第4話

翌日の朝7時。土曜日で会社が休みだった俺は、加治の家に行ってみることにした。

どうみても昨夜の加治は普通じゃなかった。あの後、加治がどうなったのか、気がかりだった。

身支度を終えて家を出ようとしたとき、固定電話が鳴った。

俺は飛びつくように受話器を取った。

「もしもしっ!」

俺が受話器に向かって叫ぶと、受話器の向こうからいつもの加治の声が聞こえて来た。

「なんだよ、大声出して。さては、夜中の俺の演技を真に受けたのか?」

「加治っ、どうしたんだよ、さっきは。大丈夫かよ、いったい何があったんだ!。」

「おいおい、焦るなよ、おまえらしくもない。」

「演技って、なんだよ。全部ウソだったのか。」

「ごめんごめん、おまえがこんなに信じ込むとは思わなかったんだ。実は今、ある出版社が『本当にあった怖い話』ってのを募集してるんだ。だから、それに応募してみようと思って、怖い話を考えてみたんだ。」

「なんだよ、人騒がせなやつめ。本気で心配したじゃないか。今、おまえの家に行こうとしてたんだぞ。」

「俺の演技、そんなに真に迫ってたか。よし、この話はいけるな。すまんな、驚かせて。」

俺は加治の作り話に取り乱した自分が恥ずかしくなり始めていた。ふだん、あんなに怪奇現象とか心霊現象とかばかにしていたのに。同時に、自分を騙した加治に本気で腹を立て始めていた。

「まあ、あんなこと、実際にあるわけないもんな。心霊現象だとか、超常現象だとか、そんなもんあるはずないし。」

「その通りさ。」

「そんなもの真に受けるやつは、アホばかりさ。俺がそんなアホに見えたか。くだらない。」

「でもゆうべの慌てようは、けっこう信じてる感じだったぜ。」

「そんなはずないだろ。俺を世間の間抜けどもと一緒にするなよ。」

「ホントにそう思ってるか?」

「あたりまえだろ。そもそも、霊だのなんだのって、高等教育を受けた人間が口にする言葉じゃないだろ。ばかじゃねえのか、みんな。くだらないことに騒ぎやがって。」

「ハハハ、たいした自信だな。だけどな、そんなことばっかり言ってると・・・」

加治はそこで一呼吸置いた。

俺はふと、その加治の声と話し方に違和感を感じた。その違和感は俺の頭の中で小さな疑念となって、水に垂らした墨汁のように、急速に俺の頭の中に広がって行く。

俺が今話している相手は誰だ? これは本当に加治なのか?

俺は頭の中の疑念に我慢ができなくなりそうだった。俺は受話器の向こうの沈黙を埋めるために聞き返した。

「そんなことばっかり言ってると、なんだって言うんだ?」

そのとき、受話器の向こうの空気が歪むのを感じた。なにか、禍々しい空気が受話器の向こうに満ちて行く。受話器の向こうの空間がみるみるうちに歪み、捩れて行く。そして、その歪みが電話線を通してこちらに伝わって来る。受話器を握りしめる俺の掌が、いつの間にか汗まみれになっている。

受話器の向こうで、歪んだ加治が捩れた声で言った。それは、曇りガラスか黒板を引っ掻くような、ひどく神経に障る声だった。

「そんなことばっかり言ってると・・・次はおまえのところに行くよ・・・」

俺の全身の毛が逆立った。

霧の向こうから、何か異形のものがいきなりにゅっと顔をのぞかせたような、そんな感覚がした。

受話器の向こうにいるのは、誰だ?

そこで電話は唐突に切れた。

俺はリダイヤルする気も失せて、受話器を握りしめたままその場に茫然と立ち尽くした。

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