4-2 友人
島で生活する住民や研究者たちは違ったが、島を訪れる旅行者は必ずヘリコプターを利用する。
何故なら島に飛行場がないからだ。
飛行場は無数に浮かぶ周辺諸島の一つにあり、かつてその島には日本軍が駐留していたという。
あたしはそれをDPから学ぶ。
現代史の一部。
その前の戦争の時には一帯をドイツが領土とし、やがてアメリカ合衆国に信託統治された後、諸連島は連邦として独立する。
時間はかかったが、島民は自治を勝ち得たのだ。
今では主として観光で生計を立てている。
あたしはヘリコプターには乗らなかったが、この世界に飛ばされ、目覚めてすぐ友だちになったメアリから聞いた話では、飛行場のある島からこの島へと飛ぶヘリコプターは丸くて白い屋根を持つ――この島特有とも思えない――バンガロー郡上空を通過するらしい。
上空から見たそれらは――文字通り――まるで群れのようで、けれども太古から存在する島の緑溢れる樹木たちからは海方向に追い遣られ、また砂の色が時おり透け、白っぽくも見えるエメラルドグリーンの近海からも拒絶された巨大生物のように感じられ、メアリは哀れを覚えたようだ。
が、島に降り立ちしばらくし、スキューバダイビング・ガイド及びインストラクターのDPにその話をすると、
「きみはアメリカ人のくせにセンチメンタルだな」
と呆れられる。ついで、
「それともそんな連想をするような悲しいことが近い過去にあったのか?」
と問われ、メアリは慌てて首を振る。
「悲しいことがあったなら、こんなところには来やしないわ!」
と言い返し、にっこりと微笑んだのよ、とあたしに語る。
「それで惚れたの?」
架空のあたしがメアリに問うと、
「まあ、そんなものね」
これもまた架空のメアリがあたしに答える。
実際の会話はもっと現実的だ。
「哀れにしても、そんなに大きな生き物だったら怖くない?」
わずかにあの世の怪物を想像しながらあたしが問うと、メアリはどこか遠い目をしつつ、
「そうね、怖いかもね……」
とだけ答え、ゆっくりと息を吐く。
それから、
「だけど生物に見えたのは、そのときだけだったから」
と続け、
「ねえ、メイ。あなたのことが聞きたいわ」
動機不明に話を逸らす。
それであたしが考え込む。
この島に怪物の気配があったからだ。
あたしの肌に感じられたその気配は濃厚ではないが確実で、悲しいことにあたしが感じるその感覚にハズレはない。
でもこの島で発見されたとき、あたしはメイド服を着ていなかったんだな、と不安材料が脳裏を掠める。
何処かの世界に跳ばされるとき、あたしが大抵メイド服――もしくはそれに類するもの――を身に着けていたからだ。
何故かといえば、それはあたしが会話能力を有する電気製品たちの画策で、その方が木を森に隠すように安全だからという、あたしには理解不能な彼と彼女たちの理由による。
家電製品をはじめ、電気で動いている各種機器とあたしは会話をすることができる。
もっとも、その会話が他人にも聞き取れたという経験は残念ながらない。
だから、それがあたしの妄想だという可能性は否定できない。
けれども、それがあたしにとって真実だという現実も覆せない。
着火回路付きの単純なガスコンロと――ちゃんと電池さえ入っていれば――あたしは会話が可能なのだ。
ガスストーブもしかり。
子供のおもちゃだって同じ。
が、単なる湯のみ茶碗とは会話ができない。
ではオール電化の家ではどうなるかといえば、それは揚合によって違うとしか、あたしには答えられない。
あたしと、そのときあたしがいる世界との関係が濃厚ならば、そんな家とだって会話ができる。
逆に以前にいたという記憶が残るパン屋さんが生きていた頃の世界では、まるで会話が通じない。
あたしが世界を歪ませている?
その逆に、世界の歪みがあたしという存在を、この世界に呼ぶのだろうか?
たとえばアインシェタインの一般相対性理論では、想定されるミンコフスキー空間を歪ませるのは質量だ。
その質量のような何かの価をあたしが荷い、あたし自身には見えないし聞こえないエネルギー法則により、あたしは世界を転々としているのか、させられているのか、どうやらそういうことらしい。
けれども本当のところを、あたしは何も知らないし、真実なんて糞食らえだ。
死ねないあたし。
不死身のあたし。
巨漢のゲルマン人=クルト・ワイル爺さんの解釈では、あたしが不死なのは、あたしが死ななかった世界に常に跳ばされているかららしい。
が、そんな証拠はどこにもないし、あたしのこの身にだって憶えもない。
多世界解釈など糞食らえだ。
この世界では、あたしは殺人犯ではないのだろうか?
もっともあたしが殺人犯だったとして、ここは日本から遠いから、誰もそれを知らないはず。
「信じる気があるのなら話すけど……」
架空のあたしがメアリに訊ね、あのとき船上基地内のスライドプロジェクターに大映しにされた自身の光景を思い出す。
あのとき、あたしは確実に死体で、その後あたしはあの現場から奇妙にも消失したという。
が、真実なんて糞食らえ。
あたしは一回性の死を望む?
この世の土に返ることを願うのだろうか?
それとも……。
「たいした話はできないけど、これまで好きになった人の話をしてあげようか?」
現実のあたしが、そっとメアリに提案する。
口篭りつつ、細い首を左右前後に緩慢に振りつつ、話し始める。
「子供の頃の話は飛ばすわよ。それでいいわね?」
つまり最初にセックスをした相手からの回想。
さて、誰から始めようか?
もちろん、どの話の後半部もあたしは嘘を重ねる。
が、何処かの世界で安らかに眠っているはずの死んだあたしには、そっちの方が真実じゃない?
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