第3話
アンドレアは夢を見ていた。母の言う、嘘つきでろくでもない父の姿ではない、もっともっと優しい父の姿を度々夢で見ていた。父は母の言うように自分とソックリな姿で、無精ひげを生やし、金髪に白髪が生え、若かりし頃は本当に、彼が言うように王様の落し種で、国の王子のような姿をしていたと想像させる枯れた姿をしていた。
「アンドレア、お前は本当は、この国の王子だったんだよ」
父が囁いていつもそこでアンドレアは目を覚ました。歯磨きをしているグレイプニルと目が合って、お前うなされていたぞと注意を受ける。
「父ちゃんの夢を見てたんだ」
アンドレアは冷や汗をかいて、起きるなり傍にあったタオルでその汗を拭った。父はそれを信じていたというのだから、母の言うことはどこまで本当なのかわからない。父はただのホラ吹きだっただけに違いない。アンドレアはいつも有り得ないと笑って、その夢から覚めるのだった。その夢はいつから見るようになったのかはわからない。アンドレアはそんな事を信じるほど自分は愚かではないと自分のことを思っていたし、だからといって現状を変える手段など何も持ってはいなかった。それを否定する証拠も何もなかったけれども。ちらとその話を聞くとグレイプニルはなにか思うようにじっくりとアンドレアの顔を見つめ、真摯な表情でこう言うのだった。
「有り得ない話ではないね」
アンドレアは、軽く否定して欲しいと思っていたからあっけにとられて、ぽかんと口を開けた。
「言われてみれば、お前は王弟によく似ている気がする、もっとずっと背が高くなれば、
王子だと言っても、差し障りのない見てくれになるかもしれんな」
ホテルの水道で、ガラガラうがいをしてペッと吐き出したグレイプニルは、ふかふかのハンドタオルで口を拭き、髪をとかし、鏡の前できりっと表情を作ってみせた。
「アンドレアお前のその見てくれ、きっとこの先助けになる」
預言者のようにつぶやいたグレイプニルは、大荷物を置いて部屋を後にしようとした。
「アンドレア、お前の仕事だ」
さっき有り得ないことではないと言ったどの口がそうさせるのか、重たい荷物を背負い込み、アンドレアは長い道のりを歩かされた。そういえばこの国では怪物も出る、グレイプニルが腰に差したあの剣が、ずっとアンドレアは気になるのだった。
「俺の短剣はいつになったら返してくれるんだよグレイプニル」
ぶつくさ言うと、グレイプニルは振り返りもせず、道なりを踏みしめて歩いて行った。返事もしなかったので、アンドレアは聞こえなかったのではと思って、慌てて追いかけたが、どんどん姿は遠くなる。
「おい!こっちは荷物を背負い込んでいるんだぞ」
ぴたっとグレイプニルの歩行が止まった。
アンドレアは、ようやく自分の声に反応したと思って安堵して、近づくと、傍から異様な気配と共に暗雲が立ち込めた。ぷぎいぷぎいと豚の声がする。
「オークだ!」
荷物を抱えていたアンドレアが微動だにできずにいたその間に、身ぐるみはぎのその怪物たちはあっという間にグレイプニルの手によってやっつけられていた。グレプニルの手にした琥珀の剣からオークの汚れた血が流れる。慌ててアンドレアが取り上げて、その琥珀の剣を綺麗な布でふきあげた。
汗一つかかず、心ひとつ乱さなかったグレイプニルは、こんなことなれているさと言って軽快に笑った。
まるで英雄かなにかのようだ。
アンドレアはその時、グレイプニルの姿をそのように捉えた。
茶色い髪と琥珀色の瞳が、ひゅうと風に靡く。紫水晶や瑠璃の散りばめられた宝石の鞘に、あの琥珀の剣が収まって、その姿はまるで御伽噺に出てくる英雄の姿のようであった。その時アンドレアの胸に、その姿が強烈な印象として残った。
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