公爵令嬢vs

広畝 K

第1話

「ロザリア・シュベルクハウト! 貴様は私の婚約者には相応しくない。ゆえにこの私、シャルル・アークハイルは貴様との婚約を破棄し、フルートと婚約する!」


 シャルルはロザリア公爵令嬢を指差しながら、高らかに宣言した。

 時は昼、場所は王立魔法学校のパーティ会場。

 多くの生徒の視線が、シャルルとロザリアに向けられた。


「あら? その理由をお伺いしてもよろしくて?」


 ロザリアは扇子で口元を隠しながら、涼しげな表情でシャルルを見遣る。


「貴様がフルートに陰湿な嫌がらせをしていたことを、この私が知らないとでも思っているのか?」


 ロザリアがシャルルの後ろに視線を遣る。

 そこには、複数の男子生徒と一人の女子生徒がいた。


「フルートとは、殿下の後ろにいらっしゃるフルート・フロントワール男爵令嬢のことですか?」


「そうだ! まさか、事実無根だとは言わないな? こちらには証人も証拠も全て揃っているんだ。素直に罪を認めれば許してやる!」


 シャルルは無表情でロザリアの顔を見つめる。


(どうした? なぜ謝罪しない?)


 シャルルはロザリアが口を閉ざし、目元を微笑ませているのを訝しく思った。

 彼の知るロザリアという婚約者は、つまらない意地を張るような女性ではないのだ。

 そもそも、地位の低い者に嫌がらせをするといったような稚拙な行動は、普通の貴族は取らない。


 だが、ロザリアはシャルルの予想を遥かに超えて普通ではなかったのだ。


「……フフッ」


 やがて、ロザリアは不敵な笑みをもらした。


「何がおかしい!?」


 そしてシャルルは、そんなロザリアの態度に激昂した。

 だが、ロザリアは一層笑うばかりで、まったく要領を得ない。


(まさか、気でも触れているのか?)


 シャルルが不快げに睨みつけると、ロザリアは一転して笑みを消し、無表情になった。


「エンリコッ! 貴様はいつまで女の尻にくっついているつもりだ!!!」


 ロザリアの怒声は、パーティ会場にいる生徒達の度肝を抜いた。

 激昂していたシャルルでさえ、その迫力に驚き戸惑い、顔面が蒼白になったほどの気迫であった。

 ロザリアに怒鳴られたエンリコに至っては、何をかいわんやである。


「だ、だって姉さん……!」


「だってもへちまもあるか愚弟が……。私が目をつけたフルートをみすみす腑抜けた第二王子なんぞに取られおってからに……!」


 エンリコ・シュベルクハウトは、シャルルの後ろにいるフルートの、そのすぐ後ろに隠れてプルプル震えている。

 フルートはマイペースに、そんなエンリコの頭を優しく撫でていた。


「待て、ロザリア……貴様は何を言っている?」


 シャルルは静かにロザリアに問いかけた。

 ロザリアは黙したまま、持っていた扇子を握り締めた。

 扇子は一瞬にして、白い灰と化した。


「隠しても仕方があるまい。実はな、そこの愚弟にフルートを娶らせようと考えていたのだ」


「なっ!? それがどうしてフルートへの嫌がらせに繋がる!?」


「なに、愚弟は見ての通りの愚か者で、男らしい魅力が欠片も無かろう? フルートが愚弟に惚れる可能性はまず無い。ゆえに、私がフルートの心を極限まで衰弱させ、その弱りきった心を愚弟に癒させることによって、陥落させようとしたのだ。結果は、実らなかったようだがな……」


 ロザリアは胸を張り、周囲に演説するかのようにくるくると踊るように回って高らかに語った。

 シャルルはそんなロザリアを見て怒りに震えた。


 なんて身勝手な令嬢なのか、と。

 人の心をなんだと思っているのか、と。


 シャルルは己の義心を燃やし、ロザリアを怒鳴りつける。


「貴様……! それが栄えある公爵家の令嬢がすることか!」


「黙れ! 第二王子風情が!!!」


 ロザリアの一喝。

 それはパーティ会場を震撼させ、その場にいた生徒達の腰を砕き、シャルルの気勢を完全に殺いだ。


「そもそも貴様が、私が目に掛けていたフルートを手に入れようとしなければ、こんな結末にはならなかったのだ」


「な……なんだ、と……!」


 シャルルは完全に竦んでいた。

 幼い頃から婚約していた彼女の恐ろしさは、その近くで育った彼が一番よく分かっている。

 彼の足は完全に震えていて、立っているのがやっとという有様であった。


 そんな彼を、ロザリアは軽蔑したように見下した。

 次いで、その視線はフルートに移る。

 その眼差しは凪いだように穏やかであり、聖母の様に優しげであった。


「フルート男爵令嬢、忠告を差し上げてもよろしいかしら?」


「はい、ロザリア様」


 フルートの声色は恋する者のそれであった。

 その眼差しは熱っぽく、とろけそうなほどに熱い。

 ロザリアは満足げに微笑み、優しく諭すように言葉を紡いだ。


「そんな腑抜けた第二王子なんぞはお止しになって、私の弟たちの中から選んで結婚なさいませんか? そこの愚弟はお勧めしませんけれど……三つ下の次男は、私に似て優秀ですよ」


「はい、お姉様の仰るとおりに――「私は認めない!!!」」


 シャルルは自身の顔を勢いよく叩き、気合いを入れ直した。

 頬は真赤に腫れているが、その目つきは猛禽の様に鋭い。

 ロザリアを見る目には、鋭い怒気が篭もっていた。


「ロザリアァッ! フルートは既に! この私の婚約者なのだッ! 貴様の好きには、絶対にさせない!!」


 シャルルの気迫は、一見して凄まじいものがあった。

 一種の狂気に見紛う程に荒々しく、その全身からは抑えきれない程の色濃い魔力が立ち昇っている。


 ロザリアはそんなシャルルの様子を見て、獰猛に笑った。


「ふん、腑抜けた駄犬が一丁前に吠えるとはな……。面白い、こうでなくては面白くない……!」


 ロザリアは右手につけていた絹のグローブをシャルル王子の足元に投げつけた。


「シュベルクハウト公爵家が令嬢、ロザリア・シュベルクハウトはシャルル・アークハイルに決闘を申し付ける!!」


 生徒達はざわめいた。

 公爵家の令嬢が、王国の第二王子に決闘を申し込んだのだ。

 しかも、その言動は明らかに格上から格下に向けての宣言であった。

 例え身分の上下を問わない学校内であるとは言え、王族に対する不敬と取られ、処刑されてもおかしくなかった。

 決闘以前の問題であるのは、誰の目にも明らかであったのだ。


 だが――シャルルは王族である前に、一人の男であった。


「良いだろう! アークハイル国王が第二子、シャルル・アークハイルは、ロザリア・シュベルクハウトの決闘を受ける!!」


 パーティ会場は静まり返った。

 だが、それは一瞬のことだった。


 砂漠に吹き荒れるような熱砂が如き風が、生徒達の体を、心を、奥底から熱くさせた。

 誰もがその決闘の勝者を欲し、心に刻みつけんがため、学校長に決闘場の使用許可を申請した。


 許可は、一瞬で下りた。


 生徒達だけでなく、教師達までもがその決闘を見届けたいと願ったのだ。

 心の底から欲したのだ。


 シャルル・アークハイル、ロザリア・シュベルクハウトの両名は、入学当初から学校随一の剣と魔法の使い手として有名であった。


 今、フルートという一人の少女を賭けて、公爵令嬢と第二王子の決闘が始まる……!

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