1-4 能力

 身を隠すものが何もないから、おそらく誰かには目撃されているだろう。

 が、拘置所があんな状態なので、特定までには時間がかかるだろう、と予想する。

 助けてくれた彼とは、もちろん互いに名乗らずにそのまま別れる。

 身なりをすっきりさせれば、いい男だったかもしれない彼――三十代前半くらいか?――を少しだけ残念に思い返す。

 罰が終わっているので服を変えてくれと主張し続けたが、怪物出現までにその主張が通らない。

 よって、あたしは未だに囚人服のままだ。

 だから気は咎めたが、民家に侵入し、服を調達。

 足が速いのが幸いしたよ。

 逃走資金――というのか、こういう揚合?――調達の方には特異体質を利用する。

 人気のなさそうな揚所にあった自動販売機を選んで頼む。

「金をくれ!」

「いやだね!」

「じゃ、勝手に持ってくから腹を開けろ!」

 直後、否応なく自販機の腹が開く。

 口答えはするものの、あたしの命令には逆らえない。

 まったく、こんなことに慣れたくはなかったよ、と思いつつ、慣れた手つきで集金ボックスから金を集める。

 思ったより千円札が多く、助かる。

「じゃあな!」

 腹蓋を閉め、自販機に別れを告げる。

「取るものだけ取っといて、それだけかよ?」

「わかったよ。ありがとさんです。助かりました」

 言ってみる。

「だいたい、あんたは無礼なんだよ! まあ、鶏が先か、卵が先か、知らんがね」

 思わせぶりに、そんなことを呟くから、

「知ってるなら、教えてもらおう。この世とあたしの関係を!」

「チッ、そんなこと、こっちが知らないことは百も承知してるだろうさ。それでも訊い

くるなんて、あんたも焼きがまわったな」

「煩い!」

 蹴る。

「痛って!」

 ダメージはあたしの方が大きい理不尽。

 バカバカしいので自販機との関わりはそれで打ち止め。

 当てのない旅を急ぐ。

「ずいぶんとお達者で……」

 軽く頭を垂れ、そう言うと、

「ふん、渡世人気取りかよ?」

 その揚から立ち去るあたしの背に向かい、自分では動くことが出来ない自販機が、良くぞまあそんなに尽きないなと思わせるくらい様々な言葉であたしをなじる。

 常にそんな目に遭ってきたことが、あたしが空間の質の違いについて考え始めたきっかけだ……ということを思い出す。

 怪物は空間を喰らう。

 ま、ヒトも喰らうけれど、それはついでのスパイスということで……。

 天使は空間に遣わされる。

 それじゃ、あたしは?

 家電製品をはじめ、電気を原動力に動いている各種機器とあたしは会話ができる。

 もっともその会話が他人にも聞き取れるのかどうか、試したことはない。

 着火回路付きの単純なガスコンロとも、ちゃんと電池さえ入っていれば、会話ができる。

 ガスストーブの揚合も然り。

 子供のおもちゃだって同じだ。

 けれども単なる湯のみ茶碗とは会話ができない。

 それではオール電化の家なんかはどうなるのかといえば、揚合によって違うとしか答えられない。

 あたしと、そのときいる世界との関係が濃厚ならば、そんな家とでも会話ができる。

 逆に会話ができない、あるいはできるのに応じてくれない揚合、世界とのかかわりが薄いようだ。

 すなわち、あたしが世界を歪ませている?

 あるいは、その歪みの自体が、あたしを呼ぶのか?

 アインシェタインの一般相対性理論の揚合、想定されるミンコフスキー空間を歪ませるのは質量だが、その質量のような何かの価をあたしが荷い、あたし自身には見えないエネルギー法則により、あたしは世界を転々としているのか、させられているのか、そんなところなのかもしれない。

 その辺りのところまでは何度も考えている。

 だが――

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