四回裏・五回表・五回裏

 四回裏の守備につきながら、弥生は呼吸が楽になっているのを感じた。煙か何かで燻されていたところに、爽やかな風が吹き込んだような印象。

 ――柄にもなく、緊張してたのかね。

 しかしそれは弥生だけではなく、チーム全体に気分を一新したような雰囲気がある。真理乃の逆転ツーランは効果絶大だった。

 二度目の打席を迎えた四番の渡辺。梓のシュートを力任せに引っぱった打球が低い弾道のライナーで外野へ抜けようとした時。

 三回裏のエラーとは別人のような俊敏な動きで雪絵が飛びつき、しっかり捕球した。

 ――やっぱりすごいよな。

 何と言うか、センスが違う。だから「ナイスショート」と声をかけるのだが、当人は騒ぐなとでも言いたげに軽く手を上げると次に備える。

 二連続の凡退で荒れる渡辺を尻目に、五番の長谷川が打席に。初球、梓のフォークを簡単に拾い上げ、センター前に楽々落としてみせる。一死一塁。

 それでも流れは自分たちにあると弥生は感じるし、その感覚は裏切られない。続く六番を梓が三振に取り、七番はサードライナー。チェンジ。


 五回表は弥生からの打順。急いでベンチに戻ると、マネージャーの修平がバットとヘルメットを差し出してくれた。周囲にからかわれるのも嫌なので、ひったくるように奪い取ると打席に向かう。

 打席に向かう途中、同じクラスの女子がバックネットから小さく声援を送ってくれた。手を振って、バッターボックスに入る。

 自分たち女子チームに声援がかけられたのはこの試合初めてのことで、そういう点からも空気の変化を肌に感じる。開始前に予想されたであろう一方的な展開になってないばかりか、逆にこちらが勝っているのだから、変わってくれなければおかしいが。

 だが真理乃の逆転弾で気が抜けたか、弥生はサードゴロに倒れてしまった。続く優がレフト前ヒットで出ただけに、悔しい。

 三番の美紀が打つ。ライトとセカンドの中間に落ちるポテンヒットになりそうな打球になったが、ライトが勢いよく突っ込んでアウト。三連続でいい当たりを放っているのに、ファインプレーに遮られている。当人は「こんなこともあるさ」とあっさりしているが。

 二死一塁で四番の一美。だがこの打席はレフトへの浅いフライに終わって、チェンジ。


 五回裏。最初のバッターは三振に倒れ、次の九番はセンターフライ。トップに返って一番の橋本の打球はセカンドゴロ。弥生はきっちり捕球して、丁寧に一塁へ送球した。

 梓の球は徐々に当てられるようにはなっているが、絶妙なコントロールが威力を発揮している。ストライクゾーンに入る球だけでなく、ここへ来てボールになるような球も織り交ぜ始めたのが大きい。バッターが序盤で見逃した球と同じと思って打ちに行けば芯を外して打ち取られるという寸法だ。優のことだから、最初からその辺も見越してピッチングをリードしていたのかもしれない。

 このまま行けば勝てる。

 二対一という接戦でありながら、弥生はそう思った。

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