第18話 ラブコメの予感
別にいいことがあったわけでもないのに口笛なんか吹きながら漫画を描いていたものだから、希星は月園に失礼なことを言われた。
「先輩、今日自殺するんですか?」
「なんでそうなる……」
「先輩の口笛なんて初めて聞きましたよ。現世は諦めて来世に旅立とうとしているのかと」
「僕が楽しそうにしてるのがそんなにおかしい?」
「開き直ったようにしか見えなかったっす」
どんな不幸も黙って受け流してきた人間が急にはしゃぎ始めたら、そう見えなくもないかと希星は思った。
「信じられないかもしれないけど、僕はこれから幸せになるんだ」
いつもと同じはずの放課後の部室が輝いて見えた。
気分が明るいと、こんなにも見える世界が違うのかと希星は感動していた。
「やっぱ辞世の句にしか聞こえないっす」
「どう言ったらいいかな……とにかく、面倒なことが片づいたんだ」
不幸な人生から脱出できる喜びもあったし、月園についた嘘が嘘でなくなるかもしれないし、もう女装をしなくていいのだと思うと、嬉しくないわけがなかった。
「でかい仕事でもやりとげたんですか?」
察しのいい月園だった。
「そんな感じかな。月園はなんだか暗いね。嫌なことでもあった?」
希星が遠近法の極意を教えている最中だというのに、月園はどこか上の空だった。
「ちょっと身だしなみを注意されちゃって、部活終わったら美容院に行かなきゃいけないんす」
干からびた海藻みたいな髪を、月園は面倒くさそうな顔でくしゃくしゃと掻き回した。
「なんでそれが憂鬱なんだよ。せっかく高校生になったんだし、綺麗にしてきたら?」
「リア充に屈したみたいで腹立つし、一度綺麗にしちゃうと毎日のセットが面倒なんすよ。ただでさえ忙しいのに」
おっさんのうめき声みたいな深いため息をついた月園はがっくりと肩を落とした。
「月園、このままだとゴミ屋敷に住むおばさんみたいになるよ」
「私の部屋来ます? すでにゴミ屋敷っすよ」
「ご両親は成績の善し悪しを問うより、月園の日常生活に注意を向けるべきだよ。てゆうか、親に美容院行けって言われたの?」
「うちの親はそういうのに寛容だから何も言わないっす。バイト先の人に言われたんすよ」
ポジティブだけが取り柄の月園が、見たこともないような暗い顔をしていた。
「ふーん、バイトね」
月園がやっていそうなバイトとは何だろうと希星は考えた。
「明日、写真撮らなきゃいけないんすよ」
「写真を撮る仕事って何かな……そんなに嫌ならバイトやめたら?」
「そっすね……惰性で始めた仕事だから、やめてもよかったんですけど」
「写真ねえ……」
「どんな仕事か気にしてくれてるっすか?」
「気になるよ。まあ、月園が体を売るような仕事をできるわけがないとは思ってるけど」
「できるわけがないって何すか! するわけがないでしょ? 先輩、私脱いだらすごいんすよ?」
希星は月園の凹凸のない体に目を這わせる。
「へぇ、そうなんだ」
「嘘でもいいからもっとエロい目で見てくださいよ。先輩って優しくしてくれますけど、肝心なとこでは私から距離を取りますよね」
「当たり前でしょ。いちおう男と女なんだから」
「いちおうって何すか! 先輩が男らしくないってとこに付けたんすか! それとも私がブスってとこに付けたんすか!」
「普段ブスキャラで通してるくせに、何でキレてるの?」
「優しい先輩なら、醜い私の素敵なところを見つけてくれるって思うのはわがままですか?」
「わがままです」
「ブスで不潔だけどそんなお前を愛してやれるのは俺だけだっていう気概は?」
「ないです」
「はぁー?」
月園は机に突っ伏した。
「これだけアプローチしてるのに、まさか先輩は私の気持ちに気付いていないってわけないすよね?」
急にマジに迫られて意表を突かれた。
希星は押し黙ってしまう。
中学時代から自分を慕ってくれた後輩の好意に気付いていなかったと言えば嘘になる。
ただ、その好意というのは男と女のそれではなく、プロ漫画家を尊敬するそれ――
いや、それもごまかしだなと、希星は首を振った。
このままだとシオンのことを鈍感だと馬鹿にした言葉が自分にブーメランだ。
ここは男らしく、はっきりと言ってやるべきだ。
とりあえずはもう一度月園の気持ちを確認してから。
「月園、本気なの?」
月園は突っ伏していた上半身をテーブルから起こして真剣な顔になる。
マジか、それなら言うしかない。
ふざけたり、ちゃかしたりはせずに、そのまま言おう。
君のことは好きじゃないから諦めてくれと。
希星は息を吸い込んでそれを口にした。
「月園、君のことは――」
「ストップ! ストップ!」
月園はそう叫んで、希星の口を両手で塞いだ。
「やっぱなしっす。キャンセル、キャンセル」
「な、なんだよ。人が真剣に答えようとしてるのに」
ここでちゃかされるなんて最悪だ。
次の機会があったとしても、月園を好きになることは絶対にないだろう。
「すいません、タイミングを間違えました」
「はぁ?」
「私も一応、漫画家の端くれっすよ。ラブコメには詳しいんす。ここで勝負に出ても、ノーチャンスだということはわかるっす」
こっちが気持ちに気付いた時点で、ノーチャンスじゃないかと希星は思った。
「何がしたいんだよ」
「波遊すずなが現れたせいで、私も焦ってるんすよ。あの女が来なければ、私と先輩は今ごろ付き合ってたというのに……」
月園はぎりぎりと歯ぎしりをした。
「いや、ないから。すずなが現れなくてもないから」
「さすがの私も、売れっ子モデル相手には分が悪いということっすか?」
「その自信はどこから来るんだよ。てか、もう張り合うも何もないと思うよ……」
希星とすずなはすでに両思いだった。
将来の約束まで交わしている。
さっさと断ってしまわないと月園に申し訳ないというのに、彼女は無駄な引き延ばしを敢行した。
「波遊すずなは先輩の上っ面しか知らないと思うんです。先輩って性格良さそうな顔して実は見栄っ張りだったりするじゃないですか。あと、女の子みたいに可愛い顔してるのに実は男の欲望強いとことか。本当の先輩を知ったら、あの女は離れて行くと思うんですよ」
「うっ……」
普段ふざけているくせにやけに人間観察に長けている月園に希星は恐怖した。
「その点、私は先輩の卑怯なところも、醜いところも、全部受け止めてみせます。あの女は裏切っても、私は絶対に裏切りません。覚えておいてくださいね」
「ありがたいけど、嬉しくないというか。ごめん、僕は月園のことを女の子として見ることができない」
「ちょっと、いまの告白じゃないです! フらないでください! キャンセル、キャンセル」
「これからもよき先輩と後輩の関係でいようよ。僕なんかよりかっこいい男の人はたくさんいるからさ。次の恋に向かうときは僕も応援する」
「待ってください。告白してないっす!」
「月園、根は優しいからいい人見つかるよ。頑張ってね」
「待てって言ってんだろ、おい!」
「先輩に暴言? もう後輩としても見られないかも」
「先輩がフライングして私をフるからじゃないすか-。お願いしますよー。私のルートを潰そうとしないでくださいよー」
月園の分厚い眼鏡から涙が溢れてきた。
「鈍感な主人公みたいに、じらすだけじらしてフったら刺されるかもしれないでしょ」
「こんなフられかたした方が刺しますよ!」
「こわっ」
「とにかく私のことをじらしてくださいよ。もったいぶってやきもきしましょうよ。いまの先輩だと敏感すぎて失恋すらまともにできませんよ」
「傷は浅い方がいいよ? ちゃんとフろうか?」
「わかりました。恋バナやめ! やめ! 話題変えましょう。最近面白かった漫画ないっすかー? 私、面白いウェブ漫画見つけたんすよー、これ知ってます?」
早口でまくし立てる過激な口調から一転、月園は赤ちゃんにでも話し掛けるようにマイルドな口調になり、スマホを取り出した。
本当に僕のこと好きなのかよ……。
そんなふうにも思える豹変ぶりだった。
それから、希星と月園は本当に恋の話をしなかった。
何事もなかったかのように先輩と後輩の関係に戻った。
漫画談義をしながら、漫画を描き続ける。
本来の漫研部に相応しい活動だった。
「今日の授業はこれくらいにしとく? 美容院行くんでしょ?」
希星はテーブルの上にちらかっていた大量の消しゴムのカスをゴミ箱に捨て始めた。
月園みたいに気軽に持ち運びできる液晶タブレットを持っていなかったので、希星は部活では紙と鉛筆を使うことが多かった。
「先輩が授業を続けてくれるんだったら、私は美容院もバイトもばっくれる覚悟はできてるっす!」
「ダメダメ、バイトクビになるよ」
「クビになったら、先輩と部活できる時間が増えるっす。最高っす」
「あんまり僕を崇拝するなよ。月園の運気が落ちちゃうよ」
月園とは体の触れあいなんてするはずもないし、恋愛感情は一切なかったので、さげちんの効果が発生するとは思えなかったが、月園が腐女子から脱せないのは案外自分のせいだったのではないかと希星は心配した。
「どうして私の運気が落ちるんすか?」
「ほら、僕、どうみてもさげちんだからさ。月園に悪い影響が出ちゃうと責任負いきれないよ」
「何言ってるんすか。先輩はあげちんっすよ」
「いつ、誰をあげた」
「私の絵がこんなに上達したのは先輩のおかげじゃないっすか。いや、先輩に比べたらまだ全然ゴミですけど」
「ちゃんとした絵の先生に習ったほうが上達するんじゃない? 僕なんかに習ってるより、そっちの方がよっぽどいいよ」
「私を避けようとしないでくださいよぉ。先輩のファン第一号なんですよ。先輩はファンを大切にしない漫画家なんですか?」
月園は希星の袖を掴みながら、分厚い眼鏡の奥の目に涙を浮かべていた。
今度は一ファンとして攻めてくるつもりだろうか。
でも、中学時代の月園が希星の漫画を純粋に好きだったのは間違いなかった。
「じゃあ美容院行ってきなよ。それから風呂には毎日入る。そしたら考えてあげるから」
希星は腕を組んで先生らしく命令した。
「毎日風呂に入るくらいなら先輩のファンやめます」
「えっ? ええっ!」
希星は椅子から転げそうになった。
「いままでの僕への崇拝は何だったんだよ」
風呂に入らない方が大事って。
「冗談っす。美容院行って毎日風呂入ったら、また漫画教えてくれます?」
「教えるよ。僕なんかでよければ」
これから幸運は適正値に戻っていくだろうし、あげちんまではいかなくともさげちんではなくなるだろう。無駄な心配はしないでおこうと希星は思った。
※
翌日は土曜で学校は休日だった。
希星は一人、部室に来て漫画のネームを練っていた。
しばらく新しいオリジナル漫画は考えることもしていなかったけれど、不幸が終わるのをきっかけに、また再起してみようと思ったのだ。
しかし、長いブランクのせいか何も浮かんでこない。
幸運な体になれば、素晴らしいアイデアが降ってくるようになるのだろうか。
真っ白な紙を前にして、指の間でシャーペンをくるくる回して時間を浪費していたとき、部室に来客があった。
月園はバイトがあるらしいので、今日は来ることはない。
部室に現れた二人を見て、希星は月園が休みでよかったと心から思った。
彼女らと月園が邂逅してしまえば、またよくわからない言い争いが起きそうだ。
現れたのはすずなとメルクールだった。
すずはないつもの紺色の修道服、メルクールもいつもの白とピンクの修道服だ。
どうやって人目を避けて部室に着ているのか不思議なくらい派手だ。
どうせ学校に侵入してくるなら制服を、せめて地球人らしい私服でいいから着てくればいいのに。彼女たちには天使としてのこだわりがあるようだった。
希星は忘れていたけれど、メルクールはオタサーの姫になったことをしっかりと覚えていたらしい。王子様が現れるまで、もしくは王子様なんて現れないと気付くまで、メルクールには部室に通い続けるということだった。
迷惑といえば迷惑だったが、幸運を取り戻してくれようとしている人たちに部室の入室許可を与えるくらいの恩返しはしてあげようと希星は思った。
「でも、すずなまでくることないんじゃない?」
スチールの本棚に置いてあった少女漫画を読んでいたすずなに向かって希星は言った。
「せんせーのいじわる」
すずなは漫画から目を離し、不満そうに唇を尖らせる。
「意地悪じゃなくて、すずなは人気モデルでしょ。高校に無断侵入してることがバレたら大変じゃない?」
つい最近知ったことだが、すずなの出演しているスポーツドリンクのCMは、使われているBGMの大ヒットと相まって、もの凄い反響を呼んでいるらしい。そんな大人気モデルを高校の廊下で見かけようものなら、騒ぎにならないほうがおかしいだろう。
「こっそり来てるから大丈夫」
「その金色の髪は遠くからでもかなり目立つよ?」
この高校の女子はたいてい黒髪だったので、髪色だけで部外者が紛れ込んでいるとわかってしまう。
「そのときはラックフローでなんとかする」
「運を大切にしようよ。不幸な人を救うためのものでもあるんでしょ?」
「小学校でもまんがクラブには一応入っているのだけれど」
「へえ、すずなも絵描くんだね」
すずなは本当に漫画が好きみたいだった。
「私は描けない。読むのが好きなだけ。でも、小学校にはゴロゴロとかジャオみたいな子供向けの漫画しか置いていない。ここには少年向けも青年向けもなんでもあるので嬉しい」
確かにこの漫研部室には、卒業した先輩たちの置いていった漫画が大量にあった。
漫画好きには最高の環境かもしれない。
「それに……ここにいれば先生の次回作が読めるかもしれないから。楽しみ」
すずなは細長い指で、静かにページをめくりながら話す。
「自信ないけど、そのうち……」
さっきから新作のアイデアを考えてはいるけれど、さっぱり浮かんでこないとは口にできない。
「きらりん、自信を持ちましょ! 今日はきらりんに素敵なプレゼントを持ってきたのよ」
姫ちゃん席(長テーブルの上座)に座っていたメルクールが人差し指を立てながら笑顔で言った。
「そういえばそうだった」
すずなは思い出したように漫画をテーブルに置くと、長方形の漆黒の板を取り出した。
「A級主人公を倒したことで、サラ様も随分喜ばれていた。サラ様の特別な配慮で、先生に予定より早く幸運を返還できることになった」
「マジですか」
地獄のようだった人生がこれで終わるのだと思うと、希星は微笑まずにはいられなかった。
救急車やパトカーに轢かれるような不運、いくら頑張っても成果のでない漫画の仕事、さすがにキラキラネームが普通の名前に勝手に変わったりはしないだろうけど、恋とか勉強とか貧乏とかも、かみ合っていなかった歯車が回り出せばどんな結果になるのか楽しみだった。
「先生の不幸を改善するにはまだ時間が掛かりそうだけれど、今回は結構な量の運を支給してもらえた」
すずなは誇らしげに黒い長方形の板を掲げる。
「女装した甲斐があったよ」
希星はあははと照れ笑いする。
「きらりん、おめでとー。クラッカー持ってくればよかったわね」
メルクールが小さく拍手する。
まるで誕生日だった。
新しく生まれ変わるという意味では誕生日と言ってもいいのかもしれない。
「では、ラックフローを見つめてほしい」
すずなが差し出していたラックフローの漆黒の画面を、希星は見つめる。
「緑色の光が点滅するはずだからそれから目を離さないで」
生まれを呪うしかなかった人生がいよいよ終わるのだ。
希星は明るい眼差しでラックフローを見つめる。
ところが、点滅した光は不吉な赤色だった。
危険を知らせるアラームまで鳴っている。
「あれ?」
すずなは慌ててラックフローの画面を指でタッチする。
「こっちもだわ」
メルクールが持っていたラックフローもアラームが鳴っていた。
「どうしたの?」
不安になった希星はさすがに聞かずにはいられなかった。
運がよくなる直前に何らかの災難が起きてふいになるなんて冗談ではなかった。
あと数秒だけでいいから、何も起こらないで欲しい。
「C級主人公をこの近くで検知した。いま詳しい情報を修得中……」
すずなのラックフローに写真やら文字やらたくさんの情報が映し出されている。
慌ただしかった画面が急に落ち着いた。
「だめ。反応が微弱で主人公が誰か特定できない」
すずなは腕を天井に伸ばしてラックフローを高く掲げた。
「うーん、距離は遠くないみたいだけど、反応が微弱すぎて探知できない」
「どういうこと?」
ラックフローに映された、黒い背景の中に青色の点が散りばめられた映像をのぞき込みながら希星は聞いた。
「A級主人公みたいに、強烈な運気を発していたらはっきりと探知できるのだけど、このC級主人公みたいに運気が弱いと、周囲の一般人のノイズに紛れて探知しずらいの」
「じゃあ、どうするの?」
「神様と決めたルールでは、C級主人公は捕まえなくていいことになってる。でもB級に発展したら危険だから、とりあえずリストには入れておかなければならない」
「僕の運気の返還は後ででいいよ。主人公を捜しにいく?」
「いや、放っておこう。C級主人公なんてしょっちゅう出てくるものだし、いまは先生の不幸を終わらせることが大事」
希星にとっては嬉しい限りだったけれど、仕事を放棄させているようで申し訳なかった。
「じゃあ、気を取り直して、続きから。せんせー、緑色の光から目を離さないで」
すずなは指先で操作するとよし今度こそ、と呟き、ラックフローを希星に向けてかざした。
希星は不安になりながら再びそれを見つめる。
不幸が終わる直前で不幸が訪れるというループは勘弁してほしかった。
瞬きしたくなるほどの明るい緑色が点滅し始めた。
よかった。
ようやく成功か?
そう思ったとき、またラックフローのアラームが鳴り始めた。
「えっ? また?」
「ごめん、せんせー、緊急連絡だ」
すずなはラックフローを裏返して、指先ですいすいとなぞって情報を受け取る。
同じく、メルクールのラックフローにも緊急連絡が届いていた。
すずなとメルクールが険しい顔をしながら、互いに視線を合わせた。
何かまずいことが起きたのは確かだった。
二人は申し訳なさそうに、希星を見つめる。
「せんせー、今日は無理かもしれない」
「また主人公が現れたの?」
「捕まえたはずのシオンともう一人の主人公が脱走し、この星に来ている。おそらく、私たちに復讐するつもりだ」
希星は青ざめた。
最強を誇っていたシオンを地獄に陥れた希星は恨まれて当然だった。
しかも、女装で迫り、油断したところを制圧するという卑怯ともいえる手段を使ったのだ。
脱走した犯罪者は何をしでかすかわからない。
見つかれば何をされるかなんて想像すらしたくなかった。
「僕、殺されるの?」
「さっきのC級主人公の反応はおそらく、シオンたちの物だと思う。脱主人公化施設にいたのだから、最強と呼べるほどの運気はもう持っていないはず。即死魔法さえ使えなければ、たいした敵じゃない」
すずなは太もものホルスターから
「ごめん、僕の不幸のせいだ」
希星は暗い顔で俯いた。
何をやってもうまくいかないのは慣れているはずだけれど、すずなたちまで不幸に巻き込んでしまうと、さすがに落ち込まずにはいられなかった。
「きらりんのおかげでシオンを捕まえたんじゃない。おませいおませい」
メルクールが笑顔で慰めてくる。
「おませいってなに?」
「おまえのせいじゃない、おまえのせいじゃない」
「適当な慰め、ありがとー」
すずなはラックフローを修道服のポケットにしまい、読んでいた漫画雑誌を丁寧に棚に差し込むと、希星に聞いた。
「先生も一緒にシオンたちを捕まえに行こう」
「僕が行くとまたしくじるかもしれないよ?」
すずなたちを不幸に巻き込みたくないというのもあったけれど、シオンに会いたくないというのが本音だった。
「先生を一人にしたら危険だ。先生は私が守る」
「……」
金髪が似合う凛々しい瞳で、すずなはまっすぐに見つめてくる。
すずなの差し出した手を握って、希星は立ち上がった。
暖かい手だった。
しかし、小学生女子に守られる高校生男子というのはあまりにも情けない気がした。
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