森弥生:元お嬢様にして現野球少年は、六年ぶりに元の身体に戻ってしまう

 少女と少年は、並んでベッドに寝かされていた。

 少女はウエーブのかかった長い髪の毛をしている。それが枕元にふわりと広がっている様は、おとぎ話によく登場する眠れる美女を連想させた。実際に、額の秀でた顔立ちにも高貴な雰囲気が見て取れる。

 少年の方は、これといった特徴のない平凡な顔をしている。強いて言えば、『男の子』から『男』へと成長を遂げつつある精悍さがその面差しにみなぎっている、とでも表現できようか。

 まずは少女が目を覚ました。

「いってえな、畜生……」

 額を撫でさすりながら、上半身を起こす。そして周囲を見渡した。

「……どこだ、ここ?」

 少女は立ち込める消毒薬の匂いに鼻をひくつかせる。病院? 確かに無機質な白さがまぶしいベッドは病室のそれによく似ている。しかしベッド横に立てられている白い布の衝立は、病院ならば病室ではなくて診察室に置かれる類のものだろう。

 壁際に寄せてあるのは、身長や座高の測定器。壁には『虫歯予防デー』だの『インフルエンザに注意しましょう』だのの、内科や外科にしては統一感のないポスター。何より窓の向こうに見える体育館とグラウンド。

「ああ……保健室か」

 少女は納得したように肯くと、再びベッドに横になる。身体の節々が痛むのだ。特に額の辺りがズキズキと痛んだ。

 しかし保険医は出払っているようで、保健室は静まり返っていた。ということは、大した怪我ではないのだろう。

「骨は折れちゃいねえ……な。捻挫もなし」

 頭を手で押さえて痛みに耐えつつ、少女は手足の感覚を確かめていく。

「この頭の痛みは……そうだ、修平だ。ったく、修平の奴あんなとこでこけんなよな。おかげで俺まで入学式に――」

 そこまでぼやいたところで少女は顔色を変えて、慌てたように跳ね起きて周囲を見回した。その目が隣のベッドで眠っている少年に止まる。彼にも大きな怪我はないようだ。

 が、少女はすぐに怪訝な表情になった。

「……え?」

 次の瞬間、少女は自分の身体をまじまじと見下ろした。客観的に見れば何の不思議もない、この学校の制服である空色のブレザーを着た美少女である。

 次に少女は毛布をはねのけて、下半身にスカートを穿いていることを確認する。

 最後に自身の胸と股間に手を当てた。

「修平! 修平!!」

 少女は少年を荒々しく叩き起こした。相手が自分と一緒に階段を転げ落ちたことは承知しているが、自分と同様深刻な怪我はしていないはずだと考えた。

 どうしても保険医が戻って来る前に話をつけておかなくてはならない。決して人前ではできない話ということもあり、少女は焦っていた。

「修平! 起きろてめえ!!」

「う……ん、あと五分……」

「何寝ぼけてやがる!」

「何よ……乱暴しないでよ、弥生ちゃんてば……頭痛いんだから……」

 顔をしかめながら、少年はようやく目を開けた。

「……あれ?」

 眼前に仁王立ちする少女を見て、少年は先ほどの少女とまったく同じ怪訝そうな表情になった。

 弾かれたように飛び起きて、自分が学生服を着ていることを確認する。鏡に駆け寄り自分の顔を見ると、少年は世にも情けない表情になった。

「とにかく人が来ねえ今のうちに善後策話し合おうぜ。つっても学校の方は当面問題ないから、まずは家での振る舞い……ええと、今ここで話が終わる前に誰かが来ちゃまずいわな。そん時は……放課後、駅ビルの本屋で合流するぞ」

 少女がまくし立てる言葉は今ひとつ少年に届いていないようだ。少年は茫然自失の面持ちで呟いた。

「まさか……あたしたち……今さら?」

 少年の言葉に、少女はため息をつきつつ、うなだれながらもはっきりと答えた。

「そうだよ……元に戻っちまった」

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