検査と友達(自称恋人候補)

連れて行かれた先は、いかにもな研究室に近い場所だった。


人がまるっと入れるワイングラスをひっくり返したようなガラスで出来たものがいくつもあり、その中には犬やウサギや、篠崎と『同じ』であろう男性の姿があった。


「じゃあゆみちーはここに入ってね?」


そう言って、他の研究員と思わしき白衣の男性に声をかけ、準備と検査を行うのを少し遠くから見ているよう指示された悠の隣で説明をする朋奈。


「ここで、体に異常が無いか確かめているの。本来なら人間が他の動物になるなんてあってはならないし、だからこそ知られてはいけない。

体や心の暴走で彼らが『変化』できることがばれてしまったら、もう日常へは戻れないわ。

よくて監視付の部屋に捕らえられるか、最悪は人としての生すらも危うい。

だから私たちは彼らを見守り、研究し、家族のように温かく接しながら、そんな人たちに見つからないようにメンタルや体の調子を整えたりする役割を持っているの。

あなたが、もしゆみちーや他の人の生を危うくするようなことをしたら。

・・・私は、あなたを・・・

・・・いいえ、そんなことにならないと信じているわ。お願いね、蘭さん」


篠崎に対している時の声とは違う、大人の、研究員としてのそれで話す朋奈。


それだけ大切に思っているのだという気持ちが伝わって、悠は頷いた。


安心したのか、微笑む朋奈はとても優しくて、こう言うと誇張しすぎと笑われそうだが、まるで女神のようにすらその時は思えたのだった。


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篠崎が精密に検査を受けるために脱衣しようとした時、朋奈の「さすがに遠目であっても男性の裸は見られないわよね?」との言葉を受け、篠崎の裸体を見る(事故で一度見てしまったが)ことを回避できたのに一安心した悠は、一緒に出てきたのにさっさと他の場所へ行ってしまった恩人を失ってどうすればいいか迷っていた。


困っていると、

「あれ、きみ1人?見かけない人だけどだれ?」

と声を掛けられた。


振り向くと、茶髪のくりっとした(ハシバミ色というらしい)瞳が印象的な男の子がそこにいた。


「ええと、あなたは、ここの関係者さん、ですか」


「ある意味ではそうだよ!僕はるり、瑠璃林るりばやし 元春もとはる!きみは?」


「わ、私は蘭悠」


中学生だろうか、悠の頭ひとつ分小さくて元気そうな印象を受ける少年に返事をすると、良い名前だね!と言われた。


「ねぇねぇ、あららぎさんって言うの面倒だから、悠さんって呼んでいい?」


わんこのごとき愛らしさを纏って尋ねてくるるりに抵抗できない悠は、肯定してしまった。


「やったぁ!ありがとう、悠さん!」


 無邪気な笑みを浮かべたと思ったら、悠の目の前から姿が消える。


そして、衝撃。


下を見ると、ふわふわの茶色が目に入った。


さらに、腰に違和感。


それらが意味するもの、それは。


「悠さんやわらかいねー。僕好み!」


そう、抱きつかれていたのだ。しかも胸の位置に頭部が来るので、るりはつい、で顔を埋めることができる。


「ねっ、僕の恋人にならない?悠さんなら大歓迎だよ!」


周りに花が舞っていそうなほどの笑顔を見せるるりに、そういえばと話題を変換することとした。


「そうだ、あなた」


「るりって呼んで!」


「じゃあるり、私がなんでいるのか、って聞いたわよね?今、篠崎君の検査待ちなの」


事情を話すと、途端にがっかりしたような、複雑な表情をした。


「えー?よりにもよってあの面倒なネコシノザキの関係者なのー?」


そうだと答えると、じゃあさ、と楽しそうな顔で腕を離す。


「なら僕の姿見せてもいいんだ!」


ちょっと離れて、えい、と声を出すと、るりのいたところには一匹のうさぎがいた。


どう?と言いたげな瞳の、茶色のふわふわの生きものは、とても愛らしかった。


思わず悠が抱きしめると、煙がまたるりを包み、肌色過多の人間が悠を抱きしめていた。


「うん、ウサギで抱っこされるより僕はこっちがいいなぁ」


すりすりと、胸に顔を埋めて感触を楽しむるり。


「ちょ、るり、あなた服はどうしたの?」


最初に篠崎と会ったときはちゃんと服を着ていた。けれど彼は言ってしまえばほぼ全裸なのだ。


最後の砦であるモノクロな迷彩柄のボクサーパンツだけは履いているが、それ以外は健康的な素肌を晒していた。


「え、服?僕、いつもパンツしか残らないんだよね・・・。もっと練習すればいいのかな・・・?」


ちょっと困ったように笑う少年は、悠から離れ、すぐそばに落ちていた服を悠の目の前で身に着けた。


「よっ・・・と。でさ、悠さんは本当に僕好みなんだ!悠さんは僕みたいな子どもじゃ好みにならない?」


目の前まで来た少年は、少し首をかしげながら尋ねる。


その子犬のような様子を見てしまうと断り切れず、どうしよう、と悠が困っていると、ちょうど助け舟が現れた。


「るりー!どこに行ったのー?」


「ちぇー、もう時間かぁ。またね、悠さん!」


女性の声に、すねたような表情から一転、にっこりと笑って手を振って去っていく少年を見ながら、悠はなぜだか不安が拭えないのであった。

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