最終話 アイアム ア ビースト

 ヒーローになることを夢想したこともあった。

 たとえば四月ちゃんが何か人生においてとても重大なことで悩んでいて、僕にしかできないような素晴らしい方法で僕が解決する。四月ちゃんとの絆は確かなものとなり、物語はハッピーエンドを迎える。そんな物語の終わりもあるのではないかとも思った。

だが現実にはそんな都合の良いことなどない。

 ではハッピーエンドが用意されていないとすれば、今までの人生、この物語の帰結として何があるべきであろうか。この人生に対する誠実な回答とは?

 この問いに対して僕は当然のように、首を吊るための荒縄を用意していた。当たり前だ。死、以外の答えなどまったく思いつかない。自分というものと、そして社会というものと誠実に向き合うのであれば、もう生きてはいられない。いつかまた、四月ちゃんにも巡り会えたならいい。そう祈って死ぬのだ。


 終わりは加速していく。

 家の天井に縄を取り付けると、僕は縄で作った輪の中に首を差し入れ、足下の台を蹴り飛ばしてジャンプした。縄がギュッと首を絞め付ける。

「ンゴッ、オウッ、オエッ、ンン、グ、ウエッ」

 やべえ、苦しい。何やってんだ僕。死にたくない。ちょっとした気の迷いだった。軽い心神喪失状態だった。苦しい。えっ、死ぬの? 無理。助けて、誰か助けて!

 その時、家の扉を開く音がした。

「ただいまー」

 四月ちゃんだ。大変だ、このままだと彼女にトラウマを残してしまう。

「!」

 彼女は首を吊ってジタバタする僕に気付くと、凄まじい速さで台所から包丁を持ってきた。僕はそれを受け取ると、急いで首を絞め付ける縄を斬った。

「ふぅ~」

 助かった。というか四月ちゃんになんて言い訳しよう。まあいいか、いつも通り適当に誤魔化そう。きっと彼女は僕が何をしようとしていたかなんてわかっていないだろう。

「あのね、四月ちゃん……」

 言い訳をし始めようとすると、四月ちゃんはこちらをまっすぐに見据えた。

「メッ!」

 普段物静かな彼女が、大声を出した。お叱りの言葉だ。僕はあまりの意外さに少し呆然とした後、彼女の眼を覗き込んだ。

 凄まじい怒りを湛えていた。そんなことは絶対に許さないと、その眼が叫んでいた。そうか、彼女は今までも全てわかっていたのだ。きっとわからないふりを、無垢なフリをしていたのに違いない。

 そしてそのかわいいかわいい四月ちゃんの怒りの眼は、僕の奥底に眠る獣の本性を呼び覚ました。そう、つまり、僕は彼女に怒られてバッキバキに勃起していたのである。バッキバキに、勃起を。

 そうだ、思い出した。これが僕の本質であった。自己実現しようとしたり、社会性だの人生だのを考えて自殺しようとするのは、まったく僕の本質ではなかった。僕は性欲に従う一匹のケダモノであったのだ。

 獣として生きよう。獣は自殺をしない。自己実現だってしない。ただ生きるだけ、生きるだけなのだ。

「ごめんなさい!」

 僕は彼女に謝罪すると、家を飛び出した。

「えっ、ちょっと! おにいちゃん、どこいくの!?」

 グララアガア! グララアガア! 股間の獣も大暴れ! 

 彼女には申し訳ないが、今は覚醒の喜びに、この東京ジャングルを走り回らせてほしい。

 ただ一匹の獣として生きよう。社会など、自分など知ったことか。

「あそこが苦しいです、サンタマリア!」

 そう叫んで僕は彼女を置いて家の外へとランナウェイするのであった。


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