第21話 頭を捻る探偵見習い
「なんだか話が大きくなってきたな……」
「そうですね」
再び遊園地の入り口に戻った俺は、ガードレールに腰を預けて、自動販売機で買った缶コーヒーを傾けながら遊園地を眺めた。
「ざくろの木は前社長の命令で植えた。前社長はあの場所に拘っている」
俺の言葉にエイコは大きく頷いている。
「それが、あの子とどう関係あるのかな」
「例えば……重慈さんの隠し子とか」エイコが指を立ててそう言った。その仕草はどことなく、体育館での多田川を思い出させる。
「隠し子ねえ」
「重慈さんのお子さんって、いらっしゃるんですか?」
渡良瀬さんの呼び方が気に入ったのか、エイコは彼に倣って前社長を重慈さんと呼ぶ事にしたようだ。
「斯波誠一っていう一人息子が、いまのシバ・コーポレーションの社長だよ。テレビで何度か見たけど、真面目そうな人だったな」
「お幾つくらいなんですか?」
「歳までは分からないけど、五十歳くらいじゃないのかな」
「それじゃあ、息子さんの隠し子でしょうか」
「ずいぶんと隠し子にこだわるね」
「あ、そうですよね」
エイコは照れ笑いを浮かべた。スキャンダル的要素が好きなのはエイコだからか、それともすべての女性がそうなのか。
缶コーヒーを飲み終え、空き缶を遊園地入り口脇にあるゴミ箱へと捨てた。
「まさか、シバ・コーポレーションに行く訳にもいかないしな」
マスコミに騒がれているのだから、一介の高校生が尋ねて行った所で対応してくれるとは思えない。それに、あまり大事にするのも気が引ける。
何の気なしに遊園地の地図を広げてみた。所狭しと遊具が並んでいる中で、園内西側の空間だけがぽっこりと空いている。その中にざくろの木だけがポツンと記されていた。
「あの木が植えてある場所って、ちょっとでっぱってるんですね」
エイコが地図を指さした。確かに、ほぼ正方形の遊園地で、ざくろの木が植わっていたあの場所だけが、妙に突き出している。
「本当だ」
「何で重慈さんはあの場所にざくろの木を植えさせたんでしょうか?」
エイコは首を傾げすぎて、体まで斜めになっている。
「うーん。あの場所にざくろがあると縁起が良い……とか」
「風水、ですか?」
「御神木みたいな。ざくろの木って、そう言う役割は無いの?」
「どうでしょう。ちょっと分かりませんが……」
そこでエイコは、何かを見付けたみたいにパッと目を見開く。
「御神木って、どうしてそうじゃないかと思ったんですか?」
「え? いや、なんか元社長は大事にしてたっぽいからさ。あそこに生えてなきゃいけない木なんじゃないかなって」
「生えてなきゃいけないのに、遊園地を建てた時には無かった……だから、植えた」
「え?」
「元々はあそこにざくろの木が生えていたんじゃないでしょうか? でも、何らかの理由で伐採されてしまって、それで、重慈さんが改めて植えようとした、とか」
「……なるほど」理屈は通っている、気がする。
「この遊園地が出来る前って、ここは何だったんでしょうか」
「さあ……なんだろう」
遊園地が完成したのは十年前だ。遊園地が無ければ特に見所も無い場所なので、完成以前にこの場所に来た事は無い。
「今、何時だか分かります?」
エイコに尋ねられ、俺は腕時計を確認した。時計の針は午後四時を指そうとしている。エイコは俺の腕時計を覗き込むと、
「この辺りに図書館ってありますか?」と焦る様に言うのだった。
「図書館? 隣駅に市立図書館があるけど」
「じゃあ、急いで行きましょう。閉館まで時間がないですよ」
エイコに急かされ、理由を聞く暇もなく俺たちは駅へと向かった。
四角く茶色い、何の飾り気もない市立図書館。中学生の時に何かの理由で来た記憶はあるが、そこで何の本を借りたのかも覚えていない。中に入ると、エイコはまっすぐに地元関連のコーナーへと向かっていった。
郷土資料室と銘打たれた小さな部屋には、壁際に大きな棚が並び、周辺の歴史、地名の由来などが記された様々な資料が置かれている。正面にはカウンターが設置されていて、顔のパーツで何よりも眉毛が主張している男性図書館員が、何かの本に目を落としている。
「遊園地周辺の住宅地図を見てみましょう」
「住宅地図?」
資料室は静か過ぎて、囁き声ですら図書館員に届いてしまいそうだ。
「普通の地図とは違って、家主の苗字が書いてあるんです。年代別に出ている筈ですから、きっと遊園地が出来る前のものもあると思いますよ」
「詳しいんだな」
「図書館は積極的に利用するべきです」
なるほど、エイコは図書館に入り浸っていそうだ。何度も足を運べば、図書館にどういったものがあるかは自然と分かるようになるのだろう。
住宅地図は図書館員に直接頼まなければ閲覧出来ないようだ。おそらく遊園地が完成したのは十年前なので、十一年前の地図を持って来て貰う事にする。図書館員に地域と年代の説明をすると、彼は特に不審がる様子も無く丁寧に対応してくれた。
住宅地図はロードマップのような大きいサイズで、開いてみると、なるほど、田中だの山下だの家々に名前が書いてある。自分の家の周辺を年代後とに追っていくと楽しそうだが、閉館まで残り時間が少ないので、さっそく遊園地付近のページを開く。ざくろの木のあった場所は遊園地の西側だから、だいたいの予想をつけて、その周辺をチェックする。
今から十一年前は『スーパー・マイドー』というスーパーマーケットだったようだ。聞かない名前なのでチェーン店ではないだろう。個人経営だろうか。
「このスーパーが関係あるんでしょうか?」
他の利用客を気にしているのか、聞こえる筈も無いのにエイコは小声だ。
「スーパーに木なんか生えてるかな」
「店の外にあったのかも」
「うーん」
仮にそうだとしても、この情報からでは何の推理の足しにもならない。
「このスーパーと、元社長との繋がりか……」
「あ、そうですよ!」
エイコは何かひらめいたのか、少し声を大きくする。
「重慈さんとざくろの木には何かしらの繋がりがある筈ですから、この辺りに重慈さんの家があるんじゃないでしょうか?」
「なるほど。斯波家を捜せばいいのか」
目標を得て、俺は勢い良く地図に目を走らせてみた。けれど、「斯波」の文字は見当たらない。
「まだ年代が違うのかもしれませんね。重慈さんがこの辺りに住まわれてたのはいつ頃なんでしょうか」
「この辺出身って事は、生家がここにあるって事じゃないのかな。たしか七十二歳で死んで、それから二年経ってるから……七十四年前の地図なんて、そんな古いものあるかね」
見ていた住宅地図を持って再び図書館員の元へ向かう。けれど七十四年前は無く、一番古くても六十五年前のものになるらしい。そうすると、斯波重慈が九歳だった頃のものだ。
図書館員から住宅地図を受け取り、再び机に戻り、地図を開いてみると――、
ざくろの木があったと思しき場所付近に「斯波」という民家があった。ずいぶんと小さな四角形のなかに、その文字が窮屈そうに納まっている。
「あった」
「ありましたね」
昔、小前ヶ丘遊園地のあの場所にざくろの木が生えていたとするならば、その木は斯波重慈が育った家のすぐ近くに生えていたようだ。きっと、斯波重慈はそのざくろの木に思い入れがあったから、遊園地を建設する際にあの場所にざくろの木を植える事に拘ったのだろう。
「なるほど」俺とエイコは一様に大きく頷いた。そして、二人して大きく首を傾げる。
つまりこれは、どういう事になるのだ。それがあの子供の幽霊とどう繋がっていくのか。そもそも、「斯波重慈が暮らしていた家の近くにざくろの木が生えていたのではないか」と言うのはあくまで仮説に過ぎないのだ。
俺もエイコも頭が混乱し、そして、助けを求める。
「その仮説は正しいように思える」
電話越しの多田川はいつにも増して淡々とした口調だ。受話器の向こうから、小さくサイレンの音が聞こえた。どこにいるのか尋ねると「事件だ」と返って来た。
「おい、お前――」
「ただの探偵として出向いているだけだ」
「ああ、そうか」ホッと息を吐く。やはり、相手がどんなに悪い奴だとは言え、法律を犯すよりは犯さない方が良い。「とにかく俺はもうお手上げだ。良く分からなくなっちまった」
「少し整理させてくれ。斯波重慈は周囲の反対を押し切ってあの場所にざくろの木を植えさせた。おまけに、その周りには遊具を置かせていない。これは正しいか?」
「ああ。古くから働いてる誘導員の人がそう言ってたよ」
「なるほど」
少しの間、沈黙。
「ここからは推論になるが、おそらくそのざくろの木が植わっている場所そのものが、そもそも当初の予定では遊園地の範囲外だったんじゃないか?」
「え?」
「こっちでも遊園地の俯瞰図を見てみたが、どうも該当の一角だけが妙に歪にふくらんでいるようだな。例の地上げ問題と照らし合わせてみると、この箇所に何か余計な力が働いているとしか思えない」
「前社長が、無理やりこの土地も遊園地になるようにしたって事か?」
「可能性としては、そう低くは無いだろう」
「なんでまた、そんな事を」
そのせいで、死後とは言え、自分の行いがこうして世間を騒がせる問題になってしまっているのだ。
「ざくろの木だよ」多田川はすんなりと答える。
「木を一本植えたいが為に、こんな大事になるような事をやったって言うのか?」
「それほど、その木が重要だったという事だ」
「うーん」
「正確には、その木が植わっていた場所だな」
「場所?」
「因みに、六十五年前、ざくろの木の場所の近くに斯波家があったと言っていたが、その木が植わっていたのは民家か? それとも公園か?」
「いや、詳しくは……近くに斯波家があった程度しか調べてない」
「何をやっているんだ」急に多田川の口調が厳しくなった。「ざくろの木の場所に何があったかが重要だと思ったからこそ、図書館に赴いたのだろう」
「いや、そうなんだけど。色々思考が転々としてな」
「さっさと調べろ。住所もだ。それと、その後ざくろの木があった場所は忽然と姿を消しているはずだ。それが何年で、何に変わったのかも調べておいてくれ」
「いや、もうすぐ閉館時間なんだけど――」
「調べ終わったらすぐに連絡しろ。いいな」
電話がプツリと切れた。時計を見ると、閉館まであと十分も無い。
俺は再び図書館へと走った。地域コーナーの図書館員に地図の閲覧を申し出ると、彼は腕時計を見ながらも、どうにか対応してくれた。そして、遊園地の見取り図と住宅地図とを照らし合わせる。
どうやら、ざくろの木は斯波家の隣の家に植わっていたようだ。斯波家と同じくらい小さな四角形の中には「岩下」と書かれている。
「岩下さんの家に植わってたんですかね」
「多分、そう言う事なんだろうな」
次は六十五年前から遡って、この岩下家がいつ無くなるかを調べなければならない。これは大変な作業になりそうだ。閉館時間までには到底間に合わないんじゃないか――と思ったのだけれど、この作業はすぐに終わった。先ほど返却した地図から進む事一年。六十四年前の地図には、すでに斯波家、岩下家の表記は消えていて、変わりに、
『小前ヶ丘団地』
と書かれた、大きな四角形が幾つも記載されていた。遊園地のあった辺りは、その昔はスーパーマイドーが建っていて、更に昔には団地があったらしい。
何も無い場所だと思っていたけれど、こうして見ると様々な移り変わりがあるのだな、と感傷に浸る暇もなく、閉館を告げるアナウンスが流れる。
調べた内容を多田川に伝えると、多田川は「分かった。しばらく時間をくれ。こちらから連絡する」と言い、俺が自宅の電話番号を教えると、そっけなく電話を切った。もう俺たちに出来る事は何も無さそうなので、図書館を離れ帰宅する。
多田川から電話が掛かってきたのは、それから二日が過ぎた日の事だった。
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