第6話
パン屋より早く起きて、アンドレアがまだ暗い外を見ていると、鶏の泣き叫ぶ声が耳をつんざいた。
アンドレアがはじめてもらった給料を、アンドレアは嬉しそうに何度もキャッチする。追い剥ぎめいたことをずっとやらかしていた昔とはもう違うのだ、新しい人生の始まるその日に、アンドレアはその宿泊所に過去と決別した思いを込めてあの短刀を置いていくことを決めていた。
しかし、グレイプニルはその決断は間違っていると憤慨し、その短刀を置いていくことを許さなかった。
「もういらねーよ」
「じゃあ俺がもらっておこう」
「いらないって言ってるじゃないか!」
「使わなければいいだけの話だろう」
せっかく磨き上げた剣だったが、その剣はアンドレアが何度も悪いことに使用してきた証でもあり、綺麗になることで余計に、その剣をもうこれ以上汚したくない。自分の主人になったグレイプニルが、怒るのも無理はないが、これがなくなってしまえば、故郷や過去のみじめな自分を捨てられると昨日一晩考えて思い至ったのに、それがすぐに見つかってグレイプニルには理解できないようで、効率が悪い奴だと説教した。
「せっかく、磨いてもらったけど、俺はもうこれは封印する」
「これはお前の親父さんの形見だって言ったじゃないか」
反論する言葉をアンドレアは飲み込んだ。
「この国には穢れたものの魂を沈められる場所があるという、せめてそこにたどり着くまで」
「何が穢れだ、これからどれだけの数を殺していかなければならないと思ってるんだ、
オークなんぞまだいいほうだ、人間の入れ物をした魔物だってうようよしているんだぞ」
「……わかったよグレイプニル」
「言いたいことが理解してもらえたようで嬉しいよ」
アンドレアは折れただけだったが、グレイプニルは呆れたように顔を覗いた。
「お前はスラムにいたっていうのに、そんなことで大丈夫なのか」
「ああ、俺はよく脳みそに向日葵ひまわりが咲いてるって言われたよ」
「それは悪口だぞ」
「いいだろ、俺は好きだよひまわり」
「へえ、何でもやると思ってたわ」
拍子抜けしたグレイプニルは、にやりとした。
「なんでもやるわけないだろ!」
声を殺すように笑ってグレイプニルは、傍にあった石に座り自分の愛刀を磨き始めた。
「お前は従者になったのだから、多少言葉使いも改めないとな」
そう言ってグレイプルは太陽に透かして琥珀こはくに閉じ込められた何万年も前の昔の生き物の姿をうっとりとして見上げた、宝石を刃物として扱う戦士はどのくらいいるものだろうか。
奴がどの程度の金持ちなのか、アンドレアには想像がつかなかった、
ただそれが桁違いの宝物であることを敏感な鼻で察知していた、おそらく今まで本当に価値のある宝に、出会ったことはないし、このようなものを平然と所有する者に出会う機会などなかったのである。
千載一遇のチャンスに巡りあった気がしていた。
何があってもついていかなければ。
「お前はこれが気になるようだな」
グレイプニルがちょっとアンドレアの方向を振り返って一瞬目をあわせた。
「う、うん……」
「くれてやってもいいぞアンドレア、お前の働き次第でな」
「本当に?」
「でも、思い出のつまったその短刀のほうがよほど価値があるのではないのか」
俺にはこのような類の剣なぞいくらでもあると言い残した。
グレイプニルは誤解している、唐突に、過去と決別したい思いを膨らませたアンドレアの気持ちは
そんな坊ちゃんには理解しがたいのであろう。
そんな風に考え、アンドレアはまじまじと琥珀の剣を吸い込むように見つめた。
こんなに美しいものがこの世にあるのだろうか、見事な職人の技で鍛え抜かれたその芸術品は、
すっかりと少年の心を捉えた。
その日アンドレアは短刀以外の所有品を全て近くにいた物乞いにやってしまい、全て新しく新調した。
唐突に海賊のような出で立ちから、健康的な少年へと生まれ変わっていた。
いつか、この短刀も捨てるべき場所で捨てよう。もう昔とは違うのだから。
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