最終話 ラブコメの臨界点
不幸が治まるどころか、かなり幸運よりにしておいたという神様の言葉は本当だった。
こんなボクでも彼女ができて、大金持ちになれました、みたいな怪しい幸運グッズの体験談みたいなことが次々に起きた。
熱心な読者の応援により、三週間で打ち切られた希星のデビュー作の連載再開が決定したのである。まさに今さらといった感じで、半信半疑だったが、希星が送ったネームは一発で編集会議を通過してしまった。連載再開の日取りは後日決定するそうだ。
熱心な読者というのも、希星をぜひ担当したいと言った編集も、いままでどこに隠れていたのかは謎である。
希星のメールボックスには他の出版社からも、読み切り短編漫画や連載の打診が来ていた。
とりあえずデビュー先の原稿を優先しつつ、依頼された仕事は全部受けることにした。
すんでの所で不幸が必ずやってくる人生に慣れていた希星は、この幸運がいつ途切れるのか不安な毎日を過ごしていた。
デビューの連載再開が決定した次の日の土曜、希星は学校の漫研部室で月園にそのことを伝えた。
「先輩、おめでとうございます」
月園はまるで自分の夢が叶ったかのごとく喜んでくれた。
月園はプロになったことを隠していたし、希星は業界を干されたことを隠していた。そこで描く絵も話す言葉もすべて嘘だったけれど、お互いプロになったいまは何も隠さずに絵を描けたし、本当のことを話すことができた。
希星も月園も仕事の原稿を部室で描いていた。
「やっぱり私の師匠っすね。絶対にプロに戻れると信じていたっす」
「いや、月園さんのほうが師匠ですよ。年間売り上げランキング一位のつきこ先生」
「先輩、他人行儀はやめてくださいよ。私と先輩の仲じゃないすか」
漫画好きなら知らない人はいない大御所漫画家を目の前にして緊張しないほうが難しかった。
それに、いまの月園は昔の月園とは似ても似つかない。
ジョンレノンのようなぼさぼさの髪と分厚い眼鏡はどこにもないのだ。
色白で目鼻立ちのはっきりとした、黒髪ロングの美少女が希星の隣にはいた。
日本漫画大賞の写真がネット上に出回っていたこともあり、学校にいる男子たちは、ここ一週間月園に夢中だった。
「月園さあ、なんでいままでブサイクキャラ通してたわけ?」
「あ、気になります?」
「別に」
「そんなあ、聞いてくださいよぉ。私、小学校時代はかなりモテてたんですよ。でも、世の中には尊敬される美人と尊敬されない美人がいるんです。残念ながら私はその後者で、同姓の子からはむちゃくちゃ虐められました。丁度、中学になるときに引っ越したんで、どうせだからブサイクキャラになろうと思ったんです。まあ、私性格がウザいので結局虐められてたんすけどね」
「じゃあ、変装やめればよかったじゃないか。わざとブサイクに変装するって楽じゃないでしょ?」
「いつか好きな人ができたら、本当の姿を見てもらおうと思ってました。お気づきですか?」
「何が?」
「何すっとぼけてんすか。好きな人ができたら本当の姿を見せるって言ったじゃないですか。いま、私は本当の姿を見せています。これは私に好きな人ができたということですよ」
「おめでとう」
「なに無関係を装っているんですか。私の好きな人は、いま目の前にいます。この前は告白をキャンセルしましたけど、今日は決めるっすよ。先輩、何漫画なんか描いてるんすか。鉛筆置いてこっちを向いてください」
希星はため息をついて鉛筆をテーブルに置き、隣の月園に向かい合う。
以前はどす黒いオーラを発していた月園が、いまは輝いて見える。
自分の美貌や漫画家として成功している自信が、彼女を輝かせているのだろう。
別人と話しているようで、希星は落ち着かなかった。
「私、昔から先輩のことが好きでした。付き合ってください」
短いスカートから伸びる月園の白い膝が、希星の膝に触れていた。
希星は月園の膝を見ながら言った。
「ごめん、僕はもう好きな人がいるから……」
「ちょっと待ってください。なんで断ろうとしてるんすか。私、ブサキャラから美少女に変身したんすよ。めちゃくちゃお金持ってるんですよ。先輩が食いっぱぐれても、ずっと養っていけるんすよ。ここ一番で百六十キロの剛速球投げたのに、片手でホームラン打たれた気分っすよ」
月園はまたもや希星の断りをキャンセルした。
いくら引き延ばしても、希星の答えは決まっているというのに。
「それだけ可愛くて才能もあってお金もあるんだから、もっといい人見つかるよ」
「褒めるんだったら付き合ってくださいよぉ。私は先輩がいいんすよぉ」
月園は涙を浮かべて希星の両肩を握った。
「もう諦めてよ」
「じゃあ、わかりました。もう体だけの付き合いでいいです。セフレになりましょう、セフレに」
「何血迷ってるんだよ!」
「正直にいいます。私、先輩の顔が好きなんです。むしろ顔しか興味ないっす」
「僕の漫画はどうした! そこまで言われて付き合うわけないだろ!」
「先輩の可愛い顔がえっちのときはどんな淫らな表情になるかと想像するともうたまらないんです」
「絶交だよ! 友達としても付き合えないよ!」
「先輩……私をフって他に彼女ができるとでも思ってるんですか?」
「はあ?」
「ちょっと顔がいいだけで、調子こいてるんじゃないんですかね。実際、その背の低さだと男として見てくれる人いないと思いますよ」
「フられたからって、僕のこと罵倒しすぎだろ!」
「先輩……波遊すずなって、まだ小学五年生だそうですね」
ふいに突き出されたナイフで刺された気分だった。
希星は冷や汗を流しながら聞き返す。
「誰に聞いた?」
「本人が言ってましたよ。先輩が部活来てないときに、彼女と私、二人きりだったんすよ」
「へぇ」
「彼女が高校生になったら付き合うって、先輩、どんだけ待つんですか。五年ですよ。五年。ドラッグとセックスにまみれた芸能界で五年も過ごしたら、彼女だって考え方変わりますよ。小学校の頃の初恋なんて、いい思い出になるに決まってるじゃないですか」
「うっ」
痛いところをつかれた。
「先輩、恋愛ごっこに五年も付き合うんですか? すずなが心変わりした後で私に泣きついたって知りませんからね。私は五年も待ちませんから」
「すずなは汚い芸能人とは違うんだ。僕とすずなは大きくなって付き合うんだ」
「声が震えてますよ。先輩、私と付き合うときはいまなんです。私を選んでください!」
さすがに希星の頑なだった考えは揺らいできた。
現実的な言葉でひたすら揺さぶりを掛けてくる月園に負けてしまいそうだ。
いや、だめだ。
僕はすずなと付き合うんだ。
そのとき、部室のドアが開いた。
現れたのはこの部活の姫であるメルクールだった。
極秘で手に入れたうちの制服を身につけている。
胸があまりにも大きいので、ブラウスのボタンが千切れて飛んでいきそうだった。
「きらりん、私気付いたの!」
「現れて早々、どうしたの?」
メルクールは希星の前まで歩いてくると、スカートの裾を摘んで、腰を落とした。
「私が王子様を探していたのを知っているわよね?」
「うん。だからオタサーの姫になったんでしょ?」
「ええ、でも、探す必要なんてなかったのよ。王子様はすでに現れていたんですもの!」
「へっ?」
メルクールはニコリと微笑んで、大きな胸を押しつけるようにして、希星に抱きついた。
「私の王子様! きらりん、結婚しましょ!」
「待って、待って!」
自分の姐さんを差し置いてそれはまずいのではと、提案する前に、希星はメルクールに抱擁されてしまった。
すずなだけをライバル視していた月園は、新たなるライバルの登場に気を失っていた。
顔よし、胸でかし、そして希星と同級生のメルクールを、攻撃する術はいまの月園にはなかった。
「先生、やっぱり大人の女の人がいいの?」
部室の出入り口にすずなが立っていた。
淡いピンクのワンピースを着たすずなは、直立不動のまま、悲しげに目を細めている。
まずい、もう不安にさせないと決めたはずなのに。
小学生の恋心は傷つきやすいのに。
どうしてこうなってしまったんだ。
「すずな、ごめん、これはメルクールが勝手に」
「きらりんは私の王子様なのよ!」
「先輩は私と付き合うんす!」
「メルも後輩も、どいて。せんせーは私と付き合うの!」
すずなとメルクールと月園に抱きつかれた希星は、三人の美少女の香りを嗅ぎながら、そんなに嫌な気分でもないことに気付いてしまった。
満更でもなさそうに希星はため息をついた。
「やれやれ」
自分を取り合う三人の美少女も困りものだったが、この後に控えている大手出版社での再デビュー原稿と、他社の短編漫画原稿にも取りかからなければならないのだ。
人気漫画家というのも楽じゃない。
そのとき、すずなとメルクールの持っていたラックフローが警戒アラームを鳴らした。
どうやら、この近くに主人公が現れたらしい。
すずなとメルクールは希星から離れると、各々に自分のラックフローを見つめた。
いろんな人間の顔写真が次々に現れては消えていく。
そして、一人の顔写真を表示して、画面が落ち着いた。
いったい、幸運を独占するおめでたい主人公は誰なのだろう。
「せんせい……」「きらりん……」
すずなとメルクールが、ラックフローに現れた画像と希星の顔を交互に見つめて、顔を青ざめさせた。
ロリな彼女は主人公を壊す 一馬力 @takuesugi
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