目を閉じた。
児童に挨拶するだけでも日本では犯罪なのに、一緒にお風呂に入ったなんて知れたらどうなることか。
たとえ死刑は免れても、報道されれば一生ネットのさらし者だ。
「せんせー、大丈夫だけど?」
「大丈夫なわけないよ」
「せんせー、そんなに恥ずかしがっていたら、男だとバレてしまう……」
確かにそれもそうだと、希星はうっすらと目を開けた。
その光景を目にした瞬間、この前、パソコンで検索した画像を思い出した希星だった。
すずなは裸などではなく、セパレートの競技用水着を着ていた。
生地の面積は大きかったが、股下が異様に長くてお尻の位置が高く、形のいい胸が張り出しているすずなが着ると、魅惑的に見えてしまう。
「小学五年生が裸になれば、日本の警察は宇宙の果てまでも追ってくるので、さすがに自粛しましたー」
メルクールがてへへと頭を掻きながら言った。
残念なような、安心したような顔をしながら、希星は胸をなで下ろした。
「そうだ、僕も水着になるよ……」
「きらりんの水着は用意してないわ」
「ええー、本当に?」
「水着のほうがたぶん男だとバレやすいと思うわよ」
「……」
言われてみればもっこりとした水着を着ていれば言い訳ができないような気がした。
「でも、裸になるのもまずいよー」
希星が助けを請うと、メルクールが大きなバスタオルを持ってきてくれた。
「きらりん、これを体に巻いてお風呂入りましょ? バスタオルを体に巻いて、小さなタオルで髪をまとめるのが女子力の高い入浴の仕方だわ」
メルクールは裸体にバスタオルを、頭にはターバンみたいにタオルを巻いていた。
たしかにセレブみたいな恰好だったが、メルクールは大きなおっぱいに引っかけるようにしてバスタオルを固定していたので、胸のない希星がやるとずり落ちてこないか心配だった。
「ああ、やっぱりずれる」
希星は裸になってバスタオルを巻いたが、予想通り、痩せた体にバスタオルは固定しづらかった。
「上をくるくるっと折り返すとちょっとはましかも」
メルクールにバスタオルを固定してもらい、どうにか浴場に入れるようになった希星だった。
「早く、せんせー、お風呂、お風呂―」
すずなは浴場を指差して走り出した。
見た目はファッション雑誌から抜け出したようなモデル体型のくせに、大きなお風呂を前にすると子供のようにはしゃぐすずなだった。
生まれて初めて入る女湯に希星は興奮しっぱなしだった。
女子生徒たちの甲高い声が石造りの浴場によく響いた。
湯船へ歩いていく途中で、裸の女子生徒とすれ違ったが、湯煙が凄くてよく見えなかった。ぼやけた肌色を見ていると、想像力を掻き立てられて、かえって興奮してしまう。
しかし、これだけの湯煙があれば、案外裸で歩いても男だとバレそうになかったので、希星としては嬉しい限りだった。
シャワーで軽く体を洗い、希星は湯船に入った。
学園の生徒一クラス分が入っても余裕があるほど、湯船は広かった。
水着を着たすずなが希星の目の前を平泳ぎで通り過ぎていった。湯船の端から端まで往復していたすずはは、浴場でちょっとした注目を浴びていた。風呂で泳ぎたがる女の子など、すずなの他には誰もいない。普通なら幼児が遊んでいると騒がれそうなものだが、すずなの泳ぎは水泳選手の如く美しかった。
「きらりんも泳ぎたいんじゃない?」
メルクールが希星の隣に座りながら言った。
「どうして?」
「姐さんを見て、泳ぎたそうな顔してたから」
「そんな顔してた?」
「うい」
図星をつかれて、希星は恥ずかしくなってしまった。
「銭湯なんて連れて行ってもらったことないから……」
「不幸なご家庭だったのね」
「まあ……それに、いま住んでるところは風呂トイレ一緒のユニットバスだからね。すごく狭いんだ」
脚を伸ばせるお風呂というだけで、希星にとっては幸せだった。
「私の住んでたお城もこのくらいの浴場があったわよ。湯船の中を泡でいっぱいにして、召使いたちが私の体を洗ってくれるの」
「そういえばお姫様だったね」
「失礼だわ。いまも私はお姫様よ」
「オタサーのね」
頬を膨らませて怒るメルクールに、希星はそう言った。
向こう岸から戻ってきたすずなが、水面を滑るようにして希星の前まで泳いできた。
「先生の漫画の主人公も、大きなお風呂に入っていた。あのSFぽい未来的な背景が私は好きだった」
すずなは水面から顔だけを出して話した。
「僕の漫画? どんな背景だったかよく覚えていないな」
「先生の作品なのに、先生は覚えていないの?」
「失敗作だったから、忘れたい一心だったんだ。献本って言って、作者には自作が掲載された雑誌がタダで家に届くんだけど、漫画家クビになってからは、その雑誌全部破り捨てちゃったんだ。だから自分のデビュー作がどんなだったかよく覚えていない」
「どうして破いたりしたの……」
「なんか、悔しくて……」
人気のでなかった作品が目に入るたび、もう打ち切りですという担当の声が聞こえてくる。それが嫌で、希星はデビュー作を捨ててしまった。
「そうか、私が好きな作品を、先生は好きではないのか……」
すずなは、不満そうな顔をしながら、水中に息を吐いて泡を立てた。
「あ、でも、僕の作品好きになってくれて嬉しいよ。ただ、僕は自分の作品に納得してないってだけだから」
誰も見ていないような希星の古いホームページに何度もメールをくれたすずなは、希星にとって唯一のファンだった。
「せんせー、早く不幸を終わらせて、漫画を描いてほしい」
「そうしたいけど、うまくいきそうにないよね」
「さすがはA級主人公だ。シオンは何かに気付き始めている」
「というか、もう僕とシオンが恋人になるチャンスはないんじゃない?」
食堂での一件のせいで、シオンは転校生三人を信用しないだろうし、希星の胸を触ったときに、こいつは女ではないと気付いた可能性もあった。
「先生、ごめんなさい。私がカフェオレしか飲めないばっかりに……ブラックコーヒーなんて飲まされたらついカッとなっちゃった」
「いや、あれはカフェオレじゃなくてコーヒー牛乳だから」
「カフェラテかな?」
「いや、なんでちょっとかっこつけようとするの? コーヒー牛乳でしょ?」
「カプチーノ……」
「もういいよ……」
「だって……若頭がコーヒー牛乳なんて飲んでたら、若い衆に示しがつかないし……」
「そっか、天使って大変なんだね」
すずなは恥ずかしそうに肩を縮めた。
小学五年生が組織のトップに立つには、かなり無理をしなければならないようだった。
「でも、大丈夫。先生とシオンは必ず恋人になれる。諦めないでほしい」
「その言い方だと僕が本当にシオンを好きみたいに聞こえるからやめて」
「このままでは作戦続行厳しそう?」
「うん、女装で男を騙すなんて無謀だったと思うよ」
「うまくいくと思ったのだけど……でも大丈夫。ちゃんと奥の手は用意してるから」
「奥の手って何?」
「いま明かすとびっくりしそうだから、いまはナイショ」
「いま明かしてよ。突然何かが起こった方が、僕は困るよ?」
「熱いお風呂の中で驚かすと心臓にわる……うえっ」
すずなはそう言ってから、急に顔色が悪くなった。すずなの目は微妙に寄り目になっている。
「うう、気持ち悪い……」
「のぼせたんじゃない? 熱い風呂で泳ぎまくるから」
希星はすずなを介抱した。
「あっ、きらりん、私が姐さんを運ぶわ」
メルクールが希星に代わってすずなの肩を支えた。
「貧乏なきらりんは大きなお風呂を存分に楽しんで」
「大きなお世話だよ!」
すずなを脱衣所へと運んでいくメルクールに向かって、希星は叫んだ。
すずなの水着姿から目をそらすように、希星は正面に顔を戻した。
結局、奥の手は教えてもらえなかったな……。
せっかくなので、大きなお風呂を堪能することにした。
しばらく、鼻歌を歌いながら温まっていると、湯煙の中にこちらに近づいてくる人影が見えた。
いくら湯煙とバスタオルがあるとはいえ、バレたら終わりなので、希星は身構えた。
「隣、いい?」
現れたのは金髪ツインテールのツンデレ、クリスだった。
すずなたちと比べても見劣りしないほど、スタイルがよくて目鼻立ちも整っている。だが、胸は素の希星と変わらないくらい貧相だった。
ずれ落ちるバスタオルを片手で支えなければならないほどだ。
「べ、別にいいけど……」
よくなかったが希星は断り切れなかった。
クリスは希星の横に座った。少し動けば肌が触れそうな距離だ。
一体何をしに近づいてきたのだろう。
シオンを取り合うライバルとはいえ、スープをぶつけたのはさすがに悪いと思い、謝りにきたのだろうか。
「へえー、あんた、めちゃくちゃ可愛いわね。ボーイッシュ」
ん? いままでと態度が違う?
クリスは妙に好意的だった。
クリスに顔を近づけられて希星は嫌な汗を掻いた。
どうやら顔だけでは男だとバレていないらしい。
「さっきまで僕のことを嫌っているふうだったのにどうして?」
これだから女の子はわからないと希星は思った。
「あれはあれ、これはこれじゃん。どうしたの?」
クリスは笑った。ツンデレの面影がまるでない。
「恋愛のときだけはライバルに厳しいってこと?」
希星は女の子の友情というものがまったくわからなかった。
「当たり前じゃん、何いってんの?」
「あのさあ、本当はシオンのこと、好きなんでしょ?」
「いきなり、ぶっちゃけトーク? 好きなわけないじゃん、なに言ってんの?」
いきなりツンデレモードに戻るクリスだった。
「あれ? 本当は好きなんでしょ?」
「ありえない、ありえない、あんな鈍感な男、土下座されたって付き合ってやるものか」
唇を噛んで遠くを睨み付けるクリスの表情には、並々ならぬ憎しみが感じられた。
たいしたツンツンぶりだった。
「そんなことより……体触らせろー、そりゃー」
いきなりクリスに飛びかかられた希星は悲鳴を上げることしかできなかった。
「やめてー」
やばい。早く逃げないと大変なことになる。
クリスの手が肩や胸を揉みしだいた。
「私と同じ貧乳じゃない。ほれほれー」
「ぎゃー!」
恋のライバルであるはずのクリスがこんなに激しいスキンシップを求めてくる理由がわからなかった。油断させておいて罠にはめるつもりだろうか。それとも本当は男だということを疑っているのではないだろうか。
考えられる線は、すでにシオンには男だということがバレていて、彼がクリスに風呂で確かめてくるよう説得したのだろう。
食堂の一件のときに女装がバレた可能性があったのだから、安易に風呂に入るべきではなかった。
とんだ大失敗だ。
――すずな、助けて、このままじゃバレちゃう。
クリスに胸とお腹をくすぐられて、希星は少し変な気持ちになってしまった。
クリスはすずなたちに負けず劣らずの可愛い女の子だった。
中身はれっきとした男子だった希星が、裸の女の子に擽られて平然としていられるはずがない。
「それそれー、なかなかいい体してるじゃない――って、えっ? この棒みたいなの何? 何かおっきくなってるような」
擽りをやめたクリスの顔が急変した。
希星は目を見開いて、ごくりと唾を飲み込んだ。
呆然としている希星のバスタオルをクリスは剥ぎ取った。
ソレを見下ろしたクリスは青ざめた顔のまま呟いた。
「オトコ……」
「うわあああああ!」
クリスが叫ぶよりも先に、希星は叫びながら湯船を飛び出して、浴場を駆け抜けた。
とうとう女装していたことがバレてしまった。
メディーナ魔法学園は、シオン以外男の入学が許されていない。男だとバレた時点で希星はこの学園から追放されることは間違いなかった。
いや、追放されるだけならまだいい、シオンに知れたら暗黒魔法で存在ごと消されてしまう。
せっかくすずなやメルクールが不幸な自分を救おうと頑張ってくれていたのに、何もかもふいにしてしまった。
不幸な人たちのために頑張る儚げな神様の顔が浮かんできた。
希星も宇宙を救うために協力したかった。
何もできない自分が女装すらやり遂げられないのだろうかと思うと、情けないばかりだった。
濡れた硬い床に足を滑らせて何度か転び、希星は股間にタオルを当てながら必死で逃げた。
脱衣所へと入ると、扇風機の前で風に当たっているすずなと、横で飲料水をもって介抱していたメルクールの姿が見えた。
希星はすぐさま泣きついた。
「すずなごめん。クリスに女装していたことがバレちゃった。全部僕のせいだよ。本当にごめん」
「え? ああ、うん……」
すずなはまだのぼせているのか心ここにあらずだった。
「すずな、どうしよう。ラックフローでどうにかできない?」
クリスがクラスのみんなに言いふらす前に記憶を消去でもすれば、まだ希望はありそうだった。奇跡の力で何でもできるのだからそれくらいは可能だろう。
脱衣所のロッカーに置いてあったすずなのラックフローから突然、アラームが鳴り始めた。
「むむ、ちょうど昼寝の時間が来たみたい。先生、話はその後に聞こう」
「だめだめ、いまだけは寝ちゃだめ。てゆうか、もう夕方過ぎてるよ?」
「惑星n3時間での昼寝の時間が来たの。先生、もう忘れたの? 惑星n3では、どんなに忙しい世の中でもせめて子供が昼寝できる時間くらいは作ろうよ、ということで、昼寝の時間が法律で義務づけられている。サラ様の粋な計らいだ」
「それは知ってるよ! でもいまはダメ! 絶対にダメ!」
すずなはのぼせているせいで、事態の深刻さに気付いていないみたいだ。
うだうだしている間に、クリスが脱衣所へと現れた。
希星の姿を見つけると、クリスは指をさしながら言った。
「いたっ、オトコ!」
「ご、ごめん、でもこれには深いわけがあって。シオン君とは本当に付き合いたいわけじゃないから。終わったら僕たち消えるから。でゆうか男と男じゃ付き合えないよ。わかるでしょ」
「何ごちゃごちゃ言ってんのよ」
「どうか見逃して! お願い!」
「はぁ?」
言えば言うほど、希星の変態性は増しているようだった。
事情が複雑すぎて、この場で説得するのは不可能に思えた。
仕方ない。
クリスをぶん殴って気絶させるか……それしかない。
だが、たとえ女子相手だとしても、希星の小さな体格でマジ喧嘩を挑んだところで返り討ちにされるのがオチだった。
希星の言い訳を不審そうに聞いていたクリスだったが、すずなの姿を見つけると急に態度が変わった。
ツンからデレになったわけではない。
それはまるでメルクールと同じ、舎弟のような態度だった。
クリスは姿勢を正して、深々とお辞儀をしていた。
すずなを遙か目上の人間として崇めるように。
「かしら、お久しぶりです。この度は挨拶が遅れまして申し訳ありません」
すずなは目がうつろなまま適当に返事した。
「ああ、うん……ご苦労だった」
「えっ、ええ? すずな、クリスと知り合いだったの?」
希星は開いた口がふさがらなかった。
クリスは恋のライバルではなく、恋のライバルを演じていただけということだろうか。
「知り合いというか仕事をいつも頼んでいる。クリスの本名……中山・ノワール・朝子は劇団大根畑に所属するプロの役者だ。いろいろな惑星を渡り歩き、主人公に接近し、犯人逮捕に協力してもらっている」
すずなはメルクールから受け取ったコップの水を飲み干した。
「ツンデレキャラってテンプレなんじゃなくて、全部この人がやってるから同じキャラに見えてたの?」
希星はジト目で金髪ツインテールの中山さんを睨んだ。
「いやはや、さげまんをA級主人公にぶつけると聞いてたので、てっきり女かと思っていたんですけど、まさか男だとは思いませんでした」
「バレなければ言う必要はないと思っていた。すまない」
「いえ、とんでもないです。自分の仕事以上のことは知る必要ないですから。こちらこそお騒がせしてすみませんでした」
金髪ツインテールが床に付きそうなくらい、中山は深く頭を下げた。
「仕事は進んだか?」
「ほぼ完了しました。A級主人公は私を信頼し始めています。いつでも希星さんとA級主人公を結びつける用意はできています」
希星はようやく状況を理解した。
すずなが言っていた奥の手とはクリスのことだったのだ。
さっき食堂で胸のパッドを触られたときに、クリスがスープを投げつけてきたのは、希星が憎かったからではなく、あの修羅場を終わらせるためのきっかけを作ろうとしたいたのだ。
シオンのヒロイン候補ナンバーワンが自動的に撤退してくれるのであれば、希星も彼のヒロインになれる可能性はぐっと高まるはずだ。
「ご苦労だった。もう休んでいいぞ」
「いいえ、せっかくですからA級主人公が逮捕される瞬間に立ち会いたいと思っています」
「そうか」
「すずな姐さん、私にできることがあったら何でもおっしゃってくださいね」
「何かあったら、サラ様のためにまた力を貸してくれ」
「わかりました。では、私はこの辺で失礼します」
中山はもう一度すずなに頭をさげると、離れた場所にいたメルクールに近寄って、さっきの緊張した表情とは打って変わって笑顔でハイタッチを交わした。
「姫ちゃん元気だった?」
「うい、元気すぎてお前は空回りしてるってすずな姐さんに言われるー」
メルクールはえへへと苦笑いした。
「相変わらずじゃん。王子様見つかった?」
「秘密」
「えー、教えろよー」
「そろそろ見つかりそう」
「公務員? 収入安定してんのかな」
「きっと素敵な人だわ。最近運命感じるもの」
「予感がするだけでしょ」
「本当よ。実は姫に復帰したの」
「マジ? 詳しく聞かせてよ。今度の休日とかどう? 空いてる?」
「空いてる。また女子会やりましょ」
「オーケー、まあ、いまの仕事片付いたらね」
「ねー」
バスタオル姿で女子トークを繰り広げていたメルクールと中山が、揃って希星を見た。
「姫ちゃん、あの子マジ可愛くね?」
「私が女子力満タンにしたんだから当然よ」
「でも、さっき体触ってみたんだけど、一応男の子だった。うへへへへ」
体に巻いたバスタオルをぎゅっと掴んで怯える希星を見て、中山は両手をわしわししながら変態みたいに笑った。
そのとき、脱衣所の扉が開いた。浴場側ではなく、廊下側の扉が。
「すまない、ここ、女子風呂だったか」
タオル片手にシオンが目を見開いて突っ立っていた。
中山は変態みたいな笑いをすぐにやめて、顔を真っ赤にすると、ツインテールを鬼の角みたいに跳ね上げながら叫んだ。
「きゃああああああ、覗かないでよエッチ!」
クリスの仮面を被った中山は、その辺に置いてあったボディソープや洗面器を投げつけた。
「いてて、クリス、なんてことするんだよ。さっき暗黒魔法使いから助けてやっただろ。命の恩人だぞ?」
「変態に助けられるくらいだったら死んだ方がましよ!」
「シオン、ありがと~って泣きながら言ってたくせに」
「別に感謝していたわけじゃないわよ! いつまで覗いてるのよ、このバカっ!」
最後に投げた洗面器は、閉じられた扉に当たって跳ね返った。
「あぁぁ疲れたー。もうひとっ風呂浴びよー」
中山はツインテールをほどきながら気怠そうな顔をした。
その切り替えの凄まじさはまさに演技派女優だった。
「ボクっ娘君、あとは任せたからしっかりやんなよー」
中山にねっとりとした手つきで肩を撫でられて、希星はきゃっと悲鳴を上げながら後ずさりした。
「あの……シオンには僕たちのこと、バレてないの?」
「不審には思ってるみてーだけど、私が適当にごまかしといたからさ。まあ、ボクっ娘君のことはまだ女だと思ってるみてーだから大丈夫っしょ」
「そう……よかった……」
中山は手拭いを肩に掛けて、おっさんみたいな大股歩きで浴場に入って行った。
「まだやらせというか仕込みがいるなら、先に教えておいてよね」
希星は切実な願いを言ったが、すずなは椅子に座ったまま目を閉じて寝息を立てていた。
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