第21話 そこにはもう一人の主人公が潜んでいた
「だんだん反応が強くなってきた。気をつけよう」
すずながラックフローを見ながらそう言った。
すぐ近くにC級主人公の反応があるらしかった。
電車で一時間以上掛けて辿り着いたのは、大きなコスプレイベントが行われているコンベンションセンターだった。
すずなが着ている紺色の修道服も、メルクールが着ている白とピンクの修道服も、コスプレイベントの中だと驚くほど周りに馴染んでいた。
すずなの場合、逆に私服を着ていたほうが、人気モデルの波遊すずなだと気付かれやすかったかもしれない。
希星も学生服のまま着てしまったが、それはそれで何かの学園物の男子制服のようで浮くことはなかった。
「あの主人公たち、なんでこんなところに来てるのかしら」
メルクールが聞いた。
「わからないけど、こんな人が多い場所で暴れられたら大変なことになる」
東館(スプリングコスプレイベント)、西館(日本漫画大賞授賞式)と書かれている案内板の前で三人は立ち止まる。
「人が多すぎて、ノイズでよくわからないわね」
「こっちもだ」
メルクールとすずながラックフローを見ながら迷っていた。
西館にはスーツを着た人たちばかりが入っていくのが見えて、希星たちは近づき辛い雰囲気があった。
勇者たちが西館に行けば、すぐに警備員に追い出されるような気がする。
「取り合えず、東館から行ってみたら?」
希星が提案した。
本当のところ、希星は西館には行きたくなかった。
日本漫画大賞というのは、去年活躍したプロ漫画家を表彰する式典だった。
当然、昔大手出版社でデビューしてすぐに干された希星でも、知り合いの編集者はいるだろう。ばったり出くわしてしまったら気まずい空気になってしまう。
「せんせーがそういうなら」
コスプレイベントだから別に怒られないだろうと、すずなはPB銃を手に持ちながら歩き出した。希星とメルクールもそれに続く。
東館の中では、アニメやゲームのキャラにふんしたたくさんのレイヤーたちがそれぞれにポーズを取っていた。
カメラを抱えたたくさんの人たちに囲まれて撮影されていたレイヤーもいたし、カメラを持った人が列を作って一人ずつ順番に撮影されているレイヤーもいた。
「あ、いた」
すずなが指をさした。
この人混みの中で二人の男を探すのは無理のように思えたが、そこだけ女の子たちが大勢群がっていたのでわかりやすかった。
モンスターズクエストという人気オンラインゲームのイベントブースだった。
漆黒のローブを着た暗黒魔法使い風のシオンと、勇者の鎧を着て精霊の剣を手に持った勇者が、二人ならんでキメ顔をしていた。
「きゃああ、本物みたい!」
「ぴぎゃあああああ!」
「ふぎゃああああああ!」
アイドルを囲む女子たちの如く、頭のネジがふっとんだみたいな歓声をあげながら、彼女たちは飛びはねつつ写真を撮っている。
勇者とシオンの側でマイクを持った男がインタビューを始めた。
男は、モンスターズクエストののタイトル文字が背中に描かれたパーカーを着ていた。
「このお二人、あまりにも勇者と魔法使いが似合いそうだったので、特別にコスプレ発表会に参加してもらいましたー。えー、今日はどちらからいらしたんですか?」
「神の国からだ」
勇者が真面目に言うと、会場に笑い声の渦が巻き起こった。
「いやあ、ノリがいいですねー。普段からモンクエをやりこんでくださっているようで、ありがたいですね。どうですか、勇者さん、精霊の剣、なかなかいい出来でしょう?」
「完璧だ。俺が長年連れ添った剣に、こんなところで再会できるとは思わなかったぞ」
「ジョブが勇者の人はお世話になったでしょうねー。実はこの精霊の剣、次のアプデでもさらに強化されることが決まったんですよ。グラフィックもかっこよく変化するので、ユーザーのみなさん、楽しみにしていてくださいねー」
会場が拍手に包まれた。
「では、勇者さん、暗黒魔法使いさん、そのコス衣装、今日はずっとお貸ししますので、その恰好でイベント楽しんでもらえたら嬉しいです。けっしてモンクエの宣伝しろって言ってるわけじゃないからねー」
会場が笑いに包まれる。
「ありがとうございましたー。さあ、次の方、どうぞー」
女子たちの歓声に応答するように、勇者とシオンは手を振りながら壇上からはけていく。
「何をやってるんだ、あいつら?」
すずながジト目で二人を追っていた。
「コスプレしにきただけみたいね」
メルクールが苦笑いする。
勇者とシオンが人垣の中から歩いてきた。
彼らは、こちらに気付くと、逃げるどころか、襲いかかってきた。
とっさに、すずなはPB銃を構える。
「いた! 波遊すずな!」
勇者が血相を変えて、走ってくる。
魔王との決闘に水を差された恨み。
刺身工場で強制労働させられた恨み。
脱走した勇者は決死の覚悟で挑んでくるだろう。
すずなは差し違えても勇者を捕まえるつもりだった。
勇者はすずなの前でスライディングしながら止まった。
「俺たちのコスプレ似合っているだろう? どうだ?」
殺し合いが始まると思って気張っていたすずなは、頭からずっこけるというらしくない行動をした。
「希星!」
シオンがローブをなびかせながら、すごい勢いで走ってくる。
「ごめん、シオン君。騙して、ごめん。女だと偽ってて、ごめん。最強の暗黒魔法使いだったのに、ごめん」
殺されたくなかった希星は、とにかく謝った。
希星の前で止まったシオンは、希星の手を優しく握った。
「そんなことはもういいんだ。俺の方こそあのとき乱暴してごめん。今度は希星の言う通り、少しずつお互いのことを知っていかないか?」
「いいけど、友達としてだよね?」
「いや、恋人としてだ」
「いやだよ!」
「希星に出会って、そして、この地球に来て、俺は間違っていたと気付いたんだ。最強になったって幸せになんかなれないんだ。希星の育ったこの星の素晴らしさに気付いた。希星のことをもっと知りたいと思った。俺に本当の愛を教えてくれてありがとう。もう乱暴はしない、大切にする、だから俺と付き合ってくれ」
女だと間違える余地もないれっきとした男子制服を着ているのに、どうして彼は告白してくるのか希星には理解不能だった。
考える必要もなく、希星は即座に答えた。
「お断りします!」
「ははは、まいったな」
フられたのに、シオンは白い歯を見せながら愉快に笑っていた。
さっき歓声を上げていた女子たちが、シオンと勇者に近づいてきた。
「あのー、みなさんすごくかっこよかったです。私たちもレイヤーやってるんですけど、よかったら名刺交換してもらえませんか?」
シオンは笑顔のまま振り向いて、女子たちから名刺を受け取った。
「ごめんな、名刺まだ作ってなくて」
「そうですか。じゃあ、一緒にイベント回りませんか?」
シオンは女の子に囲まれながらハハハと照れ笑いしている。
「お前らは、私に復讐したかったのではないのか?」
すずなが勇者に聞いた。
「なんかもう、魔王退治とかどうでもよくなっちまったぜ。よく考えたら魔王なんか退治したところで劇的に世界が良くなるわけでもなかったしな。なんであんなに必死こいて勇者やってたのかわかんねえや。というか、刑期終えたら、また地球に来ていいか? こんなに楽しかったことはいままでなかったぜ」
勇者は恥ずかしそうに頭を指で掻きながら言った。
「脱走は脱走だ。刑期は延長する」
すずなが厳しく言うと、勇者は残念そうに俯いた。
「だが、真面目にやっていれば模範囚として刑期も短くなるかもしれない。その後なら、地球へ行くことも考えてやる」
ラックフローをいじりながら無表情ですずなが言うと、勇者とシオンは目を輝かせて感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます」「ありがとうございます」
自己中で傍若無人だった彼らの姿は、もはや過去のものになってしまったようだった。
すっかり主人公らしさがなくなっていた。
一方のすずなはラックフローを見たまま、困ったような顔をしていた。
「どうしたの?」
と、希星は聞いた。
「勇者とシオンから主人公の反応がまったくない。ほとんど脱主人公化されていたみたいだ」
「よかったじゃない」
「いや、C級主人公の反応はまだあるの。どうやらこの東館じゃなくて、西館にいるみたいだ」
「シオン君じゃなくて、全然違う人だったんだ……」
「あっ、探知できた。これで名前もわかるはず」
すずなのラックフローに写真やら文字やらたくさんの情報が映し出されている。
慌ただしかった画面が急に落ち着いた。C級主人公の顔写真が映し出されたらしい。
「えっ……」
すずながラックフローを見ながら、表情を凍らせた。
「メ、メルと先生はここで待っていて。私一人で行ってくるから」
すずなはラックフローを後ろ手に隠すようにして持ち、思い詰めたように希星を睨んだ。
「姐さん、どうするつもり?」
メルクールが慌てた様子で聞いた。
「メル、お願い。私一人でやらせて」
「捕まえてしまうの? C級はリストに載せるだけでいいのよ?」
「B級に発展しそうな場合は捕まえることができるから」
「それ、姐さんの私的な理由じゃないかしら?」
「違うもん……」
メルクールが問い詰めて、すずなが涙目になりながら後ずさりするという構図だった。
希星には二人が何で言い争っているのかわからなかった。
「メルは、シオンたちを監視しといて。これは命令だから」
素早く踵を返して、すずなは東館の出口へと走っていく。
残された希星は、メルクールに聞いた。
「なんか、大変そうだね」
「そ、そうね……」
メルクールは希星を気にしながら、ラックフローをタッチしている。
「姐さんは、いつも仕事には真剣だから」
「主人公だもんね。ちょっとでも油断したら、すぐやられちゃうよね」
希星が愛想笑いしても、メルクールはずっと顔を強張らせたままだった。
忙しく、ラックフローの文字を読んでいる。
メルクールがやたらとラックフローを希星の目に触れないようにしている節があったので、希星は聞いてみた。
「ねえ、C級主人公って誰なの?」
メルクールはラックフローに顔を向けたまま、目線だけ希星に移した。
「別に知る必要ないわよ」
メルクールはまた視線を元に戻す。
「僕の知ってる人?」
「そんなわけないわ」
メルクールは一向に答えようとしない。
この違和感は何なのだろう。
初めは気のせいだと希星は思った。
でもやっぱり違った。
A級主人公を捕まえる直前でさえ笑顔が耐えなかったメルクールが、まったく笑っていなかった。無理に表情を作ろうとして、余計に強張っている。ただのC級主人公を相手にしているわけではないことは明白だった。
「すずなも、メルクールも、僕に隠し事してない?」
「し、してないわ」
メルクールの作り笑いを見て、希星は嘘だとわかってしまった。
どうして嘘をつく必要がある?
C級主人公が誰かをなぜ知られなくない。
希星は西館で行われている式典のことを思い出した。
日本漫画大賞。
去年、売れた作品、作家陣を表彰する式典。
すずなはそこに主人公がいると言った。
希星の知り合いで、漫画が関係している人物は一人しか思いつかなかった。
「すずなが捕まえに行った主人公って、月園でしょ」
「……………………」
メルクールの沈黙で、それが正解だと希星は悟った。
「どうして月園なんだよ。あいつはどっちかと言えば不幸な方だよ。これ以上幸運を奪い取ったら、月園、僕より不幸になっちゃうよ? 逮捕する必要なんてないじゃないか!」
誰に対しても容赦のないすずなが、月園に銃を突きつけるところを想像すると、希星は正気ではいられなかった。
「すずなと月園の仲が悪かったから?」
「それは違うわ……」
「でも、C級主人公は本当は捕まえる必要ないんでしょ? 個人的な好き嫌いだよね」
「そうね……」
「月園に主人公要素なんてある? どうしてあいつなの?」
月園が主人公である理由がどうしてもわからない。
親が金持ちというわけでもないし、中学の頃はどちらかというといじめられっ子だった。とくに容姿が優れているわけでもないし、世界の頂点に立つような才能に恵まれているわけでもない。
「あの子、ずっときらりんに隠していたみたいね……」
メルクールはもう黙っているのは無駄だと思ったようだった。
「何を?」
「どうか、月園さんを恨まないであげて」
「……」
「王子様より背が高かったらヒール履きたくないし、王子様より頭がよかったらバカなふりしちゃうし、たぶん、あの子はそういう女の子なのよ。きらりんをたてたかったんだわ」
「僕をたてるってどういうこと?」
メルクールは伏し目がちに行った。
「あの子、きらりんより数倍絵がうまいわよ」
絵の描き方を教えてくれと弟子のようにいつも慕ってきた。
希星にずっと憧れていて、追いかけるようにして高校の漫研に入部してきた。
そんな月園が希星より数倍絵がうまい?
そして、その月園はいま、日本漫画大賞の授賞式の壇上にいる。
「月園もいつのまにかプロになってたのか……」
希星はたったいまそのことに気がついた。
「姐さんを止めて。姐さんは月園さんときらりんが付き合ってしまうと思ったのよ。このままじゃ勝てないと思って、月園さんを捕まえようとしてるんだわ」
「僕はすずなしか好きにならないよ? 月園にはまったく気がないのに」
「恋愛に関しても、月園さんは数倍上手なのよ。とにかく、早く姐さんを止めて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます