乗り越えた道

アンドレアが二階からのろのろと降りてくると、そこにはもう誰もいなくなっていた。随分と寝すぎてしまったらしい、寝すぎてぼうっとした頭を右手でコツコツ叩き、何回か頬を手でパチパチ叩いた。アンドレアがようやく起きてきたのを見計らって、奥から酒場の親父がそそくさと現れた。がらんとした酒場には親父とアンドレア二人きりである、アンドレアはグレイプニルの姿を探した。


「おやっさん、グレイプニルは?」


「朝早く仕事に出かけちまったよ、そういえば戻ってくるって言ってたような」


暗い店内だ、親父は即効でランプに火をつける。そうすると誰もいないかと思われた店内にあのフードの男がやはりいた。


「いたのかい」


「あんたは・・・」


「お久しぶりですアンドレア様」


フードの男は頭を軽く下げて淡々と言葉を続けた。

そのうちにふと店内に金属の高い音が鳴り響く、グレイプニルが帰還したのである。

アンドレアが見知らぬフードの男と喋っているのを見て、グレイプニルはふと何かに気づいたように

フードの中に目線を配り、男ははっとしてフードの中に顔を隠した。


「グレイプニル、この人はオレの客だよ」


「いや、そうか失礼」


何か考え事をしながら、グレイプニルはその場を後にした。その背中をフードの男は目で追いながら、肩にかけた水筒から水を口に含んでいた。


「水くらいただで出すよお客さん」


「いいえ」


「?」


アンドレアはその言葉の意味がそのときはよくわからなかった。

痩せた男は、頑なにサービスを拒否し、アンドレアと交渉を持ち続けた。

アンドレアは遠くからグレイプニルの視線を感じた。合図を送っているのだ。

交渉を中断して、グレイプニルがしゃしゃり出てくる。


「あいつは何者だアンドレア」


「ただの依頼主だよ」


「見たことがある気がするんだ、いつだったか……」


グレイプニルが何か考えるように手を組んで考え事を始める。あ!と手を突然叩いてアンドレアをひどく怯えさせた。


「昔一緒に仕事をした連中かも知らんな」


「急に叫ぶなよ、驚くじゃないか」


そのような話をフードの男に話すと、ハッとしてグレイプニルを遠くから見たようだったが、すこし顔を傾けたようすで、身に覚えがないと一言言って再び水筒の水を飲んだ。


「ふうん、あの人の勘違いか、グレイプニルって適当なところあるもんなあ」


「パッと見た感じもチャラそうですけどね」


フードの男はそういいはなって、アンドレアのほうへ目線を配った。


「ちゃらい?」


第一印象からはそのような様子は微塵も感じられなかったのでアンドレアは意外なことを始めて聞いたような気がした。

さっぱりとした後ろ髪といい、彼は好青年に見える。身なりはきちんとしているし、それに彼はシーザの騎士だ。ちゃらそうなという印象は意外である。それを聞いてアンドレアは背中で笑い転げてしまった。


「あいつってちゃらそうに見えるんだ」


「宝石を身に着けている者は特にね、そう思いますよ」


「宝石?


グレイプニルは宝石を身に着けているのか、普段あまりにも一緒にいるのでそんな様子に気づいたことはなかった。まあ、金持ちだしねとそれだけをアンドレアが言って、特にそのときは、フードの男の言うことに気を留めなかった。

金持ちという単語を聞いたとき、フードの男は訝しげにして、コホンといくつか咳をした。ぽかんとした様子で口を開けているアンドレアに、男は近づいてこう言った。


「あなたは命を狙われる身、十分気を払ってください」


「ここじゃ大丈夫だよ」


「いいえ」


「そのグレイプニルという名の男にも気をつけてください」


「え?」


それだけ言ってフードの男は新しい仕事の商談を始めた。

相手はやはりディアルだ。上質な紙に印刷された王家の紋章は、

アンドレアの心を揺らした。

偽者ではない、本物のディアル。父に似たディアル。

母の愛した懐かしい人。


そして彼は本物のソフィアと通じている。

スラムに落ちぶれたよく似ただけのソフィア。

スラムからやってきてディアルと似ただけのアンドレア。


ついに本物と出会える機会がアンドレアに与えられたのである。

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