第5話

結局、俺はその日、加治の家には行かなかった。

気を取り直して加治に電話してみても、加治への電話は二度と繋がらなかった。常に話し中で、受話器が外れているのかも知れない。携帯電話も繋がらなかった。電源が落ちているか、電波の届かない所にいるのか、どちらかだろう。

俺は加治の勤務先に電話してみた。加治は月曜から無断欠勤しているとのことだった。

結局、俺が加治のマンションを訪れたのは、水曜日の夜だった。

加治の部屋のドアの新聞受けには、いくつもの新聞が乱雑に溜まっていた。溜まっている新聞の日付を見てみると、土曜日の分からだった。土曜日の朝から、加治は新聞を取ることができない状態になっているということを意味していた。

インターフォンのボタンを押し続けても、誰も応えない。

俺は諦めて加治のマンションを後にした。俺は加治が出かけているのだろうと思った。いや、そう思いたかった。

しかし、加治に会えなかったことで、奇妙な安堵感を持っていた。なぜなら俺は、加治の部屋で、何か、とてもいやものを見てしまいそうな予感がしていたからだ。

そしてその予感が正しかったことが分かったのは、金曜日の夜だった。

金曜日の夜7時頃、自宅の固定電話が鳴った。

俺は固定電話のベルの音に驚き、思わず飲んでいたビールの缶を取り落した。慌ててカーペットにビールをまき散らしながら転がるビール缶を拾い上げると、俺は受話器を取った。

加治からと思った電話は、警察からだった。

俺に電話してきた刑事から聞いた話は、とても信じられない内容だった。

今週、月曜から加治は出社しなかった。無断欠勤だ。これは、俺も加治の勤務先に電話したことで知っていた。

無断欠勤が一週間に及ぶにいたって、加治の勤務先の会社も不審に思い、今日の夕方、加治の同僚が加治の家を訪れた。

すると、新聞受けに大量の新聞が溜まり、インターフォンで読んでも応答がない。ここまでは、俺のときと同じだった。だが、加治の同僚は会社から来た手前、もう一歩踏み込んだ対応をした。加治の同僚はマンションの管理人と交渉して、加治の部屋のドアを開けてもらったのだ。

加治の同僚と管理人は、寝室の中で倒れている加治を発見した。加治は既に冷たくなっていた。

管理人からの通報で警察が駆け付け、不審死ということで直ちに室内の捜索が行われた。

外部から侵入した形跡はないが、加治が死んでいた寝室のドアの外側には、下から50センチほどの位置に、無数の細かい引っ掻き傷が付いていたそうだ。下から50センチというと、その刑事の表現によれば、ちょうど床にうつ伏せになって腕を伸ばした程度の高さだそうだ。ドアの内側であれば、加治が苦し紛れに引っ掻いたのかも知れないが、外側なのでそれはあり得ない。その刑事は、この点を気にかけていた。死因はこれからの司法解剖の結果を待たなければならないということだったが、死因によっては、本格的な捜査活動に入るとのことだった。

なぜ警察から俺の家に電話があったかと言うと、加治の固定電話の最後の発信履歴が、俺宛の電話だったからだ。それは、土曜日の深夜3時。ちょうど怯えた加治から電話があった時間だった。

しかし、俺が最後に加治から電話を受けたのは、土曜日の朝7時のはずだった。しかし、その時間には発信履歴はなかったそうだ。

その数日後、警察から連絡があり、加治の部屋に外部から何者かが侵入した形跡が無く、また司法解剖の結果、加治の死因が心筋梗塞であったことも併せ、警察としては事件性がないと判断したことを教えてもらった。

死亡推定時刻は、土曜日の午前3時前後とのことだった。つまり、加治が死んだのは、土曜日の深夜、俺と電話で話した直後ということだ。

と言うことは、土曜日の朝、俺にかかって来た電話は、やはり加治ではなかったということになる。

あの電話の相手はいったい、誰だったのだろうか。

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