第5話
「え、お前って男だったの?」
かいがいしく世話を焼いてくれた召使の一人が、最後にそう言って残念そうに手を振った。
昨日の夜隣で寝ていたやつはアンドレアのことを女だとおもっていたのか。そう考えると身震いがするようで、アンドレアは思わずグレイプニルのマントを掴んだ。
「ああ、俺もそこのところはちょっと気になっていた」グレイプニルが腹を抱えて笑い出すと、一緒に周囲が笑いに包まれる、アンドレアは拗ねた様子もなく一緒にケラケラ笑った。
「髪が長いからよ」奥女中がクスリともせずに、注意を向ける。
「やつにはきっと王室の血が流れているんだ、そうでないとこんなに似ているわけないものな」
随分前から、似てる似てると言われてる人物は、アンドレアにとって見たことのない父親そのものだった、あのスラムでそっくりねと言われる人物は彼以外にはいなかったからだ。
でもそれを話題にしている連中は大袈裟に笑っているので、それは冗談だというのを残念がった。
「いつか、お前にも見せてやるよ、奴をな」
「いつかどころじゃないわ、あの方様はいつでも見れるわ、紙の中だけどね」
屋敷をあとにして、グレイプニルは魔物の肉や皮を取引する場所へと移動していた。
なかにいたメガネの男が、親しげに近づいてくる。
「グレイプニル様、いつもお引き立てありがとうございます」
「こいつを引き取ってもらいたいんだがな」
グレイプニルがどさりと机の上に置いたのは、オークの持っていた武器と珍しい装飾品と、神々しい金髪の髪の毛だ。どれもアンドレアが持たされていた重い荷物の中身である。
「ほう、髪の毛とは珍しい」「俺が苦労してとっ捕まえた吸血鬼の髪の毛だ、どうだ?」
商人は、訝しげにその毛を評価した。
しばらく交渉が続いたあと、食えないやつだと言い残してグレイプニルは外で待たせていたアンドレアに
勿体ぶって銭を渡した。
「給料?」
「そうだ、その金で頭をなんとかしてこい、くれぐれも坊主になんかするんじゃないぞ」
グレイプニルは不思議な注意をアンドレアに向けた。
「俺が丸坊主にしようが、関係ないじゃないか」
そんな事を言いながらもアンドレアは髪の毛を切るのは正直嫌だったので、ちょこちょこ整えてもらうと、
なかにいた理容師が、お綺麗な金髪ですねえとたおやかな髪の毛を褒めた。
「もっと、伸ばしていたんだ」
「へえそりゃ勿体無い、どんなご婦人でも欲しがるブロンドの鬘かつらになるところでしたのに」
店を出てしばらくすると、例の取引所にブロンドの髪の毛入荷との張り紙がしてあった。
その商店街を駆け抜けてグレイプニルのもとへと急ぐと、彼の馬だけが繋いであり、本人はいなくなっていた。
「グレイ……!」
時間がどの程度過ぎただろう、待っている間そこに(うずくま)蹲り、時折馬の毛繕いをしながら帰りを待った、日が落ちかけた頃グレイプニルはようやく姿を見せ、待ち疲れたアンドレアの姿を見て不思議そうな顔をしながら顔を覗き込んだ。
「なんだ、ずっと待ってたのか。一日遊べるくらいの銭は渡したはずだったのに」
首を横に振って、アンドレアは駆け寄った。
「もう、帰らねえんじゃないかって一瞬思ったんだ」アンドレアの表情は安堵と笑顔に満ちていた。
「帰ってくるさ、なんでお前と離れる理由がある?」
グレイプニルは含んだ笑顔を見せ、グリグリと頭を撫で回した。
「サッパリしたところで、明日っからまた魔物退治に挑むからな、
取り敢えずこれをお前に返しておこう」
ぱっと投げた短剣を磨いてきたようで、ツヤツヤになってそれはアンドレアの手に戻ってきた。
「ただのダガーではないようだな、どうしてお前が持っているんだ」
「これは父ちゃんの形見なんだ、もう生きてっか死んでっかわかんねーけど」
「ほう」
グレイプニルは耳をほじりながらその話を聞き出した。
「こいつは形見とは思えないぞんざいな扱いをされてきたようだ、剣士になるんなら武器を磨くのは当たり前だぞ」
「え?」
アンドレアは聞き返していた、ただの身の回りの世話をさせるために自分を連れてきたわけではなかったことをはじめて聞いた気がした。
「明日っから剣の稽古をするとでも思ったか?俺は習うより慣れろ派なんだ」
「え、ちゅーことはいきなり実践……」戻ってきた短刀を振り回し、尋ねる。
「くれぐれも言っておくが、死ぬなよ」そう言って振り返った。
「死ぬわけないって!」すかさずアンドレアが返事をすると、グレイプニルは即座に返答した。
「だろうな」変に納得してグレイプニルは、アンドレアを連れて寝泊りの準備を始めた。
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