2話 会談
ゴドウィンは久しぶりに、頭を抱えたくなる問題に直面していた。月から使者が来て会談の場が設けられたのだ。管理塔の上方にある機密室のうちの一室。長方形の机を縦にして、皇を映すスクリーンを一番奥に、その向かいを空けて自分の向かいに塔主と動力炉主任が並んでいる。
だが、その中に味方はいない。それどころか三人の立場は個別で敵のようなものであり、皇は飛鳥の立場を優先する。つまり何もしないのと同じ。
皇とは古くは天皇と呼ばれた存在。飛鳥が飛翔するに合わせて名前が変わり、元々の人々を束ねる象徴だったものが引き継がれ、飛鳥の形式的な代表となっている。そのため天皇であった時に比べて知名度は低い。そして、飛鳥を管理している側としてはその方が都合がよい。
扉を開けて男が入ってきた。
「失礼する。月面都市『ユーロピア』のジョセフ・アーウィンケルだ」
大柄な体格を抑え込みゆったりとした堅苦しいスーツ姿は着慣れているものだ。威圧するような雰囲気を身に纏い地球の言葉を流暢に話す姿勢は、月が飛鳥へと伸ばす手を明らかなものとしている。それを隠しもしないのは力の誇示か。
『遠い所をご苦労である』
皇が声を発した。薄絹を隔てた顔は映像が存在する意味があるのか分からない。しかし声には飛鳥を背負うという気概は見て取れた。
ジョセフが空いていた席に座り会議が始まった。
口火を切ったのはもちろんジョセフだ。
「あの砲撃はなんなのだね? 月からでも観測できたぞ」
左右に首を振り視線の先は定まっていないが、正面の二人はゴドウィンを見ている。隠し立ては得策ではないと判断して、ゴドウィンは続ける。
「スター・ハンマー。地上を撃つための兵器です」
「そんなものがあること自体が問題とは思わないのかね? 我々はその脅威に怯えることとなるだろうな」
「それには及びません。あれの射程はせいぜい60㎞、月まで届くことはありません」
「そうかな? あの兵器はエネルギー砲だが砲身だけでも異様な長さを持っているではないか」
「たとえ距離の問題が解決したとしても大気を忘れてもらっては困ります。電離層、オゾン層、磁気圏、プラズマ圏、これらを超えてゆけるエネルギーなどありません。物理兵器にしても砲身の長さが足りない」
それくらいのことは分かっているだろうに。そもそも地表という台座があるだけ月の方が長々距離砲撃兵器は作りやすく、知識もあるはずだ。その上でこうして聞いてくるのはこちらの動揺を誘っているのだろう。
「だとしても、だ。あなた方がかように強力な兵器を持っていることは条約に違反するのではないかね。あれを元にいかなる兵器を製造することも可能ではないのか、それによってバランスが崩れることはないのか。月としては飛鳥が攻めてこないか不安でなあ、それをはっきりさせてほしいのだよ」
言葉尻を崩してさらに威圧感を出そうとする。しかし、そこまで踏み込むと飛鳥が黙っていない。
「それは、月が飛鳥と敵対する意思があるということですか?」
やんわりとした女性の声がゴドウィンとジョセフの会話を遮った。塔主の発言である。だが、その内容は彼女の目と同じで温かいものではない。何か言おうとしたジョセフを遮って口を開く。
「我々がスター・ハンマーを持つのはあくまでも自衛のため。エンタングルの脅威から我が身を守るための武器として、です。条約違反をする気はありませんが、あなた方がそう感じるというのでしたら、それは我らを信用できないということと同じ」
「敵対とは大げさな。そもそも事の発端は飛鳥が条約に違反している可能性があることじゃないのかね」
「では、月は飛鳥と友好関係でいたいということですね」
「もとよりそのつもりだ。条約もそのためのものだろう? だが飛鳥が誤解または感知していないだけで条約に違反しているものがあったとなれば問題ではないのかね」
こちらに非がなくても捏造すればいい。捏造しなくても技術を盗めればいい。技術を盗めなくても技術の程度を測れればいい。技術の程度を測れなくても飛鳥がどのような状況にあるのか知れればいい。つまり、ここに来た時点で彼の目的は半分達成されているようなものだ。
「それこそ問題ではないのですか? 」
「あー、ちょっといいかね」
次に割り込んだのは動力炉主任だ。小じわが増えた中年の女性で、見た目も声も冴えないが、こと飛鳥を動かすことに関しては誰よりも詳しく、過去の技術を再誕させる技量まで持っている。
「あの砲撃は飛鳥に多大な負担をかける。一度撃つだけでも住民と飛鳥の存続が脅かされるんだ。それを理解してもらえないか」
「それは、本当の事かね?」
「ああ。だからみだりに使用することは……」
しゃべり始めた口をジョセフが叩き潰した。
「ではそんな危険なものは取り払うのがいいのではないかね! そう、飛鳥のためにも月のためにもそうする方がいい」
失言だ。ゴドウィンは心の中で小さく舌打ちをする。この場での発言はすべて利用されるということを分かっていないのか。
『少々声を落としてはもらえないか……それは飛鳥のためを思っての発言である。そもそも飛鳥はエンタングルという未知の敵を相手にしなければならないのだ。多少の武装は必要であろう?』
皇の補佐が入る。声音は、この場を少し面白いと感じているようだ。それも仕方がないが少しは自重してもらわないと“押し付け”となってしまう。皇とはそういうものだ。ゴドウィンは嘆息する。どれだけ直接の権限がこの三人にあろうとも象徴の権力を持つ皇が代表として優先される。歪ではあってもこのシステムは彼らの気性に合っていた。
だが、その権力が象徴であっても実力があれば話は変わる。
「そう言われてもですな……こんなものを使わなくとも飛鳥は脅威に対応できていたでは、ありませんか」
『それでは対抗できないものだったのである。聞けば月にはエンタングルが来ないとのこと。一身に負担を背負うことになる我らの事情を斟酌してくれまいか』
「それは、脅威が月にも迫ることを示唆しているのですかな? 飛鳥の力では脅威を排除できないと?」
ジョセフは押し付けるように身を乗り出し皇に威圧をかけた。完全に舐められている。それでも皇は冷静に返答をした。
『これまではな。しかし新たなエンタングルが確認されたのでは未来は判らぬ。それとも月では、あの雲海の下で何が起こっているのか知ることができるのかの?』
「そのようなことはありませんがな、それは飛鳥が兵器を持っているということとは別の問題」
『ならばスター・ハンマーがなくともワンダーゲート級のエンタングルを倒せるだけの戦闘機が必要であるな。それだけの資材は飛鳥にはないだろう。――どうかの、塔主?』
話の対象を変えた皇にジョセフが反論するより早く彼女は答えている。
「戦闘機一機の製造にかかるコストは飛鳥が一月に消費するエネルギーと資源の倍以上ですね。現在の生産状況ですと損失分の戦力を確保するには、これ以上の損失を考慮しないでも一年以上の時間が必要です」
このままではエンタングルに充分に対抗できない可能性がある。ワンダーゲートが再び現れでもしたら、スター・ハンマーは確実に必要となる。
ゴドウィンは皇の言葉を継いでねっとりとジョセフに語りかける。
「判りましたか?」
「飛鳥が脅威に対処する力がない、ということはな」
「スター・ハンマーがなければの話ですね。だがそうなれば月も危ういのではないのでしょうか?」
「……ふん、調査のために時間を頂きたい」
そこまでいけば充分だ。この場での決定がないのなら時間は稼げるだろうし、出鼻をくじけばアドバンテージはこちらにある。
「では、いいですか? 日程は協議のうえで」
「まだるっこしいわ。船に人を乗せておる、これからすぐに見させてもらおう」
塔主と主任が身体を固くする。対してゴドウィンは落ち着いた様子で言う。
「いいでしょう。ご両人も、大丈夫でしょうな?」
嘗めるようなゴドウィンの視線に二人は頷いた。だがそれはぎこちなく、彼の意見に賛同したものではない。
『それでは、まずは管制から回るのがよいのではないかの』
「ではそうしましょう」
皇の言葉にゴドウィンは優雅に一礼をした。
「では行きましょうか」
ジョセフが苦々しげに睨むのにも動じず部屋を後にし、ジョセフ後を追う。その後ろで皇の中継が切れた。
残った二人は顔を見合わせる。塔主は端末を出して操作し、動力炉主任は手持ち無沙汰に指を絡ませて、
「どうするかね。ゴドウィンのやつに主導権を握られるぞ」
「きっと、隕石獲りに出ている戦闘機乗りたちから知らせでもあったのでしょう。それともあれから準備をしていたのか……」
苦々しげに塔主は言う。対する主任は気楽な様子だ。
「気の長いことだな。だが時間を稼いでくれたのはよかった」
「よいものですか。この短時間でできることなどほとんどない。……まだ後始末も終わっていないというのに……無様に動けばボロが出る。かといって何もしなければさらに大きな問題となる。ゴドウィンにとってはどちらでもいいのでしょう」
「お? 何か隠したいことでもあるのかい」
「真面目バカなあなたたちと違って私たちにはやるべきことがたくさんある。そのうちの一つですよ。ただ、月と飛鳥は違います」
「真面目バカとは面白い感想だね。わたしは自分の仕事をしているだけで怪しまれることはなにもないよ。それは専門家なら判るだろうさ」
「判らなかったことにする、という方法もあるのですよ」
「そうだけどね」
そこで言葉を切る。
「わたしは主任だ。でも動力炉はわたしがいなければ動かせないというわけじゃない。職員にスター・ハンマーのことも知られてしまったしね」
「だとしたら、問題はさらに大きくなるのではないですか? あなただけの問題でないとしたら――」
「大丈夫だよ。元から秘密があることが公然だっただけさ。今でもそういう風に振る舞うようにさせてある」
何を言ってものらりくらりと逃げる。ゴドウィンとは種類の違う扱いにくさがある。
「……それがうまくいけばいいのですが」
「自分の心配の方が先じゃないのかい」
「……もう作業しています」
権力を持つということはそれだけ責任を負うということでもある。自分に能力がないということはないが、それでも手元にあるものを維持するだけで手一杯だ。そこに新たなエンタングルの出現と月の横槍である。もう管理塔が家のようなものである。
「皇も皇だけどね。バランスを知って欲しいよ」
「協力してもらっている身としては、あれこれ言うのは憚られますが……。こういった場に出てくるなら自制を発揮してほしいものです」
皇に探られて痛い腹などない。飛鳥の象徴として存在し、彼のみができるたった一つの作業を常に行っているだけなのであるから。この会談だってその片手間に過ぎない。それで飛鳥を危うくさせるようなことがあってはならない。
「――ともかく、皇にはあとで進言してみます」
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