2-4 天使

 そのまま怪物を行かせれば良かったのだろう。

 けれども、それまで攻撃に参加せず、悲惨なバトルをおそらく映像記録しながら見守り続けていた軍用ヘリコプターAH‐1コブラが怪物に低空接近し、発射速度毎分750発の20mmM197三砲身ガトリング砲攻撃を開始する。

 怪物は火器の威力に一時期劣勢にまわるが、椀器の先で空間の質を変質させ、その強度を高め、壁にすると、コブラとそれを衝突させようと誘導する。

 ついで、グワッシャーン!

 まんまとコブラがその怪物の姦計に嵌り、硬度を増した空間の壁に衝突/墜落/炎上。

 爆散こそしないが、中にいた隊員たちの命は絶望的だろう。

 困ったことにAH‐1コブラの行動が怪物の闘争本能に火をつけてしまったようだ。

 だから、今回怪物から無視されるはずだったあたしたち四人に怪物の怒りの矛先が向く。

 蜘蛛のように俊敏に怪物があたしたちに近づいてくる。

 その刹那、辺りがまるで雷が落ちたときのような閃光で真っ白になり、ついで轟音とともに空の一部を割り、あたしの天使が光臨する。

 身の丈三メートル強のあたしの天使だ。

 天使降臨の際に割れて辺りに散った空の破片が地面に落ち、ズブズブと燃えるように崩れていく。

 天使は怪物とあたしたちの間にすっくと降り立ち、気合を込めるかのように低く何事かを呟くと、怪物に向け、まっすぐ伸ばした右腕の先端から電撃を放つ。

 その一瞬の攻撃を、怪物が複雑に交差させた椀器の盾で防ぐと、さらに数回、天使が電撃攻撃を繰り返す。

 堪えきれずに、遂に怪物の椀器と外皮の一部が宙に舞う。

 ついで、ブスブスと燃え、消える。

 電撃の余剰エネルギーで怪物は元いた位置から十数メートルも退けられる。

 が、怪物も諦めない。

 軍用ヘリコプターAH‐1コブラ破壊で味を占めた方法を用い、果敢に天使に立ち向かう。

 ふいに自分のまわりに現れた見えない空間壁に二方向から挟まれ、天使の身体が圧し潰される。

 骨があるのか、天使の中で何か軋み、表情のない顔を苦痛に歪ませる。

 が、天使も空間遣い。

 怪物が変質させた空間を、今度は自分用に逆変質させ、怪物に向け、放り投げる。

 それが怪物に接触する刹那、電撃を当て、破壊力を増倍させる。

 ついで左右の腕から連続して電撃を発射し、全体的に弱り始めた怪物の腕器といわず、腹器といわず、さらに怪物とは何の関係もない公園の芝生やコンクリートまでを木っ端微塵に破壊する。

 遂に怪物が痙攣する。

 断末魔の甲高い咆哮を辺りに響かせ、耐え切れなくなり、燃えるように全身から光を輻射し、爆発四散。

 最終的に周囲の空間の中に溶けていく。

 その間、一分も経っていなかっただろう。

 SATのオジサンを見ると、口をあんぐりと開け、惚けている。

 この反応は誰でも同じ。

 あたしが愛した数名の男たちを除いては……。

(なんやったん? いまんは?)

 さすがに今度は口にはしないが、オジサンの心の動揺がくっきりと顔に出る。

 役目を終えた天使が去る。

 自分の空間の中に戻って消える。

「はい、そこまで!」

 SATのオジサンの無線機がオジサンに告げた命令を、あたしの掌中の携帯電話が盗聴する。

「そのお嬢さんをわたしのところまで連れてきてください。黒田隊長、くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ」

 ようやく主催者側の人間が、あたしに接触を求めてきたようだ。

「了解しました」

 そう言い、黒田隊長がおもむろに手錠を取り出そうとするものだから、

「手錠なんかしたら、今の携帯電話の相手――声の質からして、おそらくお爺さんかな――に訴えるぞ! 黒田さん」

 そう告げると黒田隊長はぎょっとし、けれども肝は坐っているのか、あたしを見ながら手錠を仕舞う。

「その代わり、逃げないで下さいよ。お嬢さん」

 そう言う黒田隊長の言葉を聞き、あたしは彼の娘くらいの歳なのかもしれない、とふと思う。

 怪物が何処から来て何故あたしを襲うのか、あたしは知らない。

 天使が何処から来て何故あたしを怪物から護るのか、あたしは知らない。

 怪物の正体をあたしは知らない。

 天使の正体をあたしは知らない。

 あたしが知っているのは天使と怪物が代理戦争をしているらしいという事実だけ。

 あたしが知っているのは、その代理戦争の要をあたしが果たしているらしいという事実だけ。

 あたしは断片。

 あたしは死なない。

 あたしは生きてもいない。

 身体は普通の人間と特に変わったところはないようだが、存在様式が違うらしい。

 それ以外のことは何もわからない。

 唯一あたしが知っているのは、あたしがこの世界のはぐれものだという事実だけ!

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