鮎川一美:去年甲子園を沸かせたスラッガーは代々続く呪いによって、体格から何から違う女子に

 少女は睡魔と戦っていた。

 もっともそれは、退屈な話をしている校長にばかり責任があるわけでもない。鮎川一美は常人よりも眠気に対する耐性がいささか低いのである。

 奥二重の目は、転校当初こそ『神秘的』と誉めそやされることも多かったが、わずか一週間後には『単にいつでも眠いだけ』とクラスメートに正当な評価を受けるようになっていた。

「大正十三年に設立されました本校は、大正デモクラシーと称されました当時の気風を受け、常に生徒一人一人の自由を尊重する姿勢を――」

 校長は元々歴史教師だったらしい、と誰かが言っていた。訓示のたびに昔の話を持ち出すことからの単なる推測に過ぎないかもしれないが。

 むしろ逆じゃないのか、とあくびをこらえながら一美は思う。こんなに歴史の話が下手じゃ、教師なんて――少なくともキヨミズの教師なんて――務まらない。

 ――そこら辺、大西とはえらい違いなんだよね。

 一美は三ヶ月前まで通っていた高校のことを思い出す。

 春と夏の甲子園。そのためだけに存在すると言っていい高校だった。全国から野球特待生がかき集められて激しいサバイバルを繰り広げる。晴れて一軍選手に昇格すれば普通の授業は欠席すらも黙認されて、ひたすら野球さえしていればいい。やがてベンチ入りメンバー、さらにはレギュラーとなれば、王侯貴族並の待遇が与えられた。

 野球に力を入れるのは元々私立校の常としての生徒確保の宣伝活動に過ぎなかったのだろうが、いつしかあの高校では手段が目的にすり替わっていた。授業の質は低くて、また誰もそんなところに期待していなかった。

 一美にはそれを否定するつもりはない。自身、大西義塾にいた時はその恩恵をたっぷりと味わっていた人間である。

 しかしそこを離れて普通の学校に来てみると、やっぱりいびつだったかな、と思いもする。勉強せずとも割と成績の良い一美だったが、今年の一月にここへ転校してきた時は授業のレベルの高さに苦戦し、猛勉強をして何とか最近追いつけるようになったのだ。

 ただでさえ、先祖代々伝わる奇病の発症および転校という環境の激変に戸惑っているところに、これは辛かった。

「ふぁ……」

 ついに大口開けてあくびをしそうになる。

 いくら自由な校風とは言えさすがにこれはやばいと思い、一美は唇を噛んで必死に我慢した。あくびに伴う涙がわずかに滲んで、視界を霞ませた。

「また野球が非常に盛んなことも本校の特徴として挙げられましょう。昨年夏の甲子園では惜しくも大西義塾に敗れましたものの準優勝となり――」

 ――その優勝チームの一員が、こんな姿でここにいるなんて、誰も思いはしないよな。

 やや乱れていたスカートの裾を直しつつ、一美は心の中で思った。

 だがそんな感慨も、強い眠気の前に掻き消えていく。

 とうとう一美は頭を垂れて、式が終わって隣の女友達に揺り起こされるまでの数十分間を眠って過ごすこととなった。

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