4章 墜落

 時刻は2時半。他は知らないが奏にとってはこれから飛ぶ時間だ。残り30分、月影隊が帰って来るまでの間を格納庫で過ごす。欄干の上から整備中の戦闘機を見下ろす隣には暁と倉橋がいて、奏は二人に挟まれていた。

「で、どうだったんですか、昨日は」

「どこまで行っちゃったのかな~?」

 二人して身体を寄せてくる。

「どこまでって、『珍清川館』っていう店だけど」

 そういうことじゃない、と二人は首を振る。その様子から何もなかったと悟り攻め手を変えた。

「そういえば昨日の服、似合ってたじゃない。シェノラに感想を送っておいたわ」

「へぇ、そんなことがあったのか。早く帰って来るべきだったな。見せてくれよ」

 倉橋は携帯端末の画像を暁に見せる。ふうん、とうなずいて、

「俺の服を参考にしたな。でもよくまとまっているんじゃねえの」

「ちょっと、シェノラのセンスにケチつける気?」

「別に本心ならいいじゃないか」

 奏を挟んだまま睨み合う。間で奏は柵に手をついて身体を宙に乗り出す。

(まだかなあ)

 月影隊に早く帰ってきてほしい。こうして騒がしいのはあまり好きじゃない。でも、シェノラと騒ぐのなら……?

 下から合図がある。乗れるということだ。降りていくと、搭乗前に全員が隊長のところに集まっていた。

「久し振りに俺も飛ぶぞ」

 身長は175㎝。少々痩せている見た目だが、身体は鍛え上げられ余分な筋肉すらそぎ落としているためだ。声はゆったりとしたバリトン。堂々たる態度と合わせて誰もがこの人に心を委ねてしまう魅力を持つ。

 クロイツェル・星和ほしかず。おそらくこの飛鳥でもっとも有名な勇者。つい昨晩まで機体が修理中だったので、ここ2週間、戦列を離れていた。

「みんな元気そうだな。特に奏と暁、メルトブルーを2体倒したとはよくやったな」

 視線が二人に集中する。暁はどこか誇らしそうだが奏にとってはあまり興味のないことだ。だから、羨望も嫉妬も気にしない。

「他の皆もご苦労だった。それに倉橋・仁美か。よく精進しているようではないか」

「え、えっと、ありがとうございます!」

 倉橋の頬が赤くなる。少し興奮して、上記しているようにも見える。

 うむ、とクロイツェルは頷いた。

「俺がいない間にエンタングルに変化があったというのは聞いている。それに備えて連携を取るための訓練をするように言い渡されていることもな。だから形だけでいい。今はそうしているように見せておけ。それはお前達に期待していない」

 はっきりと言い切る。整備員もいる中でいい度胸をしているが、それを吹聴するような輩はここにはいない。話したとして、彼の言葉は真実であるし、それ以前にクロイツェルに面と向かって逆らえる者はいない。唯一、管制室室長のゴドウィンだけが対等に進言できる。

「しかしお前達が無能というわけではない。お前達は己の技量を磨け。真に必要なのはエンタングルを倒すという、ただ一つの事実である。その点において、お前達は誰よりも優れている。それを忘れるな」

 雷土隊には一種の諦念にも似た雰囲気が漂っていた。まあ、やってやりますか、という風に。説教というか活を入れるというか、どんな経過を経てどんな形になっても結果的にやる気を出させる。しかもただの熱血ではないし実力もある。だからこの隊をまとめられているのだ。

 雷土隊は7人で構成されている。隊長、自分と暁、倉橋の他は、カレルヴォ・カネルヴァに瓜生うりゅう雅彦まさひこ露堂ろどう水早みはやだ。いずれも劣らぬ曲者揃いだというのは全員の共通事項だが、変える気がないというのも共通している。本当に、クロイツェル隊長がいなければお荷物になっていただろう。

 7人はそれぞれの戦闘機に乗り込む。暁は閃竜。倉橋は蒼竜。クロイツェルは蒼竜Ⅲ式改改。カネルヴァは蒼竜Ⅰ式改。通常の蒼竜に砲撃武装をつけ、さらに狙撃武装を追加したもの。瓜生は紅竜Ⅰ式。主翼と尾翼を大きくし、防備に力を入れたもの。露堂は紅竜Ⅱ式改。紅竜の主翼を稼働しやすくして大きくし砲撃武装を増やしたものだが、露堂の場合は主砲も別のものになっている。そして自分は嵐剣。

 格納庫の扉が開き月影隊が戻ってくる。暗闇に星明かりのきらめきを背負い、格納庫に滑るように進入し、着陸する。六機が格納されて、今度は自分たちが飛び立つ。20mの滑走の後に飛翔、七機はくの字になって夜天の空へ飛びだす。

ある程度、飛鳥と離れるとクロイツェルから指示が出る。

『連携なあ、まずは二機で飛んでみるか。水無月と露堂、やってみろ。距離は10mを保っていれば、背面だったり縦列だったり何をしてもかまわん。速度は指示するが、最初はマッハ0.2からだ』

 指名された二機が前に出る。他の五機はそれぞれ二機の後ろや横に適度な距離で着いていく。

 しかし、数秒も経たないうちにその難しさが分かった。5mという距離は、うまく姿勢を整えないと互いに発生させる気流が干渉し合って飛びにくい。最悪、弾き飛ばされてしまう。さらに双方で速度が微妙に違うのだ。正確な速度を出していると思っていても最後には感覚が優先される。だから縦列も難しい。

『こんなこと、やる意味があるんですか』

 露堂が呟く。強く考えたことは七人すべてに共有されている。

『意味はないな。しかし、それすらできないのかと、隊の評価が下がることはあるかもしれん』

 舌打ちが返る。器用なことだ。しかし露堂も文句は言わない。閃竜と並んで飛び、2分後にはきちんと飛べるようになっていた。縦列と並列を交互に繰り返している。

『次は音速を越えてみるか。距離は10mまで開いていい』

 と思ったのもつかの間、さらに辛いことをクロイツェルは言う。今度は暁から嫌気の意思が流れ込む。それでも何も言わない。いくら個人主義とはいえ空を飛ぶことに関しての誇りはある。これくらい飛べなくては、戦闘機乗りの沽券にかかわる。二機はそのまま速度を上げる。

 今度の成功には5分かかった。やはり音速を超えると衝撃は凄まじく、常に角度を調節していなければ難しい。

『お前達、何を見ているんだ。やってもらうぞ。ああ、倉橋はまだな』

 三人の顔が歪んだのは言うまでもない。

 奏が組んだのは瓜生だ。格闘性能を重視した紅竜を、さらに格闘戦に特化させた紅竜Ⅰ式は速度が遅い。それが奏には物足りない。渋々ながらも速度を落として紅竜Ⅰ式に合わせて飛ぶ。すると瓜生から通信が入る。回線を開いて実際の速度で考える、高速飛行中には危険な行為だ。

『速く飛べるだけでいい気になるなよ』

 それだけ言うと回線は切断される。瓜生は戦闘機に関して誰よりも自信がある。戦闘機を一番知っているのは自分だ、一番うまく飛ばせるのは自分だ、性能を一番うまく引き出せるのは自分だと。それが正しいのか奏には分からない。しかし瓜生が、絶対に乗れる可能性がないということでこの嵐剣とひいては自分に並々ならぬ熱意を注いでいるのは知っている。自分用の仮象訓練装置を据え付けたのも彼の力によるところが大きい。

 それでも、時々ああしたことを言ってくる。

 段々と速度を上げる。距離を離し、衝撃波をできるだけ抑えるために翼の角度を調整。いつもは気にしていないことを意識して、飛び方も少し不自然になる。バランスを崩すほどではないが無駄だと奏は思う。自分の意のままにならないところが見えるなら直していきたい。そう思いながら飛んでいく。

 クロイツェルとカネルヴァのペアはうまく飛んでいた。互いに蒼竜をベースにした機体だからか、お互いに腕がいいのか。他のペアよりも速く安定して飛べるようになっていた。

 仁美はその様子を見ていながら飛ぶ練習をしている。できるだけ速く精確に飛びたい。周囲に気を配りながらそれができれば足手まといとは言われなくなるだろう。そうすれば訓練課程も早く終わって、正式な戦闘機乗りになれる……

 今度は三機、次は四機でと数を増やしながら同時に飛んでいく。

 それが終われば3対3の空中戦だ。クロイツェルと暁と瓜生が組となり、奏はカネルヴァと露堂と組む。砲弾はペイント弾に換装しビームはレーザーポインターとなっている。どちらかがどちらか全機にペイントをつけた時点で終了だ。両者の距離は2㎞。空中をゆっくりと旋回しながら、クロイツェルの合図と共に発進した。

 両組とも二機が前に出る。クロイツェルと瓜生、奏と露堂。空中でぶつかるのは紅竜。紅竜は機動力が高く、遠距離からでは滅多に当てられない。互いに牽制し合ってすきを窺っている。

 蒼竜は遅い。機動力も紅竜ほどではない。だがそれは基本機体での話だ。

 奏は前方を行く蒼竜を追い越せなかった。クロイツェルの操る機体は改造型に改造を重ね、蒼竜と呼べるのはフレームだけになってしまったような代物だ。それだけにクセも強くクロイツェル以外には乗りこなせない。しかし嵐剣と同じで、乗るべき搭乗者が乗ればその力を最大に発揮する。

 どれだけ速く飛ぼうとしても必ず正面にペイント弾が撃たれる予測がある。下手に動けば邪魔をされ格闘戦に持ち込まれる。嵐剣は一撃離脱の機体で格闘戦は得意ではない。

 突然、蒼竜Ⅲ式改改が高度を落とした。彼方からペイント弾が撃ち込まれたのだ。その主はカネルヴァ。狙撃の名手にして後方支援と攻撃を同時に行う、蒼竜を改造した機体の中でも最も異端の機体を操る男。狙撃に特化した機体は運動性能を元の蒼竜以上に高め、命中率を上げている。代わりに接近戦が苦手だが後方にいるかぎりは安心できる。

 その蒼竜Ⅰ式改を追い回すのが閃竜だ。高速機動に優れた機体は一見乱雑な軌道を描いているようで、実は他の機体に衝撃波を当てて動きを鈍らせている。つかず離れずでカネルヴァを邪魔しながら他も牽制する。嵐剣も姿勢を乱される。妨害と支援、暁の真骨頂だ。

 しびれを切らしたのか瓜生が攻勢に出た。レーザーポインターを乱射して動ける範囲を限定しつつ暁の援護でさらに追い込み、ペイント弾を20mの超至近距離から発射する。露堂は翼を畳み回転し、それを叩き落とす。そして急加速で衝撃波を発生させ、追おうとした紅竜Ⅰ式の姿勢をわずかに崩させ、そこに蒼竜Ⅰ式改が発射したペイント弾が直撃した。ご丁寧に翼の付け根に赤が付着する。

瓜生は遠くで自主練をしていた倉橋の元へと飛んでいく。

 脱落者を見てクロイツェルが動いた。嵐剣に向かって反転し、ペイント弾二つを囮に動きを落とさせて蒼竜Ⅰ式改へと加速した。蒼竜Ⅲ式改改にはエンジンポットが搭載されている。嵐剣のものを再現して作られたもので、瞬間的な速度なら嵐剣を上回る。

 引き離された嵐剣は加速して蒼竜Ⅰ式改の援護に向かう。それがクロイツェルの狙いだ。閃竜は加速から脱した紅竜Ⅱ式改へ強襲をかける。露堂の機体は格闘より機動力と射撃に優れている。レーザーポインターが空中に線を引き閃竜を捉えようとする。しかし閃竜はそれらをすべて避けきりペイント弾を発射。目標は、蒼竜Ⅰ式改。急激に追いついてきた蒼竜Ⅲ式改改に向けて砲を向けていたカネルヴァは逃げきれず被弾する。

 その瞬間、嵐剣は蒼竜Ⅲ式改改に追いついて、追い抜きざまにペイント弾を発射する。蒼竜の翼が赤く染まり奏は少し意識をとられた。そこにレーザーポインターが照準された。閃竜は紅竜Ⅱ式改を仕留めていたのだ。嵐剣もそれは見えていた。だがクロイツェルの機体を仕留められるならいいだろうと思ったのだ。

 その後は最初にやった訓練に戻る。そして気づいた時には二時間が過ぎていた。

 5時。太陽が昇る。闇だった空が明けの光を浴びて茜色に染め上げられていく。もう一時間もすれば赤は引いて藍色が到来するのだ。

 その様子にふと目を奪われた時、七機に警告音が鳴った。

『エンタングル浮上……このタイミングでとは』

 夜と朝の分空界。その稜線に出現した暗光。もう少し遅ければ光の射さない中で戦えたのに。飛鳥との距離は181㎞。こことの距離は、飛鳥を背にして直線で42㎞。

 雲海から浮上する三つの影。それがクレイドルとグラスプだと分かった瞬間、奏は機体を雲海へと降下させていた。クレイドルの中のエンタングルは、排出される前にクレイドルを叩けば跳躍までに隙ができる。そこを倒せば手間を取られない。ほぼ同時に蒼竜Ⅲ式改改と閃竜も飛び出していた。雲海との距離は約3㎞。

 速度を持つ三機は一直線に降下する。その進路上にグラスプが立ちふさがる。数は2体。パルス砲は換装が終わっている。まず嵐剣が先行しグラスプの間をすり抜ける。それを、暁とクロイツェルが支援する。グラスプは二機を無視して嵐剣を襲いに跳躍した。

『やはり無作為にこちらに襲うわけではないか……』

 二機はクレイドルに急行する。中身が不明な以上、倉橋を戦闘に参加させるわけにはいかない。帰還の意を彼女に示しながら、倉橋と同じ位置にいた瓜生がこちらに来るのを感じる。

 クレイドルが浮上した。嵐剣との距離は12㎞。奏はその距離をもどかしく思う。その正面にグラスプが突出する渦が見えて、パルスを撃ち込む。グラスプが引きずり出されて、その後方から別のグラスプが突出した。

『また重ね合わせか?!』

 片方のグラスプを囮に使いもう一体でこちらを仕留めにかかるという魂胆だろう。だが甘い。

 20㎞後方からパルス砲がグラスプを射抜く。カネルヴァの狙撃は数十の数となってグラスプを襲う。パルス砲でもこれだけの数があれば充分痛手となる。閃竜がそれを斬り、さらに奏が前の方のグラスプを斬り裂いて、障害は無くなった。クレイドルまであと5秒――2秒――1秒。翼がクレイドルを切り裂いた。

『空?!』

 だがその中にはなにもいない。クレイドルは中身を排出したのだ。それがいつのタイミングか分からないが、すぐに反応が出るはず……

 反応が出ると同時、雲海から巨人が浮上した。全高30m、光り輝く人の形をしたそれは紛れもなくエンタングルで、その周囲を3体のグラスプが巨人を守るように回っている。巨人の名はカレイドスコープ。朝日を反射して周囲には光の粒子が躍っているようで、輪郭もはっきりしなくて、ただ腕が二つと脚が二つと頭があるようにしか見えない。

 慌てて奏は嵐剣を反転させる。距離はたったの300m、闇雲に――この場合は光雲に――行動してもこいつは倒せない。他の戦闘機も下がって、距離は2㎞。

『久しぶりのカレイドスコープだな』

 クロイツェルは動じない。エンタングル。それは人類の敵であり、人類に倒されるべき敵であるとこの男は確信している。その種類がなんであろうとどれほど強かろうと、倒すだけなのだ。

『全機に告ぐ。まずはグラスプを叩き、それからカレイドスコープを倒す』

 言葉はそれだけ。各機はバラバラに動き出す。それなのにすべてが有機的に動き出す。互いが互いを利用し誘導し決してなくてはならない武器として扱う。己が選択する手段、選択した武器、それらに己の信を預けるのみ。誰よりも個でなによりも一となる。

 グラスプは3体まとめて空間を跳躍する。1体は5㎞離れた後方に、2体は鼻と鼻の先、50mの距離に。だがその位置は分かっている。後方はカネルヴァが、前方は暁とクロイツェルがパルス砲を撃つ。だがその位置は、ずれる。渦の上方下方、微妙に中心から外れた場所を通過していく。いや、一つだけ当たった。カネルヴァが放っていたのは5つの砲。落ちるように空間に出てきたグラスプは嵐剣が斬り裂いた。

 カレイドスコープは存在するだけで光の屈折率を変化させる。照準が合わないのは当たり前、観測機器や衛星へと届く映像も変化させてしまうので記録もとりづらい。しかし、最大の特徴は万華鏡の名が示す現象だ。

 カレイドスコープの身体がぶれた。空間が引き裂かれるような違和感を残してそこにいるのかいないのか曖昧になって、それが終わるとカレイドスコープが2体になっている。さらにぶれる。約0.5秒の時間を置いて3体、4体と分裂する。見るたびに幻像が増える、万の華とはよく言ったものだ。分裂する数は最大で12。

 援軍は来ない。担当の隊でない限り、危険な状況にならなければ担当の隊のみで戦うようになっている。戦闘機が多くても動くのに邪魔になる。それに休息も必要だからだ。

 外れた砲撃から屈折を演算し、閃竜と蒼竜Ⅲ式改改は再びパルス砲を放つ。50mをグラスプは跳躍しない。二機はエンジンを逆噴射させ、緑色に輝く手から逃げる。

 その後ろから急襲するのは紅竜が二機。パルス砲を撃ち――今度は命中。だがグラスプはまた跳躍する。突出点は蒼竜Ⅰ式改のすぐ30m。2体で挟む形だ。それを察してなおカネルヴァは攻撃を選ぶ。パルス砲は渦の中心だけでなく外側まで照準され、蒼竜Ⅰ式改は渦に対して正面を向き、後方に力をかける。

 カネルヴァは一つの渦に向けて四門のパルス砲を斉射、片方だけが一瞬だけ早く突出したところに光条を叩き込む。屈折率の変化は織り込み済みだ。同時に機体の後方を下げ、発射の勢いとエンジンの逆噴射で後退しその場から離脱する。グラスプが1体、光の中に飲み込まれる。

 もう片方に襲い掛かるのは閃竜。こちらは渦の反対側にパルス砲を撃ち、突出する方向も誘導していた。そこを斬り裂いて、グラスプ3体は消滅する。ここまで5秒と経っていない。

 残るはカレイドスコープ。その数は5体に増えている。どれかが本物であるのではなくどれも本物、すべての核を破壊しない限り消滅しない。

 カレイドスコープが動く。攻撃方法は人で言う白兵戦だが、人と同じ構造をしているだけ対処が難しい。伸びてくる腕をかいくぐり嵐剣は核のある身体の中心へ飛ぶ。胴体の幅は約7m。穴を開けなければ核には到達しない。まずはSD砲を撃ち込む。

 同じタイミングで二機の紅竜と蒼竜Ⅲ式改改は別のカレイドスコープに攻撃を仕掛ける。どれも同じSD砲で胸のあたりを狙っている。だがカレイドスコープは同時に跳躍し別の場所に突出する。跳躍と突出の時間が短いのもカレイドスコープの特徴である。そのうちの1体を閃竜が捕捉した。パルス砲が渦に突き刺さり、一瞬だけ早く一つが突出する。その胸を10㎝SD鋼弾が貫いた。蒼竜Ⅰ式改の狙撃だ。鋼弾は光を食い破り核を剥き出しにして、反対側に穴を開ける。他のカレイドスコープが突出した時、そのカレイドスコープは閃竜の翼に核を破壊されていた。

 突出したカレイドスコープは同個体の消滅を気にする様子などない。残る2体は紅竜の近くに出てきて攻撃をし、もう1体は再び数を増やそうと遠くに出る。紅竜達は近くに出た1体にそれぞれ応戦、ドッグファイトをしかける。

 瓜生は積極的にアタックをかけていく。腕が触れれば翼で斬り裂き、前へ出ればパルス砲でいなす。跳躍するのが面倒だが、その瞬間は奏とカネルヴァがおさえてくれるので即座に対応できる。それでも、軽い攻撃ならすぐ元に戻ってしまうので厄介だ。

 露堂は慎重に狙いを定める。どんな局面にも対応できるように、そして最大の一撃を放つために改造を重ねた紅竜Ⅱ式改は、下手に攻撃されない限りはいつまでも相対していられる。それでも自ら突きに行こうとは思わない。露堂の心の中は冷えている。どうすればこのエンタングルを破壊できるのか。有効な一撃を探して下手に動かない。

 そして分裂を始めたカレイドスコープにはクロイツェルと奏が飛んで行く。距離は5700m。嵐剣はすでにマッハ4で飛行している。やや遅れて蒼竜Ⅲ式改改が追随しているという具合だ。カレイドスコープが渦から出てきたところで3200m。突出してから分裂するまで0.5秒、その間に嵐剣はSD砲を浴びせ、2500mまで距離を詰める。それでも足りない。カレイドスコープは分裂して増え、その1体を戦闘に向かわせ1体は跳躍する。

 嵐剣の後ろから蒼竜Ⅲ式改改がSD砲を発射した。急降下して避ける巨人を追って二機も降下する。その直上に渦が発生する。逃げたのではなく攻撃してきた。二機はカレイドスコープを挟む形で機首を上げて雲海と平行に飛ぶ。二機がいた場所に、カレイドスコープが降ってきた。

 カネルヴァとの距離は12㎞にまで開いてしまっている。これでは間に合わない。そう判断したクロイツェルはパルス砲とSD砲のすべてを一つのカレイドスコープに集中させる。そして嵐剣はクロイツェルの意思を汲み取ってカレイドスコープに向かった。距離は1.4㎞。

 2体のカレイドスコープのうち、1体は分裂にまわり1体はそれを守ろうとする。嵐剣は守備のカレイドスコープへと向かっていき、正面衝突するか否かのところで急加速をかけた。マッハ2からマッハ3.3への変化はカレイドスコープの目を充分にくらませたらしい。カレイドスコープが前に手を伸ばす、その腕の内側を嵐剣の翼が斬り裂きながら進む。腕の長さは嵐剣と同じ程度、ならば胸を斬るには0.02秒で足りる。嵐剣はスピンをかけて機首の先を中心にその場で半周回転し、隙間に突入し核を斬り裂いた。

 その瞬間、分裂が起ころうとしているカレイドスコープに、クロイツェルはパルス砲2門とSD砲1門を同時斉射していた。守備がなくなれば分裂中は隙だらけも同然。新たに増えるカレイドスコープにもパルス砲を撃ちながら蒼竜Ⅲ式改改は突撃する。霧散の中から姿を見せる嵐剣もパルス砲を撃つ。分裂の間の1秒にも満たない時間、確かに分裂は阻止できていた。核の成りそこないが空中で砕け光と散って雲海へ落下する。しかし元のカレイドスコープは跳躍を果たした後だった。そしていつの間にか、嵐剣と蒼竜Ⅲ式改改は他の戦闘機と離されていた。

 紅竜Ⅰ式の目前でカレイドスコープが跳躍する。光が螺旋を描き、核が一瞬だけ剥き出しになる瞬間、それを瓜生が見逃すはずはない。SD鋼をコーティングした翼で斬り裂こうと突撃しようとして――直上に突出したカレイドスコープの拳を受け止めきれずに翼の先が欠けてバランスを崩し回転しながら高度を落としていく。下で待ち構えるのは跳躍したカレイドスコープ。だが下からの一撃はカネルヴァが放ったSD鋼弾が止める。さらに急降下してきた紅竜Ⅰ式の攻撃でカレイドスコープは霧散する。そして反転し上に出たカレイドスコープに応戦する。

 カネルヴァは動き始める。いつまでも同じ地点に留まっても意味はない。カレイドスコープは跳躍と突出を複数で行い、なおかつその場所を近くすることでこちらを撹乱している。ならば突出の瞬間だけに集中しよう。反応は12㎞先。遠すぎる。次は2㎞。いける。その方向に加速しながらSD砲を撃つ。集束率を上げて一点をとらえ、光の屈折の補正をいれ、引金を引く。突出の0.8秒前、渦の中心に正確に光条は着弾しカレイドスコープを引きずり出す。そこに閃竜が襲い掛かった。

 胸部にSD鋼弾を砲撃、カレイドスコープは腕を交差させて守ろうとするも間に合わない。表面を破壊し、その内側の核を直撃し核が半壊する。

 だが、それを破壊しようと霧散する光の中に突撃した閃竜の前に新たな渦が発生した。他のカレイドスコープは跳躍していない。どこから来た? 暁が疑問を意識に昇らせる時間もない。正面、距離は130m。マッハ3.5では0.1秒で通過してしまう。間に合わない。

 閃竜は少しでも渦を避けるため急降下を選択する。速度はそのままにわずかに機首が下がり、機体の上部を渦の中に突入させる形となって突き抜ける。渦は、異なる次元間をつないだ時に光子が顕在化したもの。エンタングルの核そのものが放つ波動と言ってよい。その中に物体が放り込まれたらどうなるか?

 渦を抜けた閃竜は光が侵食していた。表面は波打っているように削り取られ、機首の先端はなくなって断面が晒され、SD鋼でコーティングされた翼だけが唯一無事だった。しかし機体は急激に失速しエンジンも壊れ始めている。

だが暁の意思はまだ残っていた。

 渦の中から巨人が現れる。閃竜は落下する機首をさらに下げてSD砲を発射する。パルス砲は翼についていたため消えていたが、これは機体の下部にあったので無事だった。渦へのSD鋼の接触でカレイドスコープにも影響は出ていた。表面の光は輝きを落として背面まで透過して見えるような状態だ。その胸の中を核がくるくると光っていた。

 SD砲はエネルギー砲である。それをエンジンの代わりにして閃竜は逆進する。速度は出ないが問題ない。このカレイドスコープはすでに死に体だ。カレイドスコープの直上まで閃竜は上昇し、頭部直下へとSD鋼弾を撃ち放つ。狙いはもちろん核。発射の反動で一瞬動きを止めた閃竜は、鋼弾が核を破壊するのを見届けて雲海へと落下していった。霧散する光の中で暁は、視界を光にふさがれていた。最後の最後ですべてのセンサーが壊れきったようだ。もう、何も聞こえない。

 誰もが暁のもとへ行きたかった。しかしここで持ち場を離れたら他に負担がかる。そうして第二の墜落を生じさせては本末転倒だ。

 瓜生は怒りに身を滾らせた。カレイドスコープの下部にパルス砲を撃つ。カレイドスコープは再び跳躍、今度は離れた場所に突出する。そこは紅竜Ⅱ式改の近く。3体がかりで倒そうというのだ。2体で均衡を保っていた攻防のバランスは崩れ、紅竜Ⅱ式改はパルス砲とSD砲を乱射して弾幕を張り、後退してその場から逃れる。カレイドスコープは機体を追って跳躍し今度は囲む形になる。

 紅竜Ⅰ式は加速する。この時ばかりは自機の遅さを恨む。距離は6㎞。どうか速く――その時、また跳躍が起こる。紅竜Ⅱ式改を相手していたカレイドスコープが逃げた。それが突出したのは遥かな高空。すべてを睥睨しながら分裂を始めたのだ。

 それを目指し、雲海付近から直進する2つの機影があった。嵐剣と蒼竜Ⅲ式改改だ。だが距離は約8㎞、いくら急いでも分裂は防げない。

 瓜生は露堂のもとに急ぐ。1体が消えて瓜生が手助けに来たことで露堂も動きやすくなる。紅竜Ⅰ式はカレイドスコープの背にSD砲を発射、避けようと移動した空隙を一直線に進む。バランスを取り戻していた露堂は一転攻勢に出る。SD砲の口径は20㎝。突出の前兆である渦が頭上を覆うが、鋼弾は正面のカレイドスコープに発射され、胸を庇った腕を破壊し胸を抉り、防御がなくなったところに紅竜Ⅰ式が突っ込んで核を破壊し身体を貫通した。

 紅竜Ⅱ式改は発射の反動を利用して撥ねる。機首は上を向き、突出したカレイドスコープの手にSDの光条が突き刺さる。間髪を入れずに紅竜Ⅰ式の光学パルスが腕に直撃、光が薄まっていく。その中に紅竜Ⅱ式改は飛びこむ。SD砲を放ち正面の光の残骸を吹き飛ばす。上空に逃れようとするカレイドスコープに対し、ブースターを作動させ一瞬の加速を得て速度はマッハ3.4、逆立ちをしているカレイドスコープの脳天にSD鋼弾を叩き込み、鋼弾を追って上昇、核を斬ると霧散する光の上へ飛び出した。

 天空のカレイドスコープの分裂は7体で終わった。合計8体となったカレイドスコープに嵐剣が迫ったからだ。SD砲を撃ち、光条は8本、それらはすべて跳躍の後の朝焼けの空に消える。だが突出点はカネルヴァとクロイツェル、瓜生と露堂が抑えている。

 パルスが宙に波紋をつくる。誰もが一番近い突出点にパルス砲を撃つ。

 SD鋼弾が宙を飛ぶ。SD砲とタイミングを合わせ、タイミングが0.04秒ずれただけで同じ射線を行き、カレイドスコープの胸に命中して表面を破壊し核へと至る。光条は核をさらけ出させ、0.2秒の後に着弾した鋼弾がカレイドスコープを破壊する。カネルヴァは満足げに微笑んだ。

 瓜生は接近戦を好む。エンタングルとの戦闘は戦闘機の性能を限界まで引き出し、瓜生に深い満足を与えてくれる。パルス砲を撃ちながら突出点へ向かって突撃し、空間から抜け出たカレイドスコープに翼を向ける。SD砲は正確に胸を射抜き、腕を伸ばした時には距離は800mまで迫っている。光条が宙を灼きカレイドスコープの腕を貫いて、0.7秒で飛来した紅竜Ⅰ式が腕を破壊しスピン、翼を胸にねじ込み尾翼で核を斬り裂く。

 露堂はSD砲を集束する。口径20㎝に対し集束後は10㎝。ただし発射されるエネルギーの量は同じ。小さくなった分だけエネルギーは密になり威力を上げる。機体にも負担がかかるのでほとんどやらないがここは使う場面だ。光条は細く、カレイドスコープの腕を貫通し胸に傷をつける。ブースターで加速した紅竜Ⅱ式改は傷の正面にSD砲の砲身を合わせ、前方に進みながら集束した光条で核を撃ち抜いた。

 蒼竜Ⅲ式改改はパルス砲を撃つと同時に別の砲門をカレイドスコープに向けていた。集光荷電粒子砲。周囲の微粒子を取り込むことで元から素粒子を貯蓄する必要がなくなり軽量化に成功した荷電粒子砲。エンタングルを数体倒さないことには必要な粒子が足りないのが難点だが、この状況なら連射すら可能だ。パルスによって一時的に乱れた光がおさまる前に、電荷を与えられた粒子が同じ光を削り弾き飛ばし喰らい尽くしていく。跳躍する暇は与えない。光は3秒間放出され、SD砲から放たれた光条がさらに飛来する。そして蒼竜Ⅲ式改改はその後ろから突撃し核を破壊した。

 これで残りは5体。

 カネルヴァは分裂しようとするカレイドスコープにSD砲を撃っていた。少しでも分裂の気配が見えたら核を狙う。こちらに移動しようとすれば逃げ、常に場所を変えて狙い続ける。さらに跳躍の気配があればそこにもパルス砲を撃っている。

 奏はカレイドスコープの跳躍を阻止していた。その速さで縦横に飛びまわり、注意をひきつけ他の三機の邪魔をさせないようにする。時には懐深く斬りこもうとするが阻まれ、どうにか隙をつくろうとする。

 3体の霧散を確認し、二機は攻撃に転じる。カネルヴァは1体を狙う。常に動きながらも連続した射撃は機械の補助を得てさらに精密になり、跳躍の隙を与えず少しずつカレイドスコープを削っていく。その背後から紅竜Ⅰ式が飛来し、SD砲に挟まれる形で光は前後共に薄くなる。その中に紅竜Ⅰ式は突入して核を斬る。

 嵐剣と紅竜Ⅱ式改は同一のカレイドスコープに突撃する。しかし嵐剣の方が速い。SD砲が胸に照準され巨人が下降を始める。嵐剣は合わせて機首を下にもっていき――その横を紅竜Ⅱ式改が通り過ぎた。ブースターは赤熱し身体は異常を感じている。それでも露堂は止まらない。静かに燃やし続ける胸の炎がその身を冷徹に焦がし、破滅の一歩手前まで加速させる。空中で捻りを入れて反転しSD砲は斜め下から胸を狙う。半回転、光条は胸の表面を削ったに過ぎない。しかし嵐剣のパルス砲が穴を開ける。半回転、紅竜Ⅱ式改は穴に機体をねじ込み、その勢いで表面を破壊して核に迫り、斬り裂いて破壊した。

 嵐剣は上昇し残りのカレイドスコープに照準を合わせる。突出反応が一つ。跳躍は――雲の中から?!

 思考が全員に届いた。それは管制にも届き、大急ぎで雲海の精査が開始される。雲海は光を遮り、雲海からの浮上は異常な光子の反応で観測される。だが身が消えるのを厭わず動かずに潜んでいられるのなら、隠れる場所としてはこれほど適した場所もない。分裂によって増えることができるカレイドスコープにしかできないことだが非常に強力な策だ。閃竜もこの方法で墜とされたのだろう。

 カネルヴァは動揺の中でも正確にパルス砲を突出点に撃ち込む。異常の正体が分かればなんてことはない。少しやりづらくなっただけだ。出てきたカレイドスコープには荷電粒子砲と光条が浴びせられ、核は蒼竜Ⅲ式改改の翼がぶった切る。

 管制から情報が送られてきた。潜んでいるカレイドスコープはもういない。残りは4体――今紅竜二機が屠って3体だけだ。

 3体は、2体を攻撃に回し1体が分裂にかかろうとする。さきほども見た光景だ。1体が分裂する個体の近くに残り、もう1体は跳躍して少し離れていた蒼竜Ⅰ式改の近くへと突出――した瞬間を集束された光条が襲う。パルス砲を撃つ暇もなかった。露堂が放った超至近距離からの一撃は核を半壊させ、続けて翼が核を破壊する。

 残る2体のうち、分裂している方には荷電粒子砲の砲撃が絶えない。冷却をせずに、出来るだけ長く放つことで分裂を阻止している。紅竜Ⅰ式は守備に回ったカレイドスコープに斬りかかる。常に動き回り、カレイドスコープの跳躍を邪魔し、時間を稼ぐ。その中で嵐剣は分裂中のカレイドスコープに向かって飛翔する。分裂している個体は少しずつ移動している。跳躍はできなくても荷電粒子から逃げることは出来る。その間に分裂を進めているのだ。

 だが、嵐剣に比べればその速度は蒼竜にも劣る。所詮、音速を出せなければ嵐剣にとって雑魚。跳躍もできないエンタングルなど敵ではない。背後で紅竜Ⅰ式がカレイドスコープの核を破壊した。残りはお前だけだ。最後の最後で分裂が半ばまでなされるも、嵐剣の翼が複製されかけていた核もろともカレイドスコープの核を斬り裂いた。

 200秒近く続いた戦闘は赤と黄色に染まる空を背景に静かに消えていった。

 雲海のどこを見渡しても閃竜は欠片も残っていなかった。

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