第4話

やっとアンドレアが一息つける場所に来たかと思えば、館から出てきた貴婦人から、あら?と声を掛けられる。不思議そうに何度もチラチラ見て、グレイプニルにその詳細を聞き出そうと近づいていた。


「まあ、預かり物ですの?」


「そうなのです、婦人、遠い親戚の子で」表情すら変えず、淡々とグレイプニルが語る。


「ま、どおりで澄んだ青い瞳の可愛い坊やですこと」冗談とも本気とも取れない言い方をし、笑顔を見せた。


グレイプニルの呆れた嘘に、アンドレアは諦めきってため息を吐いた、人の良さそうな婦人はてっきりこの館の奥様かと思いきや、彼女は奥女中であった。


「何、使用人の中でも偉い人なの?」


「アンドレア、使用人の中で一番偉い女だ、だから古びたドレスを着ているだろう」


「こんな仕来たりめいたところは俺はちょっとなあ」アンドレアがざんばら頭をちょいちょいかく。


「ああ、それなら心配ない。お前は馬小屋で寝るんだろ」意地悪くグレイプニルが口元を歪ませる。


「どこでも平気だけど……」本当にそうなのでそう言ったあと、アンドレアははっとした。


「あんた、俺をまっとうな生活させてやるって言ったじゃないか!」


「そういえばそうだったな!悪い悪い」


グレイプニルは本当に悪い冗談が好きだ。さっき、滑るように嘘をついたことだって、アンドレアにとっては考えられないことだった。でもこういう奴なんだろうなと思ってしまえば案外付き合いやすいかもしれない。アンドレアは使用人の集まる部屋で雑魚寝をしているときに下男下女の話にうまく混ざってみた。色々な意見が飛び出す中で、グレイプニルに関する悪い噂は飛び込んでこなかった。


「立派な方よグレイプニル様は」そばかすの目立つ可愛い下女が、すかさずそう言って庇った。

「あのお方のことはよく知らねえなあ」下男が空中を見ながら、そっと呟く。

「あんたさんはよく知らないのについてきちゃったのかい、よく言うだろう?知らないおじさんについていっちゃいけませんって」

からかい半分にもう一人の使用人のおじさんが声をかけた。

「グレイプニル様のような方でラッキーだったわ、あんたは運がいいよほんと」そばかすを擦りながら下女は身を乗り出した。

「おじさんって年でもないかな、だけどグレイプニル様も人が悪いなあ、遠縁の子こんな所に泊まらすんだから」

そこはロウソク一本の屋根裏部屋で、上から軋む音がするし、床も軋む音のする雑魚寝部屋だった、

アンドレアが本当はスラムから来たってことを言っても誰も信じないだろう。

彼らはさっき、王弟に似ているという話をしたばっかりだった。


「この国の王子様、王女様たちは昔っからやたら別嬪べっぴんだってんで、それを理由に他国から責められたことがあるほどお綺麗な方々が多いんだけど、ドナベル様のように救いようのない奴もたまにいるよな」

その暗い部屋は大笑いになって、この国の王女の話題をした。

「いやいや、ソフィア様のご尊顔に比べたらドナベル様なんか可愛いもんさ、比べてお美しい姉君よ」

やつらは下男下女かもしれないが、セレブのゴシップに詳しい。スラムではそのようなゴシップが飛び交うようなことはあまりない。なぜなら彼等はゴシップの書いてある文字きじすら読めないのだから。

アンドレアが話には入れずに丸くなると、誰かがポンと肩を叩き慰めた。


「すっかり日も暮れたよ、明日も楽しいお仕事が待ってる。ホラみんな休んだ休んだ!」

一番年長の男性がふっと蝋燭の明りを消し、ギシギシ軋む床を踏みつけ寝場所にまで戻った。


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