ノゾキカラクリ

小椿清夏

ノゾキカラクリ

『お人形遊び』は、女の子だけの遊びだと思っていた。

 十も年の離れた兄のような存在が、ひとり人形遊びをしている姿をみて、一緒に遊んで貰おうと花が声を掛けようとすると、その口を誰かに両手で塞がれてしまう。

小父ではない、子供の瞳からみても艶やかな佇まいに花は思わず、見惚れてしまった。塞がれた手が陶器のように体温を感じなかったこと、着物の袂から見える繋ぎ目の部分で、『人間』ではないことを花は悟る。

作り物の美しさは、小父が作っている人形そのものだった。

「あんたがおっさんが連れてきた子?」

 尋ねられたことに、花は素直に頷く。

「この家で、これからも生活をしたかったら、私の忠告を聞くんだよ。ひとつ、お人形遊びをしている時の京三郎には声を掛けちゃいけない。知らないふりをすること。ふたつ、京三郎達が可愛がっている人形達を邪険にしちゃいけない。みっつ、私には逆らわない。いいね?」

「貴方も京三郎のお人形なの?」

 問いかけを無視した花の反応に人形はにっこりと微笑むと、裂けるんじゃないかと思うくらいに、柔らかな頬を横に引っ張りあげる。

「返事は?」

「ひゃ、ひゃい」

「巴。そこにいるの?」

「ちいさいのも一緒だよ」

 京三郎はいるのが、巴だけだと思っていたのだろう。困った顔を浮かべつつも、彼と話す時は代わりに話してくれる操り人形を素早く、手にする。

「巴さんは人でないの?」

『巴は祖父が作った人形だよ。母が早くに亡くなった時から、家事の一手を引き受けてくれているんだ』

 彼の口から巴を紹介してくれないことを、花は少し残念に思った。

『誰にも内緒だよ。他の人は、巴のことを人間だと思ってるんだ』

「誰にも言わない。ひとつだけ、聞いてもいい?」

『うん?』

「あのね、京三郎のお人形なの?」

 今度は京三郎に同じ質問をしてみると、彼は笑って、花に耳打ちをした。

「俺の大切な家族だよ」

 久しぶりに彼の声を聞けたことに、花の口許が緩む。不思議そうな顔をした京三郎の代わりに、巴が花の頭を小突いた。


【ノゾキカラクリ】

「私の首を盗んだのはあんたかい?」

「ば、化け物! た、た、助けてくれ!!」

 橋の袂で頭まで綺麗な着物をすっぽりと被った美人が具合が悪そうに屈んでいる。着物で顔を隠していても美人だと思うのは、その男の願望かもしれない。

 大丈夫かと下心もある男が声を掛けてみれば、男に礼を言いつつも、美人は顔を覆っている着物を脱ぐ。生唾を飲み込んだ男は、驚きのあまり、腰を抜かしてしまった。

そこにある筈の首がなかったからだ。

首のない妖怪に襲われた。そんな怪談話が最近、江戸の噂となっていたが、まさか、男も自分が災難のひとりになるとは思いもしなかっただろう。

 男は首なしの姿を見るやいなや、へっぴり腰になりつつも、首がない妖怪から逃げ去ってゆく。

「まったく、失礼な男だね!」

 どこから声を出しているのか。男の立ち去った後を見つつ、首なしは憤った。

「と、巴さん!!」

 息切れを起こしながらも巴を追ってきた花は、首がない姿を見ると顔を青くして着物で上から覆ってしまう。

「探し物をするにしても、どうして、首をつけて家から出ないの? また瓦版の噂になっちゃうのに」

「うるさいね、へちゃむくれ。あんたこそ、こんな遅い時間に、女一人で出かけて、京三郎が心配するじゃないか」

「心配してくれるの?」

 巴が呆れたように言うと、花は嬉しそうに笑った。

「私が心配するのは、京三郎のことだよ。あんたみたいな『まな板』でも一応は、女だからね。最近はこの辺りも物騒だから、物好きもいるかもしれないし」

「じゃあ、手を繋いでくれる?」

 巴は仕方がない様子で、花の手を取る。

「今日だけだからね」

『迎えに来たよ』

「京三郎さん!」

彼に笑みを向けると花は上機嫌で繋がれた手を取ったまま、京三郎の元へと走ってゆく。もう片方の手を京三郎に差し出すと、彼も花と手を繋いでくれた。

「両手に花ね」









「やっぱり、巴さんのこと、町中の噂話になってたよ。そのうち、同心が話しを聞きに家まで来たらどうしよう、京三郎さん……って、また、ご飯食べたまま、寝てる?」

「寝かせておいておやりよ。昨日も遅くまで、頼まれものをしていたみたいだからねぇ。おまけにあんたのお守りまでして大変なんだから」

「お守りなんてされてないもの」

 箸を持ったまま、寝こけてしまう京三郎の体の上に、花は起こさないように注意をしながら、掛け布団をかける。

幼い頃と変わらず、自分を含めた他人と喋る時は操り人形と用い、何を考えているのか、分からない夫であるが、絡繰り師としての腕前を見込まれてか、忙しい日々を送っている。

「ほら、頬に米粒がついてるよ。それで、お前は、誰に世話されてないって?」

「うっ。あ、ありがとう」

 花の頬についた米粒を取ってくれた『巴』も、元々、彼の祖父が作ったお茶運び人形であり、見た目は人と変わりない。

どうして、人形が人のように動き、喋るのか。巴と初めて会った頃は、不思議で仕方がなかったが、慣れてしまったのか。長い年月を共に過ごす内に、気にならなくなってしまった。

 近所でも巴のことを人形と疑う町人はいない。肌を他人に見せない限り、巴が絡繰り人形だということは怪しまれることもないだろう。

 彼の家は祖父の代から有名な絡繰り師の家系であったが、最近は京三郎が作り出す人形達に価値があることを認められた為か。一度、盗人が入った際に、補強中であった巴の首が盗まれてしまった。

憤る巴に京三郎は代わりの首を作ったが、やはり、昔からの首の方が馴染みが良いようで、巴は夜な夜な町を彷徨い歩き、自分の首を奪った盗人を探している。

 京三郎の嫁の花と巴。周囲からしてみればおかしな関係だろうが、巴が京三郎の妻。花が彼の妹分として見られているのが情けない。首が盗まれて以来、『京さんはあの美人な嫁さんに逃げられでもしたのかい』とからかわれるのが、花の日常の一環だ。

「それより、あんたこそ、のんびりしてていいのかい。店は?」

「今日はお休みにしようかなって。京三郎さんも、ほうっておけないし」

「お前がいたって、家のことは出来ないだろう?食事支度を任せれば味噌汁の出汁が入ってないし、掃除を任せれば、逆に散らかるし。あんた、京三郎相手じゃなかったら、勘当されててもおかしくはないね」

 巴が吐きすてる容赦のない言葉に花は頬を膨らませる。

 小さいながらも味が評判だった亡くなった父の和菓子屋を、現在は花が店を引き継いでいる。

幼い頃に父が倒れて亡くなり、唯一の身内であった義母が花の身をどうするかと悩んでいたところ、自分を拾ってくれたのか京三郎の父だった。小父と父は親友だったらしく、よくふたり肩を並べて、呑んでいてたと懐かしそうに京三郎が花に教えてくれた。

 義母がどんな人だったのか、花は記憶が曖昧だ。一度、離縁した男の娘を引き取るのは彼女にも思うところがあったのだろう。 

京三郎の父の申し出に義母は喜んで、花を京三郎の家へと押しつけた。年端がいかずとも、義母に捨てられたことが分かった花は、京三郎の家に迷惑を掛けないようにと気を張っていたが、世間の常識など抜けているふたりと暮らしていたら、おかしくなってしまった。

 京三郎の母も流行病で亡くなっていたようで、巴が彼女の代わりに家事の一手を引き受けていたらしい。兄妹のように育ってきた京三郎と花だったが、京三郎の嫁に来てはくれないかという彼の父の申し出に、花はいつの間にか、彼の『妹』の立場から『嫁』に変わっていた。

妹から嫁に変わったところで、彼にとっては関心がないことだったのだろう、京三郎の花に対する態度は昔から変わりがない。

「京三郎さんに、いつになったらお嫁さんって思って貰えるのかな」

 朝食の片付けを手伝いつつ、巴に愚痴めいていえば、京三郎が嫁にしなかったら、あんたは行き場がなくなってたんだから、感謝をしないといけないと、逆にたしなめられてしまった。

「あんたは知らないかもしれないけれど。ちんちくりんで不釣り合いなお前とは違って、京三郎はもてたんだよ?」

「えっ、そうなの? あんな変わり者なのに」

 操り人形を片手に持ちながらも話す京三郎を遠目から他人は伺っている印象であった。近所の女の子達からは顔はいいけれどと濁されることは多々、あるが、彼が夫ということで花がやっかみを受けたことはない。

「あんたは近くにいるから気づかなかっただけさ。せっかく、私が馬の骨……」

 螺旋が巻き戻るような音がして、口うるさく花に吠えていた巴の動きが止まる。

「このままにしておいたら、あとでがみがみ怒られるのは目に見えてるしなぁ」

 花は着物の懐から螺旋を取り出し巴の着物を脱がせると、背にある空洞に埋め込んで、ゆっくりと回してゆく。

「私が馬の骨をって、あんた、聞いてるの?」

「うん、聞いてる。聞いてる」

 京三郎から夫婦としての贈り物として、花が唯一貰ったものがこの螺旋であった。

 同じ年頃の女の子達は、夫から華やかな簪を貰ったという話しは聞いていて、花もそんな憧れを抱いていたけれど。 

巴の命の同源となる螺旋を京三郎の手から貰えたことが、花にとって簪以上の価値があった。

京三郎が、自分のことを家族だと認めてくれた気がして。

「あんた。そろそろ、時間はいいの?」

「あっ!」

「ここの片付けは私がしておくから行っておいで。弟にどやされたって、私は慰めてやらないからね」

「分かってるよ。行ってきます、京三郎さん、巴さん」

「はぁ~。忙しないのがようやく行ったよ」

 寝ていた京三郎が巴の方を振り返って、嬉しそうに笑う。

「相変わらず、仲良しだね」

「ば、馬鹿を言うんじゃないよ! ほら、京三郎も起きたのなら、早く、食べておくれ」





























「おはようございます」

「遅いよ」

「ごめんね、春仁。今、支度をするから」

「下拵えならもう済んだ」

 素っ気なく背中を向けてしまう彼は花の血の繋がった弟である。義母は花こそ手放したがったが、前妻の子であっても、まだ乳飲み子であった春仁のことは別れる際に引き取っていたらしい。

京三郎の父のお陰で売りに出されなかった和菓子屋を今は、花と春仁。そして、父の代から手伝ってくれていたおばさんの三人で切り盛りをしている。

 和菓子屋を開く頃になって、弟の彼と再会したが、自分よりも背が高くなっていることに、花は驚いた。彼が花に弟だと告げなければ、春仁だとは気づけなかっただろう。

 義母が此処で働いていることを知っているのかと春仁に尋ねたが、あの様子じゃ、弟は義母に話していないだろう。 

知っているなら、血相を変えて、花に詰め寄ってくるはずだ。

 可愛くないと内心で思いつつも、花は頭に布を被って慣れた手つきで、和菓子を作ってゆく。和菓子を作る作業の全てを花が任され、客を相手にすることに手慣れている春仁かおばさんが接客をして、花の店はなり立っている。

父が作る味よりも劣るかもしれないが、花の成長を期待しているのか、店を始めてから暫く経って、父の味を懐かしがって常連の客がよく買いに訪れてくれるようになった。 

まだ半人前ではあるものの、いずれ父の味も越えられるように、花なりに日々、精進しているつもりだ。

 ひとしきり、お客がいなくなると、花は自分で作った大福を頬張りながらも、嘆息した。

「やっぱり、父さんの味にはまだまだ、勝てないなぁ」

「それでも、花は」

 春仁が何かを言いかけたところで、見慣れた姿を目にした花は大福を喉に詰まらせる。

「おいっ、大丈夫かよ」

 春仁は呆れながらも、花にお茶を差し出す。

「ごめんください」

「ごほっ、ごほっ。急にどうしたの?」

「近くまで来たから、ちゃんと働いてるか、確認しておこうと思ってね。こんにちは」

「どうも」

 弟は素っ気なく挨拶をすると、すぐに奥へと引っこんでしまう。

「ごめんなさい。最近、あの子、反抗期みたいで」

「可愛いじゃないの。反抗期って言うよりも、私のこと、覚えてないんじゃない? 初対面の時と同じ対応だったし」

「あっー!!」

「耳元で叫ばないの。うるさいじゃないの」

「巴さん、今、顔が違うからだ。後で、また聞かれるなぁ」

「京三郎の愛人とでも言っておけばいいんじゃない?」

 からかいながらも巴は言ってくるが、ただでさえ、京三郎を春仁に紹介した時にはあからさまに自分の義兄だとは認めてもいない対応だった。

今度は他人扱いをする春仁を、簡単に想像出来る。

 巴が帰って暫く、経ったあと。思った通り、春仁が不機嫌そうな顔をして花に尋ねてくる。

「さっきの人、誰」

「京三郎さんの友達」

 笑顔を見せた花に強がっていると思っているのか、珍しく、春仁の表情には労りがみえる。

「あの人、また新しい女、囲ってるの? あんな美人が何人もいるんじゃ、あんたの出番ないじゃん」

「お姉ちゃんのことを『あんた』って言わない。それに、京三郎さんはそんな人じゃないよ」

 春仁は納得をしていない顔をしつつも、重箱を持とうとした花の代わりに彼が持つ。

「どちらにしろ、俺、あの人のそういうところ、どうかと思ってるし」

 巴のことも含めて、春仁は嫌悪しているのだろうが、自分達以外に巴が人形だと話すことは出来ない。

どうすれば、弟の誤解を解けるかと悩んでいると、夫の浮気に悩む妻だと勘違いをされたのか、慰めるように、春仁の手が花の頭に置かれる。

「春仁?」

「まぁ、辛いことがあれば、義母さんのことは難しいだろうけど、いつでも俺のところ来てくれていいし。花一人の食い扶持くらいはなんとかなるからさ」

「ありがとう、春仁」















「ごめん。京三郎さん、春仁に女ったらしだって誤解されちゃって」 

 春仁の話しをすると巴は大笑いをし、京三郎は悲しげに俯く。

『俺、また弟君に嫌われちゃったね』

「あはは。あながち間違っちゃいないじゃないか! 京三郎はこんな可愛い子や美女と暮らしているしね」

 彼の傍には色々な顔をした人形の首がごろごろと転がっている。巴が今の首を気にいらないので、仕事の合間を見つけては似合いの首を、京三郎なりに作っているようだが、なかなか、巴の首が頷くことはない。

『俺には、可愛いお嫁さんのひとりで手一杯だよ』

 人形に似合いの紅を見繕いつつの京三郎の言葉に、花は挙動不審に巴の腕を何度も、叩きつける。

「痛いじゃないか、どうしたんだい」

 そのまま、真っ赤になって、布団にくるまってしまう花を不思議そうにふたりはみつめた。

『花、疲れたの?』

「もう寝る!」

『そう? おやすみ、花』

 



顔が火照るのを隠す為に布団に入ったのだが、いつの間にか、本当に寝てしまったのだろう。巴と京三郎が微かに話す声が聞こえてくる。

「私の首を奪ったのが、春仁の可能性があるってどうして分かるんだい?」

「俺は花一筋なのに、彼女たちにもてるから。誤解をされているようで。この前、会ったときには、花と別れろって啖呵を切られちゃったよ」

 彼の周りの人形達がくすくすと笑い出す。彼女達と話す時は、京三郎は自分の声音で喋るものだから、少しだけ、人形達に花は妬いた。

彼は花が巴以外の人形達が魂を持っていることを知らない。花は声を押し殺すように、両の手の平で口を覆った。幼い頃、巴から教わった癖が、どうやら、染みついてしまっているらしい。

「しぃ。花は眠ってるんだから」

『最近の京三郎は、私たちを蔑ろにしすぎだもんね~』

『花ちゃんが悪い子だったら、祟っちゃってたよね』

『京三郎、花ちゃんに手を出してないし。また、可哀相な貴方を私達が慰めてあげてもいいんだよ』

「お黙り! それで、京三郎がそう思う理由は?」

「花が可愛いから、かな」

「うわぁ、寒い。あんた、お願いだから、その真顔で他所でも、惚気ないでおくれよ。この前も客に引き留められてまで、あんたの惚気話に付き合わされたって泣きつかれたんだから。しかも、本人が真顔で人形が饒舌だなんて、気味が悪いことったらないよ」

「首なしで話題になった巴よりはましだと思うけどなぁ」

『京三郎が花ちゃんをお嫁さんだって思ってることも、おかしな話しだけどね』

『本当、本当。端から見れば、兄妹だし』

「そうかい?」

「京三郎も、もう寝た方がいいよ。あんた、昨日も徹夜だったじゃないか」

「確かに、眠くなってきたなぁ」

『えっ~、もう寝ちゃうの』

『つまらない~』

「あんた達もだよ」

 巴が手を叩くと、人形達は一斉にお喋りを止める。

「さすが、皆のお母さん」

「どういう意味だい」

「そうだね。巴の言う通り、俺も横になるよ」

 京三郎が布団に入ってくる気配に、花は目をぎゅっと瞑る。自然と体が強ばることが分かって、彼に起きていることを気づかれないことを祈った。

「若い男女が一緒の布団で眠って、なにもないなんてねぇ」

「小姑がいるからね」

「ねぇ、京三郎。私に何か、言いたいことはない?」

「なにもないよ」

 自分を抱き寄せる京三郎の手に力がこめられてゆくのことが分かる。

「そうかい。おやすみ、京三郎」

「おやすみ」

 静かになった部屋で京三郎は自嘲をするように笑った。

「巴には分からないよ」

 その言葉が気になって薄目を開いて、京三郎の様子をうかがうと、寝つきのいい彼はもう眠ってしまっている。花は京三郎の方へ体の向きを変えると、彼の顔にかかっている髪の毛を払う。

寝顔があどけなさを残すことに、何故か、安堵をしつつも、花は彼の胸の中に顔を埋めた。









「ど、どうしよう。これで何枚目?」

 何枚もの皿を割ったところで、花はどうすれば、巴のお小言を受けずにすむのかを考える。下手に隠しでもすれば、巴の雷が落ちることは目に見えていた。

京三郎が仕事で遠方に行く為、和菓子店はお休みして、家の中のことを花が行っているのだが、埃一つ落ちていないことに驚いた。

 巴がいたのなら、花に家のことを任せるという恐ろしい暴挙はしなかっただろうが、今回は巴の手も必要だということで、渋々、花に家のことを任せたのだった。

 自分の家ではあるが、からくり屋敷になっているので、どこにどんな仕掛けが隠されているのかが、未だに分からない。京三郎でさえ、時々、家のからくりに引っかかっているくらいだ。

注意をしながらも、掃除をしていたつもりであったが、床にあった突起を踏みつけてしまったようで、何かが開く音がする。暫く、待ってはみても、周囲が変わりのない様子を受け、花は試しに押し入れを開いてみた。 

突起を踏むまでは現れなかった階段を発見し、好奇心を捨てきれなかった花は下ってみることにする。繋がった部屋の戸を開くと、飾った人形達に一斉に睨まれた。

「お邪魔します」

 花が挨拶をすると、人形達は自分への関心をなくしたようだ。見たことがない人形達から、ここが彼本来の仕事部屋だということが分かった。

 卓上に置いてある首を見た時に、花は思わず、声をあげてしまう。

「巴さんの……っ! どうして、京三郎さんが」

 京三郎と一度、話す必要があるだろう。

この場所にいては危ないという警告音が、頭の中に響いてくる。

戻ろうとした花は何かに躓いて、転んでしまう。引っかかった足先を見れば京三郎がいつも手にしている人形だったことに、花は首を傾げた。彼が自分の代弁者を忘れて、仕事に行くのは珍しい。

京三郎の人形に気取られて、花が自分に近づいてくる歪んだ機械音に振り向いた時には遅かった。お茶運びの人形が傍に訪れるのと同時に、花の意識は途切れた。





 




目覚めた時、優しげな眼差しで見つめてくる京三郎の顔が間近にあったことに、先程の出来事がなかったように、花は錯覚してしまう。朧気な意識を抱きつつも、花は気怠い体を起こそうとしたが、その体を京三郎に押しとどめられた。

「まだ、休んでいないと駄目だよ」

「大丈夫。それよりも、京三郎さん、お仕事は?」

どうして、彼がこの場にいるのか、花は不思議に思う。

京三郎は人形を抱きつつも、日常とは変わらない口調で花の疑問に答えてくれる。

「この子が花が来たって教えてくれたから、巴に仕事を任せて、抜けてきたんだ」

「ごめんなさい。勝手に部屋に入って」

「別に構わないよ。ただ、花は見てはいけないものを見ちゃったよね?」

 彼が絡繰り人形ではなく、自身の口で喋っている違和感の為なのか。京三郎が自分の頬を擦る感触に、悪寒を感じる。ようやく、普段とは違う様子の京三郎の姿に気がついた花は恐怖の飲みこむと、彼に問いかけた。

「あれは、巴さんの首よね? 京三郎さんは、春仁のせいだと言ってなかった?」

「花は俺の秘密も知ってたの」

 幼い頃に交わした巴との約束を破ってしまったことに、花は口ごもる。秘密を暴かれた京三郎は憤るよりも、悲しそうだった。

「京三郎さんは、人形と会話をすることによって、あの子達に魂を吹きこむことが出来るんでしょう?」

 京三郎は花の言葉に観念をしたように、頷いた。京三郎が自分の仕事風景を見せたくないことや、人形と話していることから、そう花は推察をしていたが、やはり、その考えは間違っていなかったらしい。

「花も俺のことを、気味悪い子供だと思っていただろう?」

「そんなことない!」

「本当のことを言ってくれていいんだ。俺は、花をお嫁さんにする資格なんてなかったんだから。花は巴のことが好きだったんだろう?」

 花は京三郎の言葉に耳を疑う。巴のことは、姉のような存在と思っていたが、京三郎から見る花の目は違ったのだろうか。

「それを、花の気持ちも聞かずに俺の嫁にするっていうから。花の立場としても頷くしかなかったのに」

 京三郎の勘違いに花は彼の頬に拳を容赦なくぶつけた。京三郎は殴られた頬に手を当てながらも、憤慨した花をみつめる。

「京三郎さん!」

「は、はい」

「私、お義父さんに言われて、嫌々、京三郎さんのお嫁さんになったわけじゃないよ? 京三郎さんのことがほうっておけなくて、貴方のお嫁さんになったんだから」

「それもそれでひどいな」

 花の言葉に京三郎は苦笑を浮かべる。京三郎の父から彼の嫁になってくれないかと言われた時、もしも、巴や他の人形達がいなくなったら、彼がひとりぼっちになってしまうのではないかと、花は恐くなった。

 京三郎には人形がいるから、ひとりでも生きていけるだろうが、花はそんな彼のことが寂しくなったのだ。

「私が好きなのは京三郎さん。家族だって思ってるのが、巴さんと貴方が作りだす人形達だよ。巴さんの首を隠したのも?」

 京三郎は居たたまれなくなったのか、花から視線を逸らす。

「巴と祖父への嫉妬だな。俺には巴みたいな人形は作れない」

「巴さん、怒るだろうね」

「一緒に怒られてくれる?」

 甘えるように言った京三郎が可愛くて、花は思わず、頷いてしまう。

「巴さんが女の人形だったら、京三郎さんも嫉妬しなかった?」

 花の言葉に京三郎は考えて、首を振った。

「それでも、俺は妬いちゃうんだろうなぁ」






















自分の首に戻った巴は、京三郎の頭を勢いよく叩く。

「やっぱり、あんただったのかい! まったく、自分の悪さを他人のせいにするなんて、私はそんな子に育てた覚えはないよ」

「分かってたのか?」

「自分の首なんだから、どこにあるかくらい分かるさ。万一、花に懸想をされても、私からお断りだよ」

「ひ、ひどい!」 

 巴の言葉に、他の人形達も声立てて笑い出す。

「それで、花は私との約束を破ったんだって?」

「ごめんなさい」

「よくやった!」

 巴は口許を綻ばせながらも、言動とは反対に花の頬を力任せに抓ってくる。花は瞳に涙を滲ませながらも、なんとか巴の手から逃れた。

「巴さん。やっぱり、怒ってるじゃない!」

「針千本、飲まされるよりもましだろう? 京三郎が自分からは話さないから、あんたがこの子の檻を破ってくれるしかなかったんだけど。さすがの私も、まさか、あんたが嫁になるとは思わなかったもんだから」

 巴は自分の首を外すと、京三郎が作った首に付け替える。そして、首を京三郎へと手渡した。

「暫く、離れてたら、こっちの首と相性がよくなっちまってね。そっちは、あんたの好きにしな」

「巴」

 それが巴なりの優しさなのだろう。京三郎は彼に改めて、謝罪をする。

「ごめん」

「あんたが、じじいやおっさん以上の絡繰り師になってくれるんなら、私は何も文句はないよ」






 











京三郎が仕事から戻ってくる頃に、花は布団に正座をする。口にしなくても花の覚悟が分かったのか、巴も今日は京三郎の仕事部屋の方へと引っ込んでいた。

「ただいま。あれ、巴は?」

 自分の心を吐露した京三郎が以降、自分の口で花に話しかけてくれることに胸が暖かくなる。

今まで、京三郎がしていたように、自分の口を開かずに人形を使って話すという芸当は出来ないが、彼の人形を顔を隠すように手前にすると、花は口を開いた。

「きょ、京三郎さん!」

「どうしたの?」

「め、夫婦になりませんか?」

「俺達は、夫婦だよね?」

 予想通りの反応だ。不思議そうな京三郎の声が聞こえて、花は京三郎の顔を見ていなくて良かったと思う。もしも、彼と向き合っていたのなら、恥ずかしさの余り、逃げ出してしまっただろう。

今になって、京三郎が代わりに人形を用いて、自分の声を代弁させていた理由に気づけた。

「夫婦に……って、あっ」

 もう一度、言葉に出して、気づいたように黙ってしまう彼の沈黙が長かったことに、花は人形から顔を覗かせる。

「……京三郎さん?」 

「君にばかり、勇気を出させて……弱くてごめん」

京三郎は花を抱きしめると、肩口で情けないように呟く。抱いた力とは裏腹に、弱々しい声で告げた。

「格好つけても、花の前では形無しになっちゃうから。俺の偽りない気持ちで話すよ。不束な夫だけど、これからも見捨てないでいてくれると嬉しい」

「私の方こそ。いらないって言われても。ずっと、貴方の傍にいるから」

 京三郎に口づけられる前、花は自分の手で彼の瞳を覆ってしまう。

「花?」

「恥ずかしいから。せめて、目隠しをさせて」


【終】










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