第20話 聞き込み調査

 翌日の昼休み。エイコと共に隣の教室に赴き、多田川を呼び出した。俺は気が乗らなかったのだけれど、限られた情報から真実を見出すのは多田川の本領だし、そんなに悪い人じゃないというエイコの意見があったからだ。それに、もし誘拐だとすれば、警察からの情報が必要になるかもしれない。


 多田川は表情一つ変えず、弁当を片手に中庭まで付いて来た。道中の自動販売機でお茶を二本買い、一本を多田川に渡す。何だこれはと言いたげな多田川に「とりあえずの相談料だ」と言っておいた。


 校舎から体育館へ向かう通路の脇に、テーブルやベンチなどがある『中庭』と呼ばれるちょっとした広場がある。放課後などはここでのんびりする学生も多いのだが、食堂や売店からは離れているという事もあり、昼休み中の利用客はそれ程いない。予想通り、数人の生徒がいるだけで、幾つかのテーブルは空いていた。適当な席に座り、あらかじめ登校時に買っておいたパンを取り出した。多田川も対面に座り、弁当箱を広げる。

 適当な世間話をするという間柄でもないので、昼飯を食べながら遊園地での出来事を伝えた。勿論、可南子たちと出かけた事は、ややこしくなると困るので伏せておく。実際に人に話してみると、伝えるべき内容が殆ど無い。さすがに、推理するにも材料が少なすぎるだろうか。


「それで――」


 多田川はすでに弁当を食べ終えていた。箸を箸箱にしまいながら多田川は言う。「島井はどういう印象を抱いているのか、聞かせてくれ」

 チラ、とエイコを見る。エイコは多田川がどういう答えを導き出すのか期待をしているようだ。

「俺は、誘拐じゃないか、なんて考えたんだが」

 エイコが驚いて声を上げた。多田川も俺の言葉に小さく反応する。

「つまり、その少年は誘拐され、どこかしらで殺され、幽霊となって遊園地で両親を待ち続けている、と言う事か」

「そうだな」

「それは無い」

 あっさりと否定された。

「あ、そう?」

「子供が遊園地で誘拐されて殺された。両親に会いたい。ならば、両親の居る家に行けば良いだろう。小学校高学年くらいならば、電車の乗り方くらい分かるだろう。聞いた限りでは、その少年は頭も良さそうだ」

「幽霊は、電車には乗れないんだ」

「そうなのか?」

「意識の塊みたいなものだから、物体を通り越しちゃうんだそうだ」

「なるほど……」多田川は頷いている。心なしか楽しそうだ。「しかし、やはりそれでも、両親に会いたいのならば遊園地で待つ理由が分からない。どうしても遊園地で再会を果たしたいのなら話は別だが、普通なら自宅に向かうだろう。動けないわけでは無いのだから」

 多田川の言う事はもっともだった。遊園地にこだわる理由が無い。

「その幽霊にとっては、遊園地でなければならないんだ。その場所でなければならない理由がある」多田川は、人差し指を立ててそう言った。

「ところで、ざくろの木というのは、常緑樹ではないんじゃないか?」

 俺は、多田川が何を言い出したのかさっぱり分からなかった。

「ざくろは落葉樹です」

 エイコの言葉をそのまま多田川に伝えた。多田川はエイコの方向を見ると、小さく頭を下げる。

「あまりそういう場所に行った事がないから分からないが、遊園地に落葉樹を植えるものなのだろうか」

「どういうことだ?」

「遊園地は一年中開園しているものだろう。今の季節は花も咲いて綺麗だろうが、冬になれば葉は落ちる。少し寂しい風景だと思ってね」

 俺は、あのざくろの木が葉を落としている姿を想像した。確かに、植えられている場所とあいまって物悲しい雰囲気になりそうだ。

「あるいは、桜の木や銀杏ならば分からないでもない。日本人の多くに好まれているものだからな。しかし実際は桜の木ではなく、ざくろの木。そこには何かしらの理由がある筈だ。そして、その場所で待つ少年。ここにも理由がありそうだ。遊園地ならば、もっと目立つ場所は幾つもあるだろう? けれど、彼はざくろの木の前を選んでいる。少年とざくろの木。そこに何かしらの関係があるように思えるな」

「ざくろの木が植えられている理由か……」

「開園当初からいる人間に聞けば分かるかも知れないな。それとこれは蛇足だが、シバ・コーポレーションの前社長である斯波重慈(しばしげじ)は小前ヶ丘辺りの出身だそうだ。もしかすると、遊園地の設計に関わっていたかも知れない。まあ、こっちは当たりようが無いが」

「ううーむ」

 俺は腕組みをして、多田川の話を整理する。ともかくもう一度、遊園地に出向く必要がありそうだ。ざくろの木が植えられている理由を知っている人間がいるだろうか。

 多田川は立ち上がり、ポケットから名刺を取り出すと、テーブルに置いた。

「何か分かったら連絡をくれ」

 多田川の名刺には携帯電話の番号とメールアドレスが表示されていた。高校生のくせに名刺を持っているとは、恐ろしい奴だ。

 多田川はそのまま振り返る事無くさっさと校舎へと戻っていった。今日も部活を休む事になりそうだ。部員たちからさぞや白い目で見られる事になるだろう。


 その日の放課後、校舎の四階を一通り歩き回った。四階は主に二年生の教室で構成されている。しかし目当ての人物に出会えなかった為、学校を離れ遊園地へと向かった。直接家へ訪ねる事も可能だったが、またセーラー服だの何だのと、おかしな話に発展しかねないのでやめておく。

 平日だからだろうか、遊園地の入り口付近は閑散としていた。どこかのテーマパークとは違い、夕方だから安くなるというシステムが無いのだから、今から遊びに来るメリットは無いに等しい。帰る客ばかりだ。

 いくつかあるチケット売り場の受付をざっと見回してみたが、こちらにも目当ての姿は無かった。

「どうしましょう」という言葉とは裏腹に、エイコは楽しげだった。探偵気取りなのだろうか。

 入園料を取られるのも癪なので、園内に入らずに済む方法、あるいは金銭を伴わずに入れる方法を探す事にする。勿論、法律は犯さずに。

 チケット売り場の隣には『総合案内所』と書かれている建物がある。窓口には大学生くらいの女性が、何かの資料を読んでいるのか、手元に目線を落としていた。

「あのー、すいません」

 声を掛けるとその女性は慌ててプリントを裏返した。勉強でもしていたのだろうか。

「いらっしゃいませ。どうなさいました?」と、女性は素早く平静を取り戻し対応する。

「あの、お話を伺いたくてやって来たのですが」

 警戒をさせない為に、俺は学生証を提示しながら言った。制服を着ているのだから高校生なのは一目瞭然だと思う。

 受付の女性は学生証に目を向け、再びこちらに視線を戻す。

「どのようなご用件でしょう?」

 こちらの名前や高校が分かったからか、幾分柔らかい対応に変わった。

「僕は演劇部に所属してまして。次の大会で行う演目に関して、遊園地で働いている方にお話を伺い、参考にさせて貰おうかと思いまして」

「インタビューのようなものですか?」

「そうですね」

「具体的には……どのような内容でしょうか?」

 受付の女性はやや困惑しているいる。ひょっとしたら、会社の重役にでも話を聞きがっていると思われているのかもしれない。時期が時期だけに、敏感になっている可能性は充分ありえる。

「たとえば、整備士の方とか、この遊園地で古くから働いている方のお話が聞ければありがたいんですが」

 千円ちょっとの入園料の為に受付の女性と駆け引きをしているのも情けない話ではある。しかし、高校生にとって千円は大金だ。踏ん張り所である。

「整備士……ですか。当遊園地は、保守点検は遊具メーカーに外注しているので、常駐している整備士はいないんですよ。清掃員なら一人、古くから働いている人間がおりますが、今すぐ話を聞くのは、少し難しいかもしれません」

 事前にアポイントを取るべきだったようだ。とはいえ、今日思い立ったのだから仕方が無い。さて、どうしたものかと考えていると、受付の女性がこちらに顔を寄せて、声を潜めながら言った。

「駐車場に、誘導員として古くから働いている渡良瀬さんっていう人がいるから、その人だったら話を聞いてくれるかも。これ、私が言ったっていうのは内緒ね」

 そう言って女性はにっこりと笑った。

「ありがとうございます」

 俺が頭を下げると、受付の女性は軽く首を横に傾けて答えた。さあ、駐車場へ向かおうと振り返ると、口を尖らせているエイコの姿があった。

「なんだよ」

「平太って、女性の扱いが上手なんですね」

「なんだそれは」

「別に、意味はありません」

 何だか分からないが、エイコはふて腐れている。思えば、女性にそんな事を言われたのは初めてかもしれない。『お前は女が分かっていない』と様々な人から言われたものだ。


 昨日貰った遊園地の地図を頼りに、敷地のフェンスに沿って歩いて駐車場へと向かう。「P」と大きな看板が出ていたのですぐに分かった。

 何台くらい停められるのか分からないが、思ったより広くはなかった。駐車している車も数える程だ。駅からそう離れていないので、電車を利用する客の方が多いと見込んだのかも知れない。駐車場の入り口に差し掛かると、一人の誘導員が一台のセダン車を駐車場の外に案内していた。

 紺色の制服を着ているその誘導員は、中年というよりは、老人といった方が良いのかもしれない。赤い誘導等を大きく振り、空いた手で対向車を止める。出て行った客に「ありがとうございました」と声を掛け、停止させた車にも深々と頭を下げる。古くから勤めているという話を聞いたからかもしれないが、その動きは実に洗練されているように見えた。一仕事を終えると、彼は駐車場入り口の横にある詰め所へと戻っていった。

 どう切り出すかをあれこれと考えたが、単刀直入に聞く事にする。俺がここの客だと分かれば、おざなりな対応にはならないだろう。

「すみません」

「はい、どうしました?」

 ちょっとしゃがれているが、快活な声だ。名札には『渡良瀬』と書いてある。

「昨日、ここの遊園地に来たんですけれど」と言うと、渡良瀬さんは「それはどうも、ありがとうございます」と頭を下げた。思わずこちらも頭を下げてしまう。

「それで、遊園地の端に花ざくろの木が植えてあったのを見かけたのですが」

「花ざくろ……ああ、あるねぇ。花ざくろ」

「何であそこに植わっているのかを知りたいんです」

「よくあれが花ざくろだって分かったね。好きなの? 花とか」

 渡良瀬さんは思ったよりも豪放磊落な感じだった。俺は話を合わせるために「ええ、まあ」と頷く。

「へぇー、私はちっとも好きじゃないんだけどね」

 そう言ってパイプ椅子に体を預けると、何かを思い出したのか、渡良瀬さんは懐かしそうな顔をしている。

「あれはね、先代の社長が植えたものなんだよ」

「先代?」

「重慈さんね。シバ・コーポレーションの前の社長って言った方が分かり易いのかな。最初は普通のざくろの木を植えようとしたみたいなんだけど、開発部とかから反対にあってね。ほら、ざくろの実を子供が食べちゃって、体を壊されたりしたら大変だから。それで仕方なく花ざくろにしたんだよ。それでも反対されたんだけどさ、重慈さんは偉大な人だったから、半ばごり押しで決めちゃったみたいだよ」

「よくご存知なんですね」

「まあ、私も古いからねぇ。色々と話は聞くのさ」

「何でざくろの木なんでしょうか」

「さあねぇ……。でも、あの場所じゃなきゃ駄目だと言っていたみたいだね」

「それは、どうして?」

「そこまでは、ちょっと分からないな。でも、あの木の辺りは何の遊具も置いてないだろう? あれも重慈さんの命令でそうなったらしいよ」

「その理由は?」

「分からんねぇ。ああいう人だから、何か意味があったのかもしれないし」

 渡良瀬はそう言って腕組みをしてみせる。

「そういえば、前社長はこの辺りの出身らしいですね」

「よく知ってるね」と、渡良瀬さんは顔を綻ばせた。「この土地に思い入れがあったんだろうよ。この遊園地だって、そういう理由で土地を買い取ったらしいよ」

 強引なやり口だ、と批判されている。そこまでして手に入れたかった場所なのだろうか。

「皆は重慈さんの事を悪く言って、誠一さんを褒めるけどね。私は、重慈さんだって十分立派な人だと思うよ。一代で会社を築き上げた訳だしさ。そりゃまあ、その為にしてきた事は悪い事だけどね。なんて言うのかな……そう、ざくろの実みたいにさ、見た目は良くないけど、本当の所は味があるっていうか――これ、なんか違うかな」

 そう言って渡良瀬さんは豪快に笑った。

 遊び終えた客が駐車場にやって来て、渡良瀬さんは立ち上がる。あまり長話をするのも悪いので、俺は礼をして、駐車場を後にした。

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