2-9 変装
「あれっ、そんな格好することあるんだぁ! 似合うじゃん」
確かに似合わないとはいわないけど、こんだけ濃い化粧をしてて良くわかったわね、とあたしが彼に感心する。
逆探知防止のため、取り換えた携帯電話二世と乗り換えた電気自動車三世たちの強烈な薦めで、あたしは正統派のゴスロリ・ファッションに身を隠し、異国情緒溢れる擬似アムステルダム遊園内をうろついている。
そんなあたしに声をかけたのは、よっぽど縁があるのか、例の喫茶店のイケメン・ウェイター。
「まったく、良く見分けがついたわね。あなたが主催者側の人間でなくて良かったわよ」
あたしが呟く。
完全に気を許している。
マズい、惚れそうだ!
だって、好みのタイプなんだもん。
そのとき、あたしが身に纏っていたのは黒をベースとしたリボン/フリル/レースがあしらわれた、お耽美系十八世紀風ドレス。
スカートはパニエで脹らませてある。
シューズは厚底のワンストラップで、髪は残念ながらそんなに長くできなかったけど、一応縦ロールで、黄色いリボンとレースのヘッドドレスを飾っている。
あーっ、恥かしい!
「こんなことで何してんのさ?」
「それは企業秘密です」
「今日も独りなの?」
「そっちこそ、今日は彼女いないの?」
「あれって、ぜんぜん彼女じゃないんだけどさ。向こうが勝手にそう思ってるだけで……。今は録音室」
ああ、オトイレか!
……って、やっぱり一緒じゃないか!
なんて可哀想なあたし……。
「きみが付き合ってくれるなら、あんなの一人で帰すよ。そもそもダブルデートだっていうから仕方なく来たのに、それも嘘だし……。もう、うんざり」
そこまで言われると、ちょっと彼女が可哀想になってくる。
もうじき日も暮れるし……。
「だって、彼女綺麗なのに……」
「きみだって綺麗じゃん」
あらいやだ!
「そんなこと言ってんじゃないよ」
「で、何? 主催者側って? もしかしてきみ、ヤクザな事務所を足抜けしたアイドルとか、それともデリヘルの人気者とか?」
「その二つじゃ、ずいぶん差があるわよ。えっと、主催者のお爺さんがいうには多世界トラヴェラーらしい」
「ふうん。面白そうなタイトルの映画? 主演?」
「ま、そうかな。でも、今回で死ぬらしい」
「なるほど、それで逃げて来たのか! 大変だよね。次回作は、映画プロデューサーとお泊まり疑惑の新人アイドル主演作とかね?」
噛み合わないはずの会話が妙に噛み合い、あたしは彼とともにこの世界から逃げ出したい気分に襲われる。
もし、んなことができるならば、だが……。
でも――
「ねぇ、怜ちゃん。誰と話してんのさ? さっきのハウスのメイドさん」
まぁ、現実はこんなモンだわ!
「じゃ、彼女に悪いから、またね」
振り返らずに向こうに逃げる。
右掌を後ろに向け、できるだけキメ、ひらひらと振る。
「誰、あの女?」
「ずいぶん前にオレを振った元カノ」
そんな会話を風が運び、あたしが思わず噎せ返る。
またしても、妄想に囚われる。
すると――
「厭な臭いのせんか?」
携帯電話二世が指摘する。
「だって、雪は降ってないよ」
そう言い、見上げた空はまだ明るい。
ただし地上の様子は変化している。
臭いの元はどうやら園内に現れたSATらしい。
園内の所々で分隊し、活動する姿が見えてくる。
いよいよ、あたしを発見したのか、それとも別の展開があったのか?
場所が場所だけに、まるで外国のテロ映画を髣髴とさせる動きと背景。
見上げた近くの山上に送電鉄塔が連なっていなければ、旧き良き時代のアムステルダムそのものの景色の最中、きな臭さが広がってゆく。
「申し訳ありません。避難命令が出ています」
SAT隊員の一人があたしに告げる。
……ということは、発見されたのではないらしい。
キョロリと辺りを窺うと、黒田隊長の姿が確認できる。
山崎隊員もいるが、小川隊員の姿はない。
「いったい何が起こったんです?」
あたしが訊くが、
「申し訳ありません。詳しいことはお話しできません」
若い隊員が申し訳なさそうに、そう応える。
あのときH公園にいたSAT隊員たちの中で五体満足で生き残ったのは黒田隊長たち三人だけのはずなので、この隊員は事実を知らされていないかもしれない、と思う。
それともワイル爺さんご自慢のバトル映像で感覚を慣らしてきているのだろうか?
不意に、携帯電話二世がブルブルと震え、
「ワイル爺しゃんの通話したばいのっちいるばってん、どげんする?」
「逆探知されない?」
「まず、さるるっち思う」
「それじゃ、ダメだよ。別の手段、ない?」
「サーバば数千台経由しゅればなんげな」
「じゃ、そうして! それに黒羽異日月が現れるときには、どうせ見つかることになるんだし……。あっ、それから」
「なん?」
「その方言をやめてくれ!」
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