2-11 戦闘

 現れた途端、黒羽異日月が、そのとき自分を迎撃に向かったマクドネル・ダグラスF‐15J/DJと三菱F‐2A/B数機を両腕から発した電撃で破壊する。

 気づかぬうちに近くまで迫ってきていた海上自衛隊まぎり、はつゆきから発砲された熱誘導ミサイルを両腕で掴み、飛んできた方向に正確に投げ返す。

 北九州地方都市に面する海上に轟音が鳴り響き、派手な花火が打ち上がる。

 地上にすっくと降り立っとロケットランチャーの総攻撃を受けるが、そんなものにはびくともしない。

 同じ仲間であるはずの異形の怪物とは格が違うところを見せつける。

 つまりは、これがあたしたちに敵対する空間あるいは物理法則が放った、今回のあたしの天使抹消対策品なのだ。

 こちらの空間にあたしの天使が用意できたのだから、向こうにそれが用意できない道理はない。

 そういうこと。

 しかしイエス・キリストとはまったく関係ないとはいうものの、よりによってクリスマス当日、黒い天使に光臨されるとは、恋人たちには災難だ。

 だから早く逃げてよ、とあたしは切に願う。

 その願いが通じることを何かに祈る。

 祈った何かは神ではなく、ではそれならば何なのだろうと考える。

 やはり、それは大いなる無か?

 それとも非有非無の空だろうか?

 辺りはパニックの様相を呈している。

 正真正銘のパニックだが、まだ阿鼻叫喚まで至っていない。

 一番星が西の空に輝き、目を瞑り耳を塞げば、トナカイの走る音が聞こえてきそうだ。

 が、目を開け耳を澄ませば、人々の恐怖の波動が伝わってくる。

 黒天使には彼らの姿は見えていない。

 見えるのはおそらくあたしと自分に害をなす存在だけ。

 と、そのとき、地面から怪物の触手が伸び上がる。

 少し前に点された照明に、触手が黒光りして不気味だ。

 それが、あたしに迫ってくる。

 あたしの捕獲は怪物の担当らしい。

 あっという間にあたしが怪物の触手に捕まる。

 瞬時、本日二度目の割空があり、雷が地上に落ちたときのような閃光とともあたしの天使が光臨する。

 触手を立ち切り、あたしを解放。

 そこに黒天使が襲いかかる。

 ついに幕開け。

 天使同士の激しいバトル……。

 手始めは得意の電撃合戦。

 互いに左右の拳から相手に電撃を見舞う。

 それらが次々に宙で衝突し、虹色に弾けて破裂する。

 まさに光彩陸離を画にしたようだ。

 それら光烈の煽りを喰らい、ラマンチャの男=ドン・キホーテが怪物と思い込み、闘いを挑んだ優美な風車が木っ端微塵に吹っ飛ぶ。

 炎を放つ風車の破片が、花壇を飾るオウバイやペチコートスイセンを縦面的に発火させる。

 さらに発火で巻き起こった風圧が立体絵画館を直撃し、細密騙し絵作家の絵画や立体作品が中に舞う。

 天使たちの力は今のところ互角のようだ。

 またしてもあたしが触手に襲われ、それに気を取られた天使が黒天使の電撃をまともに受ける。

 十数メートルも吹き飛ばされる。

 が、吹き飛ばされつつもあたしを救う。

 けれども音速を超えたような衝撃に、あたしの脳がふらふらする。

 あたしは自分にも武器がほしいと強く願う。

 すると天使が自分の羽根の一部を抜き、あたしに投げる。

 天使に投げられたその羽根があたしのいる場所に届く途中で姿を変え、光の剣が現れる。

 天使は白く、その剣も白い。

 ほお、そんな芸当もできるのか、と感心しつつ、あたしは大きく首肯き、その剣を両手でキャッチ。

 すかさず地面を移動し、あたしに迫る不気味な軟体触手をスパッと切る。

 あたしの身長の二倍以上の長さを持つ触手。

 それがドスンと激しい音を立て、あたしが立つ場所から数メートル先に落下する。

 が、燃えずに蠢き、背後からあたしに襲いかかる。

 なんてしぶといヤツなんだ。

 そんな触手断片に向かい、あたしは、

「えいやっ!」

 と剣を振るう。

 SATや自衛隊員たちの援護もあり、触手断片がキリキリと舞う。

 完全にズタボロにされたそれが燃えるように光を輻射し、直後、爆発四散。

 空間の中に消えてゆく。

 するとガバァァっと地面全体が盛り上がり、遂に怪物本体が姿を現す。

 現れた怪物はウミウシとイソギンチャクとラフレシアとウツボカズラをそれぞれ重ね合わせような形態で、あたしに怖気を震わせる。

 が、死にたくないなら闘うまで。

 いや、違うか!

 ただ殺されて死ぬのが厭。

 仮に死ぬのなら、良く頑張ったな、と言われて死にたい。

 それが、せめてものあたしの望み。

 儚い願い。

 あたしの天使が黒天使と軟体怪物双方の攻撃に曝されている。

 顔色は変えないが、劣勢なのは明らかだ。

 その白がだんだん薄くなる。

 向こうの景色が透けてくる。

 また、あたしが必要なのか?

 あたしは、そんなふうに考える。

 けれども攻撃方法が思いつけない。

 この前みたいに自分の属する空間を槍に変え、相手の弱点に突き刺すくらいしか浮かばない。

 だが――

 黒天使と怪物双方の電撃をまともに喰らい、天使があたしの前まで吹き飛ばされる。

 だから黒天使たちが一気に攻め込んでくるかと身構える。

 けれども彼らの攻撃はあたしたちを通り越し、それまで自分らに害をなし続けたSATと自衛隊を先に襲う。

 殲滅行動に出たようだ。

 最初の黒天使攻撃の後に駆けつけた応援のF‐15とロケットランチャー車輌を黒天使が原子の単位まで木っ端微塵に破壊する。

 ついで、怪物が警察と国防の隊員たちの命を奪う。

 あたしは思わず、

「やめろーっ!」

 と叫ぶが、その声が届くはずもない。

「ねーしゃん、しょろしょろ頃合だ!」

 黒天使と軟体怪物が邪魔ものを殲滅。

 遂に、あたしたちの方に向き直る。

 天使が先に攻撃を仕掛けるが弾き返され、あたしの真上に落ちてくる。

 そして――

 カチリと音し、あたしの全体がバラバラになる。

 そこに別の電磁気作用でやはりバラバラに分解された天使の要素が寄ってくる。

 二つの質が違う二要素集合体が、どこまでも複雑に絡み合う。

 やがて急速に結合する。

 周囲の空間領域の、いずことも知れない仮想時空の裏且つ面で……。

 この世のものとあの世のものとの婚姻だ! 

 その婚姻を外から見守るものがもしいるならば、光の爆発と映っただろう。

 これまで以上に大きな閃光と耳を聾する大轟音。

 宇宙は深く、そして天使は精白。

 当然その意識は、あたしに支配されることになる。

 さて、それでは、どう闘う?

 あたしが天使と融合する刹那、時が止まり、ついで僅かに逆行する。

 そのとき頭にヒントが浮かぶが、形にならずに消え去えてゆく。

 まずは怪物にターゲットを絞り、怪物目掛け、高速移動する。

 その間、電撃を加工する。

 電撃を一旦空間内に放出し、空間硬部でそれを包み、槍に変え、怪物に穿つ。

 その槍攻撃を受け、ケルヒャーァァァ! と怪物が断末魔の叫びを上げる。

 のたうちまわり、直後、爆散炎上。

 ズブズブと音を立てながら空間の中に消えてゆく。

 さて、次は黒天使だ。

 が、振り返ったとき、黒天使は見えず、直後、頭の上から蹴りを受ける。

 思わず吹っ飛び、ゼイゼイハアと息を荒らげる。

 呼吸が苦しい。

 胸が張り裂けそうだ。

 けれども続けて且つ連続して加えられた黒天使の攻撃を、地面を転がりつつ、あたしは避ける。

 どうにか、黒天使の腕に空間槍を穿つ。

 その刹那、黒天使が言葉にならない叫びを上げる。

 腕の一部が瞬間がらんどうとなり、向こう側が透ける。

 初めて黒天使にダメージを与えた瞬間だ。

 と、そのとき――

「どこまでもウザい女だな!」

 黒天使の背後に、いったい今まで何処にいたのか、あの喫茶店の女子学生が立っている。

「わたしがあなたを空間要素にまで解体してあげるわ!」

 化粧っ気のない素顔は黙っていれば美人だが、わずかに眉を持ち上げただけで残酷そうな笑顔に摩り替わる。

 ついで爆発!

 黒天使が全身から強烈な黒光を膨らませ、闇が広がり、途端に爆縮。

 すると、そこに……。

 黒よりなお黒い、無の闇のごとき黒天使が姿を現す。

 すでに腕の傷は癒えている。

 いきなりこちらに突進し、尖った右手の五本の爪をあたしの脇腹にズブリと刺す。

 悪意を持ってそれを動かし、ぐしゃぐしゃぐしゃとあたしの体内を引っ掻きまわす。

 痛てぇぇっー!

 思わず、あたしは叫んでしまうが、天使が口にしたのは言葉にならない呻きだけ。

 次にズボッと黒天使が五本の爪を引き抜き、天使の傷跡から七色の光が漏れてくる。

 黒天使が再度爪による攻撃を仕掛け、あたしが寸前にそれを交わす。

 槍を黒天使の喉元に突き上げ、相手を真後ろに飛び退かせる。

 すると黒天使もこちらと同じような槍を空間から作り出し、一気にあたしに襲いかかる。

 二本の天使の槍が相まみえるとき、虹の七色とその黒い補色が辺り一面に弾け飛ぶ。

 その度ごと、あたしが眩暈に襲われる。

 このままではダメだ!

 黒天使はまだパワーを失っていない。

 それに比べてこちらはパワー切れ寸前だ。

 このままでは確実に負ける!

 何か打開策はないか?

 そのときあたしの脳裡に、ついさっき浮かんでは消えた考えがまた浮かぶ。

 そうだ、やはり空間を利用すればいいのだ!

 空間を槍のようなモノに変えるのではなく、時間の方に引き寄せればいい!

 が、そうはいっても黒天使にそれを悟られては、いなされてしまう。

 そう考え、あたしはまず、敢えて空間の質を変える攻撃に出る。

 あのときH公園で怪物が採った手段をお見舞いし、この世に存在する最大硬度の空間万力で黒天使を挟み込み、押し潰そうと試みる。

 この作戦が上手くいくなら、さらなる攻撃は必要ない。

 一部は成功し、不意を突かれた黒天使の左腕が厭な音を立ててゴリッと拉げる。

 が、もちろん黒天使だって空間遣いだ。

 無表情に顔を歪めながらも、徐々に天使の空間万力を解除してゆく。

 その一瞬の隙を突き、あたしが黒天使のいる空間の一部を時間に変える。

 たちまち黒天使が千分の一秒過去の世界に囚われる。

 黒天使が今まさに囚われたその過去の中で正の時間方向に千分の一秒踠けば、また千分の一秒過去の時間に囚われる。

 また踠けば、また囚われる。

 さらに踠けば、さらに囚われる。

 凍結した時間の中に黒天使が雁字搦めに囚われている。

 だから、その姿がこの時間軸から、ずれ、掠れ、薄れ、離れ、消えてゆく。

 まだ自分に何が起こったのか気づいていない黒天使の心臓に向け、あたしは先端を時間に変えた槍を穿つ。

 穿った槍が黒天使の心臓を的確に捉え、黒天使が絶叫する。

 けれども、その声は聞こえない。

 この世界には届かない。

 凍結した時間の中に融けゆくだけだ。

 ついであたしは自分の右手をその凍結時間内に突っ込み、人間的要素だけをこちらの空間に取り戻す。

 そんなことは偽善だとはわかっているが、できるのならばやるしかない。

 あたしの諦念。

 もちろん女子大生は死んでいる。

 どうして彼女が黒天使をパワーアップさせる依り代に選ばれたのか想像はつくが、それが最初から決まっていたことなのかどうかはわからない。

 己の嫉妬心を黒天使に利用され……。

 けれども、そんな彼女だって、死ぬときくらいはこちらの空間にいたいだろう。

 彼女とって、つれなく当たる片思いの彼氏。

 その彼だって、涙くらいは流してくれる世界だから……。

 あたしがそんな感傷に浸る次の瞬間、世界がいくつも変転し、あたしと天使が分離する。

 経験さえしていない記憶が、あたしに向かって注入される。

 この次は、どの世界に跳ぶことになるのだろうか?

 すべてを無くした酔いどれのあたしは暗闇の手術室に向かって叫びを上げる。(第二章/了)


【参考図書およびサイト】


① 長山靖生「偽史冒険世界―カルト本の百年」筑摩書房(二〇〇一・O八)

② 藤原明「日本の偽書(新書)」文藝春秋(二〇〇四・〇五)

③ ^ a b c d e 『style-arena.jp』「ゴシック&ロリータ」財団法人日本ファッション協会の運営するサイト

④ ことば変換『もんじろう』 http://monjiro.net/

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