1-2 怪物
刑は執行されたので罰は消えたが、あたしが知らない罪の方はまだ残っていたので、とりあえず拘置を継続される。
(法務大臣はどうするつもりなんだろうね?)
……とか考えながら、思ったより美味しい昼食を採っているとズウウンと地鳴りがする。
ワカメが喉の裏側に張り付く。
考えてみると癌かなんかで胃や腸の大部分を切除されている犯罪者にワカメやヒジキを給するのは犯罪行為かもしれないな、行政側の……。
しかし受刑者にそんな気は遣えないって大多数のわが国民は感じていて……。
どうでも良いことを考えるのは怪物の気配を察したから。
それは気配としかいいようがない。
臭いまたは匂いは、あいつらからは感じられない。
そんなところは、この世のものではないようだ。
一般人にとっても、そうらしい。
けれども濃厚な気配はある。
どう表現したら良いのだろう。
ヌメヌメ・グチャグチャしているところは軟体動物のようだが、動き自体は金属的で昆虫や機械に近い。
形は一定ではないが、タコとロブスターを合わせたようなヤツがいて、眼なのか別の感覚器官なのか判然としないが巨大な水晶体を身体の上側に載せたヤツがいて、羽根が生えているヤツがいれば、サンショウウオみたいなヤツがいる。
よくよく見ると皆どこかしら愛嬌のある相貌をしているが、身体の殆どの部分がヌメヌメで、かつ黒もしくは濃い緑色にテラテラと輝いているので、そうは思われないらしい。
存在理由は不明だが、それはすべての生物や無生物にとっても同じだから、考えても始まらない。
が、個人的には、あまり遭いたい相手じゃない。
格子窓から拘置所の庭を見ると土が盛り上がったように見える。
振動も大きくなって揺れも酷い。
拘置所関係者にとっては災難だろうな?
あたしの件に引き続いて……と思っていたら、壁に罅が入る。
空間の質まで変えているのか、急に建物の壁が脆くなり、天井の破片がパラパラと頭に降り落ちてくる。
コンクリートの下敷きになるのは気が進まないので、唯一備え付けのテーブル……というか、お膳を持ち上げ、窓側の壁を叩く。
ガツン!
返ってきた反動で両手全体がビリビリする。
(なんだ、硬いじゃないか!)
しかし壁の罅は、いくらか広がったようだ。
ガツッ、ガツッ という音が周りからも聞こえる。
多少は頭が働く人間は同じことを考えているのだろう。
天井からのパラパラは時の経過とともに激しくなる。
もう構っては、いられない!
痺れた両手に鞭打ち、お膳を壁に打ちつける。
何度も何度も……。
死ねないのがわかっているのに何故そんなことを続けるかというと、本当にあたしが不死かどうか、あたしにはわからないからだ。
これまで何度となく怪我をしている。
血を流している。
医療手術を受けている。
とりあえず死にはしなかったが、薄くなったとはいえ、医療手術の跡が残っているし、他の傷跡もある。
歯は部分的に欠けているし、髪の毛の下には小さな禿もある。
そうはいっても偶然を味方に付けているじゃないかと指摘されれば、その通り。
天井だって、今はカケラがあたしに降りかかるが、やがてコンクリートそのものが落ちてくれば、あたしのところだけ丸く外れるかもしれないのだ。
確率的には低いだろうが、あたしの周りだけポッカリと穴が開く可能性がゼロではない。
そういった偶然が、しばしばあたしに降臨し、あたしを救う。
けれども大重量の重みに圧し潰されて死にもせず、平べったい塊になったまま生き永らえる姿を想像すると、ぞっとする。
努力を惜しまないわけじゃない。
本能なんだ!
よってあたしは、生き残るための行動を採る。
そうでないときは死を希う!
最後はペリッという感覚で壁が抜ける。
やはり空間が変質していたようだ。
勢いあまり、つんのめって拘置所の庭に飛び出す。
庭は一部が運動揚になっている。
もちろん格子付きの……。
そして、あたしの部屋が一階で命拾いをする。
気を取り直し、顔を持ち上げ、ぐるりを見まわすと、目前に上の階からの落下に失敗し、骨折や捻挫の痛みにのた打ちまわっている死刑囚たちが何人もいる。
中央の土の盛り上がりを見やると、あいつらのひとつがちょうどいま飛び出してきたところ。
今回のヌメヌメは毛の多い海洋性のクモとイカを合わせたような形態だ。
大きさは異なるが一九六〇年代の海外空想科学テレビ番組で最新原子力潜水艦と闘ったヤツに似る。
身のをすべて土から引き出すと、ゆうに五、六メートルはあるだろう。
身体のほぼ中央に口器があり、とりあえず近くにいた死刑囚や拘置所員を餌食と決める。
長く延ばした舌で彼と彼女たちを絡め取り、頭といわず、腹といわず、足といわず、その他の器官といわず、口器に届いた部位から喰らいはじめる。
いつ聞いても耳慣れない、クチャクチャ・ポキポキッという厭な音と、辺りに隈なくぶちまけられたヘモグロビン鉄の臭気が拘置所内に充満する。
やがて――
結局一匹だけしか現れなかったその怪物が、あたしに気づいたようだ。
冷静に判断すれば愛嬌のある相貌の中で眼器だけが悲しげに曇っている……ように、あたしには感じられる。
(教えろよ! 何故、そんな眼であたしを見る……)
そいつを睨み付けながら強く思うが、もちろん返事は返ってこない。
それは、いつものことなのだ。
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