1-3 摂食
あたしは、この世界にいない人物なのかもしれない……と考えてみる。
けれども、何かしらの関わりはあるようだ。
それを繋ぐ存在が天使かもしれない。
天使は、その姿形が昔の絵画に多く見受けられたものにそっくりで、ただし、もっとひょろ長い。
それで、そう呼ぶことに決める。
他の理由はないし、意味もない。
別の何モノかに似ていたら、きっと、その名で呼んでいたことだろう。
もっとも天使にだって階級があり、ミヒャエルからルシファーまで――もっと多くか?――いるわけだが、そのどれかに特に似ているというわけではない。
また、熾天使(セラフィム)や智天使(ケルビム)や座天使(オファニム)のように目や羽が多いようにも見受けられない。
初めて出遭ったとき以来、証拠はないが、あたしと同じ逸(はぐ)れ者の仲間のような気がずっとしている。
もちろん繰り返すが、何の証拠もありはしない。
詳細は不明。
力が強く、怪物と、その周囲に偶々あったモノや台地を木っ端微塵に破壊する。
が、脳の外側、いわゆる外層部の持ち合わせはないに違いない。
遺伝的前駆体部位、すなわち恐竜部分は間違いなく持っているようだが……。
怪物と同じで、あれとも会話ができない。
口は利けるようだが、耳に届いた発生音が意味をなさない。
精薄なのだ、きっと!
精神薄弱。人間でいうところの……。
この世界にその言葉が許されていないのならば精白と呼んでも良いだろう。
どちらにしても大した違いはない。
怪物はとりあえず人間を食べるが、天使が食事を摂っているところを見たことがない。
人か何かの魂を喰っているのかもしれないが、実際のところ、そんな感じはしてこない。
どちらかといえば世界そのもの、あるいは空間/時空を食っているのか?
共生しているのか?
遣(つか)わされているのか?
まあ、呼び名が『天使』だしね。
そんな気じがする。
もっともそれは怪物にとっても同じ。
あいつらの本当の食い物も、ヤツらが現れた世界そのもののような気がしてならない。
何故かというと?
目の前数メートルの怪物は当座の食事を済ませ、あたしのきつい視線から目を背けると、腕器に相当する部分を自らの周りの空間にゆっくりと突き刺す。
そのとき風がヒュウゥゥと唸り、空間が悲鳴を上げているように聞こえるが、実は本当に空間の悲鳴なのかもしれない。
ついで――
ズリッ、ズリッ……
と、あたしの目には見えない空間の表皮を剥ぎ取り、それを口器に運びはじめる。
その作業を数回繰り返すと、今度は口器の奥から筒状のものを迫り出し、長く延ばし、表皮を剥ぎ取った空間部分にぐいと突っ込む。
延ばした筒の先端はあたしには見えないが、おそらくこの世界のこの揚所にある空間そのものに穿たれているのだろう。
ついで――
ズルッ、ズルッ……
と怪物が空間――表皮の硬い部分ではなくて中身の柔らかいジェーシーな果肉――を吸う幻の音があたしの耳に聞こえてくる。
そのとき――
「痛てっ!」
怪物の動きに気をとられていたあたしに打つかってきた者がいて、弾き飛ばされたあたしが地面に転び、左ひじを強か打ちつける。
周りを見れば阿鼻叫喚の只中だ。
遠くからサイレンの音が聞こえ、警察か消防が近づいていることがわかる。
が、普通に一戦交えても彼ら組織に勝ち目はないだろう。
追い立てることくらいなら、できるかもしれないが……。
おそらく怪物が目的を達成した暁に……。
「おい、こっちへ来い!」
と急に腕を掴まれ、上体を引き起こされる。
「何が起こっているかわからんが、そこにいては危険だ!」
見ると、こないだの刑執行時にいた支え役のひとり。
四十過ぎのおじさんで痩せて見えるが、筋力はありそうだ。
「あら、親切なのね……」
おじさんに答える。
ついで――
「でも、離れてないと危ないよ!」
大声で怒鳴る。
その直後、全体的に強度が低下した拘置所の建屋が轟音とともに崩壊する。
あたしはそれよりわずか前にすっとんで離れたので掠り傷程度でなんとかなるが、親切だった刑務官は、あたしの指摘に建屋の方を振り返ったのが禍いし、落ちてきたコンクリート塊に頭をグチャッと潰される。
飛沫があたしの足許まで飛んでくる。
ひとたまりもなかっただろうが、即死だったのが、せめてもの幸いと思ってあげるしかないだろう。
気づけば、倒壊した拘置所の至る所から苦しげな呻き声が連綿と漏れる。
感情を麻痺させないと、こちらの方が狂ってしまいそうだ。
「さて、怪物は?」
と摂食中の怪物の方に目をやると、どうやら今回のその行為は終了したらしい。
食事内容にも満足したらしい。
満ち足りたように口器から伸ばした筒を元の部分に引っ込め、動きを徐々に緩慢とする。
天使は今日は降りて来ないようだ。
代わりに警察隊が到着し、怪物の相手を始めたので、あたしは瓦礫の山の中を縫うように進み、崩れて人ひとりくらいが通り抜けられそうな隙間から首を伸ばし、下を眺める。
「深い下水溝になってんだよなあ」
呟くと隙間から身を引き出し、下まで数メートルはあろうかという下水溝の縁に沿い、落ちないように背中を反対側の壁に貼り付けるようにして進み、広々と拡がる逆側の畠――0人ではないが、幸い今は人気が少ない――へと渡れる揚所を懸命に探す。
数メートル先のその揚所に逃走の先客がいて、向こうから手を伸ばしてもらい、それに助けられ、最後は身体ごとをあたしを手繰り寄せてもらう。
「ありがとう!」
言うと、
「あんたのうわさは聞いたよ!」
答が返ってくる。
「もっとも、本当かどうかは知らないけどな」
その後、持てる体力の限りを尽くし、二人してその揚から遠ざかる。
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