第20話 勇者一行、東京に現る
ラックフローでn255(地球)にテレポートしたシオンと勇者は、目の前の光景に圧倒された。
どこを見ても、人、人、人、人、人。
人だらけだ。
ぶつからないように歩くほうが難しかった。
目の前の道路を通り過ぎていく大きなバスの窓にも、人の顔がたくさんある。
後ろを振り返ると、高架線を走る電車の中にも人が詰め込まれていた。
「うおおおお、波遊すずなあああどこだああああ!」
勇者が雄叫びをあげた。
道行く人々は迷惑そうな顔をした人が少しいただけで、大半が通り過ぎていく。
「先輩、先輩、頭おかしい人みたいに見えてる」
額に血管を浮かび上がらせて、眼光をするどくしている勇者をシオンはなだめた。
「でもよお、こんなに人が多くちゃ、探せねえだろ」
「これがあれば探せるのさ」
シオンは手に持っていたラックフローを操作する。
「魔法の板か?」
「そう、ラックフローを持っている者同士の居場所がすぐにわかるんだ」
「さすがは魔法使い」
「うおおおおおお、使えなくなってるううううう!」
今度はシオンが雄叫びをあげた。
灰色の作業服姿の二人を、周囲の人間は無視しながら通り過ぎていく。
「シオン、頭おかしい人みたいに見えるぜ」
「全然、動かせなくなってる。たぶん、これを盗んだことがバレて、遠隔操作で使用禁止にしたんだ。ちくしょう」
「これで探せなくなったじゃねーか」
「この町にいることは間違いないんだ」
「しらみつぶしか。まあ、俺は慣れてる。行くぞ」
「行くぞって、どこに?」
「村人に聞いて回るんだよ。お前に冒険の進め方を教えてやる」
「勇者先輩。ここ、どう見ても村じゃないって」
「迷ったときは村人に聞きまくる。俺はこれで魔王城まで辿り着いたんだ。まあ、見とけって」
「勇者先輩、まじ古いって」
シオンは数歩後ろに下がって勇者の様子を見ていた。
勇者は駅前の広場のベンチに座っていた若い女の人に話し掛けた。
「おい、波遊すずなの居場所を知らないか?」
「はい?」
足を組んでスマホに目を落としていた女の人は、迷惑そうに顔を上げたが、勇者や同じ作業服を着ていたシオンの顔を目にすると、急いで前髪を整えた。
「波遊すずなだ。どこにいるか知らないか」
「ああ、それならあそこですよ」
シオンはまさかいるわけがないと思いながら女の人が指差した方向に顔を向けた。
確かに、いた。
ビルの壁面にある大型街頭ビジョンに、波遊すずなが水着で映っていた。
太陽が眩しい砂浜で、鮮やかな金髪をなびかせながら、スポーツドリンクを飲んだ後、くすっと微笑んだ。
「かわいい」「かわいい」
シオンと勇者はそう呟いた。
勇者は首を振って、映像を見上げながら叫んだ。
「すずな! 俺はお前に復讐するためにやってきた。今度は正々堂々と勝負しろ!」
ベンチに座っていた女の人は、さっと腰を上げて逃げるように立ち去っていった。
「先輩、先輩、それ本物じゃないから」
「なに?」
「カラクリってやつ」
「なるほど、またカラクリか」
映像から少し横に目をずらすと、そこにもすずなはいた。
ビルの屋上に設置されていた広告看板だ。
スーツを着て、ノートパソコンを開いている、凛々しい表情をしたすずなだった。
「うつくしい」「うつくしい」
またも二人は同時に呟く。
「奴はいったい何者なんだ? なぜ、すずなの絵がそこら中に飾ってあるんだ」
「先輩、たぶん彼女はこの世界の支配者なんじゃないかな。絵を飾ることで、国民が崇拝するように仕向けているんだ」
「なんちゅー極悪非道な奴だ。あいつこそまさに、真の魔王だったってわけだ」
すずなの広告を見上げながら、二人は魔王を倒すことを決意したが、ふと自分たちが手ぶらだったことに気がついた。
「なあ、勇者先輩、俺たちには武器がないけど、すずなに勝てるかな?」
「確かに、このままだとまた奴に倒されるのがオチだ。勇者には武器が必要だ。まず、この村で精霊の剣を探そう」
「いや、先輩、この街にはないっしょ。それに、この世界のお金も持ってないんだ」
「心配ないぜ」
勇者は首に掛けていたネックレスを外した。
「これは魔除けのアクセ、金のネックレスだ。こいつをどこかで売れば武器を買うための金は手に入るだろう」
質屋でネックレスを売り、難なく日本の紙幣を手に入れた勇者一行は武器探しの旅に出掛ける――はずだった。
「まずは情報を集めるために、いろいろ寄ってみるか」
二人はスイカを作り、電車を使って様々な場所を巡った。
デパートに行き、洒落た服を買って、見た目はすっかり東京の人間に溶け込んだ。
水族館に行き、ラッコやイルカのショーを楽しんだ。
ボーリング場に行き、二人でどっちが多くピンを倒せるかを競った。
スカイツリーの天望デッキに登り、景色を見下ろしてあまりの高さに二人してはしゃいだ。
昼食は駅ビルの中のファミレスで取った。
チーズと半熟卵が乗ったデミグラスソースハンバーグ、トマトとズワイガニソースのスパゲッティ、海老のマカロニグラタン、ほうれん草とベーコンのソテー、それからデザートにチョコバナナパフェを注文した。
「シオン、都営バスはどこへ行くにも二百十円なんだとよ。場合によっちゃ電車より安いな」
勇者はドリンクバーで注いできたメロンソーダを飲みながら、東京観光のパンフレットを読んでいた。
「いっそのことはとバスに乗ってしまったほうが、いろんなとこ回れてお得じゃないかな。飯もついてるらしいし」
シオンはチョコバナナパフェの底にあったコーンフレークをスプーンで掬いながら言った。
「あー、これガイドさんが案内してくれんのか。しまったな。いまからじゃ何だし、明日はとバス乗ってみっか」
「予約しといたほうがいいみたいだね。日曜混むらしいし」
「だな。しっかし、東京は楽しいな。今度は渋谷ってとこに行ってみようぜ」
上京したての大学生みたいな会話をファミレスでしている二人だったが。ふとシオンがスプーンを咥えながら我に返った。
「先輩、俺たち他に何かすることなかったっけ?」
「ん? 次渋谷じゃなくて、お台場がいいか?」
「違う、何か根本的なことを忘れているような……すずな……」
「そうだ! 俺たちは奴に復讐するんだった。何のんびり観光なんかしてんだよ」
「先輩がこれも冒険だって言うから……」
「精霊の剣が見つからないんだ。仕方がないだろう」
「この街に武器なんてあるのかな? 平和だし、みんな楽しそうなんだけど」
「宝箱もなければ、武器を落としそうなモンスターもいねえ。いったいここはどうなってやがる」
「先輩お得意の、村人への聞き込みでもやったらどうっすか?」
「よし、その手を忘れていた」
「え、まじで?」
シオンが止める暇もなく勇者は立ち上がると、隣のテーブルにいた女子二人組に話し掛けた。
「おい、お前ら、精霊の剣の在りかを知らないか?」
一人は前髪を揃えた姫カット、もう一人は頭の上に巨大なお団子を作っていた。二人共首には高そうな一眼レフカメラを下げていた。いかにもサブカル女子風の装いだった。
「精霊の剣ですか?」
「そうだ。俺は魔王を倒すために武器を探している」
「お兄さんたちも春イベ参加するんですか?」
「何だ、春イベとは?」
「違った? 今日、コンベンションセンターでコスプレイベントがあるんですよ。精霊の剣って、モンスターズクエストの武器でしょ?」
「コンベンションセンターとやらに行けば精霊の剣が手に入るのか?」
「実物大スケールのすっごい剣作ってくる人いるんですよ。あれはどう見ても本物の精霊の剣ですよ」
「モンクエコスレベル高い人多いっすからねー」
女子二人がカメラを抱えながら話すのを、勇者はうんうんと頷きながら聞いていた。
「わかった。コンベンションセンターだな。感謝するぜ。村人さんたち」
勇者が笑顔で手を振ると、女子二人組も笑顔で手を振った。
「シオン、行くぞ。精霊の剣の場所がわかった。次の冒険に出発だ」
「村人って何でも知ってるのか……すげえ」
シオンと勇者は電車に乗って、コンベンションセンターを目指した。
目的地前の駅に到着し、たくさんの人の波に乗って進んでいたとき、二人は目を輝かせた。
地球の平服を着ていたことで二人が逆に浮いていた。
鎧をガチャガチャ鳴らしながら歩く戦士や。ど派手なローブと魔法の杖を持った魔法使いなどが歩いている。
「ふ、ふるさとに帰ってきたみてえだ」
勇者は涙を堪えた。
「俺も、ここに来れば、暗黒魔法使いに戻れそうだ」
シオンも故郷を思い出して泣きそうになった。
はやる気持ちを抑えつつ、二人はコンベンションセンターへ歩いていく。
途中、左の東館と右の西館に別れる道があって、二人は悩んだ。
「精霊の剣は、どっちだ?」
左には地球人らしからぬ服装の人々が進んでいく。
右にはいかにも地球人らしい、スーツを着た人々が進んでいく。
「右はいままでの街にいた人っぽいな。先輩、俺たちは左だと思う」
「当たり前だろシオン。俺は右に行くくらいなら死んだほうがましだぜ」
案内板には、東館(スプリングコスプレイベント)、西館(日本漫画大賞授賞式)と書いてあった。
「よし、コスプレイベントとやらに行くぜ!」
「おうっ」
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