少年の諦観(ただし、やや前向きな)-5
自分のために頭を使え。
今までずっと、俺のために使っているつもりだった。
なのに、一番指摘されたくないことを指摘された居心地の悪さを感じてしまった。
嗣乃と陽太郎が、俺を必要としなくなったら。
はっきりと考えたこともなかった。
考えても居なかったのに、俺は高校入学をきっかけに二人から遠ざかろうとしていたのか。
「ねぇ、よたろーもつぐもそんなに手はかからないでしょ? もうアンタが庇護する必要ないって」
それは違う。俺は二人を盾に自分を守っていただけだ。
盾がいなくなったら困るから陽太郎を引っ張り回して、嗣乃が走り去らないように手綱を持っていたんだ。
「安佐手君が僕たちのことを常に考えてくれてるから、僕達は仲良くできてるんだよ。僕たちもっとしっかりするから、自分のことをもっと考えてよ」
白馬の言葉は優しかったが、瀬野川の腑に落ちていない顔は変わらなかった。
「はぁ。このままなんもしなかったら、多江はとーたと普通に行き着くとこまで行くよ?」
「だろうな」
分かってるよ、そんなこと。
だから俺は多江に陽太郎から一歩引けと言ったんだよ。
多江は周囲の意向に弱い。
その多江がクラスメイトから杜太の気持ちに応えないのかと煽られ、意中の相手からは素っ気なくされている。
唯一の味方と勘違いしている俺にまで、一歩引けと言われてしまった。
「いいじゃねぇかよ。あの二人、すげー相性いいし」
瀬野川の目が伏せられた。
「ちっ。アンタ恋愛したことねーくせによく分かってんな」
「僕もそう思ってたよ。杜太君はちょっと反応遅いけど、多江ちゃんもそんなに速い方じゃないし。多江ちゃんってきっちりしてるようでちょっと抜けてて、御宿直君は抜けてるようで抜け目なくて」
そこにあの顔面偏差値と、頭一つ分の身長差。
あーあ、羨ましいったらありゃしない。
「何よりね、多江ちゃんって汀さんや仁那ちゃんみたいにぐいぐい引っ張るタイプに憧れてるんだよ。御宿直君は相手としてはぴったりだよね」
「……やっぱとーたでいいわ。このいじけ虫に多江は勿体ねー。こいつと違って前に踏み出そうとしてるとーたの邪魔なんてしたくないし」
白馬は浮かない顔をしつつ、俺に向き合った。
「安佐手君さ、もう一つ本題があるんだけど……」
やたら遠慮がちだな。
「なんだよ? このきゅうり洗ってあんの?」
集中力がもたなくなってきたせいか、きゅうりの誘惑に勝てなくなってきた。
「あん? イガイガついたままの食うなし。井戸の横にいっぱい置いてあるからちっと待ってて」
そう言うと、瀬野川部屋を出て行ってしまった。
敷地内に井戸があるのかよ。
「向井さんと二人きりで花火見たんでしょ? どうだったの?」
なんだ、そのことか。
「一緒に花火を見たらなんだってんだよ? 重大なフラグでも立つのか? 花火見ただけで」
陽太郎に笑われた腹いせができそうだ。
白馬もギャルゲみたいなことを言いやがって。
「フラグってどういう意味か知らないけど、結構重要だと思うよ? 人気の無いところで男の子と二人きりになるなんて、よほど相手を信用していないとできないでしょ?」
「へ……?」
あれ?
陽太郎には花火でフラグが立つなんてギャルゲー脳だと笑われたのに。
白馬の方が明らかに正しいことを言っている気がしてきたぞ?
「あ、えと、でも、桐花とは別にやましいことなんてねぇから! 案内所にいたら先生の旦那に何言われるか分からないからってだけで! お、お前らはただ取り乱してただけだったのか?」
「ううん。僕が告白した。仁那ちゃんとどうしても一緒にいたいって。返事はもらえなかったけど……恥ずかしい台詞禁止とか言わないの?」
「……言わねぇよ。そんな台詞吐いてみてぇよ」
格好良い奴って、行動も格好良いな。
俺はただ、桐花をたぶらかして誘い出しただけだ。信用しているというより、害がないと思われていそうだ。
「あはは、安佐手君にそういわれるのが一番嬉しいな」
はぁ、イケメン爆発的して欲しいなぁ。
「で、いい返事もらえたのはいつだよ? モール行った後?」
「え? まだだけど」
それを咎めようと口を開いた瞬間、ケースを抱えた瀬野川が戻ってきた。
「ありが……そんなに食えねぇよ」
「うちのババァに言え。どうせ食べたがるだろうからって用意してやがったんだもん。余ったら持ってさ」
野菜好きは皆大好きなのが瀬野川の母さんだ。
甘いわけでも塩っぱいわけでもないのに、どうしてきゅうりは旨いと感じられるんだろう。
「よく何も付けないで食えるなアンタ」
「仁那ちゃん、かけすぎ」
「えーこんなもんしょ」
瀬野川は部屋に常備してある塩を大量にかけていた。
即席漬物にでもしたいんだろうか。
「で、アンタ最近桐花をよく構ってるけどなんなの? 寂しさの埋め合わせ?」
「寂しさってなんだよ?」
「さっき言った通りよ。自治会活動のおかげでつぐはわりと大人しいし、よたろーも自分の頭で考えて動くようになったし。手がかからなくなったっしょ? 手持ち無沙汰になってんじゃねぇの?」
言われてみればそうかもしれない。
「いや、それは桐花も同じだろ」
最近の桐花は山丹先輩に引っ張り回されるようになっていた。
夏休みに入ってからは、桐花を構ってばかりいるのは確かだった。
「そうだけど、最初の頃はそもそもアンタの言うことしか聞かなかったってみなっちゃんぼやいてたっしょ」
それは山丹先輩が優しいからだ。
桐花は少し強めに言わないと、心が逃げに転じてしまうからだ。
「ま、アタシもいやらしい目で桐花を見てるのは否定しないけど。これで髪の毛の触り心地が良ければ金髪に宗旨替えしちゃうんだけどなー!」
「白馬、こいつやべぇぞ。今からでも考え直せ」
「これくらいで考え直す必要はないよ」
白馬さん、色んな意味で怖い。
「あんたらよく二人きりで仕事してっけど何か話してないの? 色っぽい話とかさ」
「い、いや、あいつは俺とあんまり話さないっての」
色っぽい話はしていたかといえばしていた。
でも、もうする用事がない。
瀬野川も多江も良い方向に進んでいる今、もう桐花との共有者のような関係はおしまいだ。
「で、桐花のことはどう思ってんの? 特別なものはあるんでしょ?」
「そりゃあるよ」
まあ特別っちゃ特別だ。
一番付き合いが短いのに、今はいなくなったら困るくらいには感じている。
「や、やっぱり!?」
まったく、お花畑の住民はこれだから困る。
「そりゃ俺がうっかり手出した面倒な仕事もなんでも嫌がらずに手伝ってくれるから、特別助かってるってのは確かだけど」
うん、最近桐花への依存度が高すぎるのをなんとかしたいところだ。
「「……そうじゃ
変なハモり方をしないでくれ。
桐花は確かに友達程度では少々足りない関係になっているかもしれないが、それ以上進むことなんてないんだよ。
桐花はたった数ヶ月前で大きく変わったんだ。
このペースで変化していけば、俺なんて大きく引き離して置いていく。
だから、桐花が俺の相手をしてくれるのは今だけだ。
俺が構ってもらえる間は、大切にしたいとは思うけれど。
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