第9話 もうダメだ

 答えのあるものは、簡単に解けてしまうわ!

 そんなものより!

 解けない愛の方程式!

 それが大事!

 こんばんは、皆さん。そうした愛などの大事なもの全ては、一瞬で僕の目の前を過ぎ去ってゆきました。僕は映画館の座席に座って動かず、そうした大事な全ては僕とは無関係に映画として上映されていきました。周りの人間は皆、映画の世界の住人でした。僕一人は観客として、世界から隔絶されていたのです。僕はポップコーンをぽりぽりと食べながら映画を観ていました。ボーッと見ていたらいつの間にか上映は終わりました。映画の中の主人公たちは幸せになりました。僕は観ているだけだったから、幸せにはなりませんでした。「ああ、映画が終わったな」とただ思いました。全ては僕と無関係でした。過ぎ去っていったのです。そうしてとうとう僕の精神は極まりました。

「ああああああああ!」

 部屋の壁をバールで殴るとバキッと鈍い音がした。

「なんだこの人生は!」

 一矢報いなければ。

「こうしてはいられない、一矢報いなければ。僕の人生を押し潰そうとする不条理に対して、一矢報いなければ!」

 ひとまず真っ暗だった部屋の灯りを点けると、視界は一面真っ白になり、目が灼けるように痛んだ。

「ぐわあっ! 眩しい!」

 他人の幸福だけでなく、部屋の電灯すら僕には眩しすぎる。

 暗い部屋に慣れすぎたか、あるいは日陰者である自分には部屋の電灯すら明るすぎるとでも言うのか?

 まるで、太陽に背中の翼を溶かされたイカロスのように、僕はゆかに堕ち、悶え苦しんだ。

 不条理の魔の手が、僕の部屋の電灯をも侵していたのだ。

「こうしてはいられない……急がなければ……急がなければ!」

 パソコンを立ち上げ、インターネットブラウザで日本の総理大臣のSNSアカウントのページを開き、メッセージを送りつけた。

「@総理! 日本の経済戦略・クールジャパンとして、アニメ・漫画を海外へと広めた手腕、お見事でした! 思うのですが、日本の漫画といえばロリ・キャラクターであります。そのロリ・キャラクターのクオリティをさらに向上させるため、結婚可能年齢の大幅な引き下げをしてはいかがでしょうか!? ロリと結婚できたら、めっちゃ男性器が気持ちよくなってアニメーションのレベルも上がるのでは!? これは真理だよ」

送信完了。

 このメッセージで世界に一石を投じて波紋を起こす。今は小さな波紋だが、徐々に広がっていきやがては大きな波紋となるだろう。そうして政治を変えることで、自己実現を果たすのだ。痛みなくして改革なし! 破瓜!

 ようし、次は国会議事堂前でデモだ!

 僕はダッシュで駅へと向かった。


 国会議事堂前に着いた。なぜか僕以外に人は集まって居なかった。

「皆、日本の将来を思う気持ちが足りないんじゃないか……? このデモは世界をより善くするためのものだというのに……」

 憂国の士の少なさに、少し気持ちが折れそうになる。しかしこのデモに僕以外がいないのも、仕方のないことかもしれない。デモをやるとは誰にも伝えていないのだ

 ともあれ、僕はデモを開始した。

「結婚可能年齢の大幅引き下げを要求! 結婚可能年齢の大幅引き下げを要求! ていうかロリと結婚させろ! 僕に可愛いロリを見繕ってくれ!」

 大声を出した。僕は世界に爪痕を残す。せめて一矢報いてやる。インモラルだ。道徳に背を向けろ。世界への復讐。破瓜血は最高。

「ロリと結婚させてくれー! 頼むー!」

 これが僕の自己実現だ。ホンモノの人生が欲しい。ニセモノはもう嫌だ。今を強烈に生きてみせる。生々しい僕の姓を、この東京のど真ん中に突き刺してやる!

 ここで一句!

 大都会!

 僕のチンポが!

 ブッ刺さる!

 五ォ、七ィ、五ォォ!

 そうしていると、警察官らしき男たちが近づいてきた。公安か……?

 この社会にとって有意義なデモを潰す目的か!? なぜ!? 総理、やはり魔王だったのか!?

「逃げろ!」

 僕はデモの参加者に呼びかけた。僕しかいなかった。脱兎の如く、逃げ出した。

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