少年の諦観(ただし、やや前向きな)-4
瀬野川はぐっと口を引き結んだまま、白馬のジャージを濡らし続けた。
「……ねぇ、つっきー」
「な、何?」
瀬野川の甘ったれた声に驚いてしまった。
「……もう、多江のことはどうでもいいの?」
そこに戻るか。
嗣乃の話はどこ行ったんだ。
あれだけ本音をさらけ出されて、謝罪を受けた後だ。
俺もそうしなくちゃならないよな。
「……どうでも良くねえよ」
「ほんとに?」
ただ、俺の『どうでも良くない』は瀬野川の期待する意味とは違う。
「多江が、辛い方に進んで欲しくないって意味だよ」
「……そういうことかよ」
「瀬野川にとって多江はどれだけ大事なんだよ?」
泣き腫らしてぐしゃぐしゃの顔が恥ずかしいのか、瀬野川はベッドの上のタオルケットを被ってしまった。
「ずっと親友でいたかったの。でも、中学であのギャルどもが多江のこと小突き回して遊んでたのに、何もできなかった」
「多江ちゃんと仁那ちゃんは同じ小学校だったんだよ。僕もだけど」
それは知っているが、多江はこれといって何もなかったと言っていたような。
「アタシと多江、ずっと仲良かったんだ」
「へ? え?」
そんなこと初めて聞いたぞ。
「えっと、僕が話していいかな?」
タオルケットお化けになった瀬野川が頷いた。
「小学校の頃の仁那ちゃんって結構お高くとまってたんだよ」
「だ、だって、なんかみんな寄ってくるから、リーダーっぽくしないといけないのかなって思ったんだもん!」
クラスの中心ってのもなかなか大変なもんだ。
瀬野川の本性とはかけ離れているから、尚更だろう。
「仁那ちゃんにとって、多江ちゃんだけが本当の友達だったんだよ。多江ちゃんってその頃はぐいぐい来る子でさ、仁那ちゃんに普通に話しかけて普通に家連れて行ったりしてさ」
知らなかった。
俺は今のやや控え目な多江しか知らない。
「仁那ちゃんって本当はこういうキャラだからさ、多江ちゃんとすごく気が合ったんだよ」
瀬野川はいつも陽キャのように振る舞ってはいるが、中身は極度の寂しがり屋な隠れ陰キャと言えなくもない。そして、恐ろしいほど愛が重たい。
「その頃からもう多江ちゃんのお母さんの秘蔵書を漁ってたんだよね」
「うん! 人生を彩る出会いだった!」
急に明るい声で何を言ってやがる。
残りの人生に関わる病に感染したんだぞ。
「でも、そのせいか分からないんだけど、多江ちゃんが仁那ちゃんの周りの子にすごく嫌われてさ、仁那ちゃんはそれに気付けなくって」
「違うの。本当は気付いてたけど、アタシまで嫌われるのが怖かったの……だから、多江がいじめられたのはアタシのせいなの」
何を言っているんだ。
いじめられっ子として、それを簡単に肯定できない。
「それはないだろ。そういう連中は最初から弱そうな多江をターゲットにしようとしてたんだろ」
「……何もできなかった時点で一緒だもん……」
駄目か。
所詮俺の言葉なんて届かないか。
「でも、中学でアンタ達が多江と仲良くなってたの見て、スマホがどうの話してるの聞いたから、即行でお店行って携帯変えたの! 多江と話したくて。もう二度と多江と話せないなんて無理だから」
『嫌だから』じゃなくて『無理だから』か。
本当に多江が好きなんだな。
「なら、なんで嫌われてでもよーから引き離そうとするんだよ」
瀬野川がタオルケットをかなぐり捨てて、俺をにらみつけた。
目が真っ赤で恐ろしい。
「それは僕も安佐手君に質問したいな」
「え?」
絶妙過ぎるクロスカウンターだ。
俺も多江に嫌われようとしたんだった。
「なんでまだそんなこと言ってんだよ! アタシは多江にはアンタしかいないって思ってたからだろうか!」
急に早口で言われても、俺の思考が追いつかなかった。
「さっきは嗣乃とどうこうなれって言ってたじゃねぇかよ。どっちなんだよ?」
「うっさい!」
情緒不安定過ぎるぞ。
「冷静だね、安佐手君」
「冷静なもんかよ。混乱してるっての」
正直、自分がどういう気持ちでいるか分からなかった。
「例祭の二日目は、僕達もあんまり花火は見られなかったんだ。仁那ちゃんがすごく泣いて取り乱しちゃってさ。せっかくいい場所教わったのに」
「ちょっと泣いたけど取り乱してねーし!」
訳が分からない。
瀬野川にとって俺はどんな便利キャラなんだ。
「大事な親友ならキモヲタ押し付けるなよ」
「おめーがキモヲタだからなんだってんだよ! 多江もアタシも十分キメェわ! 未だに頭の中でなっちをお前らに輪姦させてんだぞ!」
白馬が手で顔を覆っていた。
心中察するにあまりある。
「しかもアンタ! いまだに多江の相談に乗ってるってなんなのよ!」
「み、未練に決まってんだろうが! 好かれなくてもいいけど最悪嫌われたくはねーんだよ!」
あれ? なんだか、すっきりした。
あぁ、これが本音だからか。
「……未練にしないで頑張ってくんね?」
何度無理だと言えば分かるんだ。
「お、お前の思うようにはならねぇっての。俺に何を求めてるんだよ」
「アタシの大事な多江かつぐ、どっちかの人生面倒見てよ」
「はぁ?」
何を考えているんだこいつは。
「無茶言わないでくれよ」
この台詞を言うのは何度目だろう。
そもそも俺達はムダ毛も生えそろってない高校生だぞ。
しかもそこらの一般家庭の。
「俺がどっちかとどうにかなったって、短時間で破綻したら傷付けちまうじゃねえかよ」
「アンタ自分をなんだと思ってんだよ! 相手を傷付けるじゃねえよ自分が傷付くのが嫌って言えよ! 責めねぇから!」
「俺が傷ついたところでみんなの損失はねぇっての!」
白馬がこちらを見て、怒りを必死に押さえる顔をしていた。
でも、怯んではいられない。俺だって腹を割って話しているんだ。
「仁那ちゃん、だから安佐手君は難物だって言ったのに」
難物なのは確かだ。
低身長、卑屈、ブサメン、ネクラ、キモヲタ……ほぼ社会不適合者だ。
「安佐手君ってみんなのことよく見ててさ、仕事割りだって適材適所に割り振れるでしょ? そんなことができるのに、自分だけ居場所がないって考えてない?」
それは単なる事実だ。変えようがない。
でも、怒りのオーラを撒き散らす白馬には言えたものではなかった。
「気を悪くしない……ううん、気を悪くしてでも聴いて。安佐手君は自分のことを見てないんだよ。だからいつまでも宙ぶらりんなんだよ」
反論の言葉が見つからなかった。
正しくは自分自身について考えることが、怖くてたまらないんだ。
「ねぇ、安佐手君。もっと自分自身のことを見直そうよ」
「ど、どういう意味だよ?」
何度も言わないでくれ。
脳味噌を掻きむしられているような気分になってしまう。
「アタシはつっきーを買ってんだよ。挫折したなっちを救い出してくれたのもアンタだし、なっちをアタシみたいな腐女子に慣れさせてくれたのもアンタだし、アタシがなっちにブーツ履かせて傷付けたって教えてくれたのもアンタだし」
「白馬のことばっかりかよ」
「たりめーだろ! アタシがなっちの物になるためには何でもするって思わせたのはアンタだし!」
「白馬、この女やっぱりやべぇぞ?」
「なっち、アタシほんとにやべぇぞ?」
「自分でいうな!」
帰りたい。
そして血みどろ系のアニメ一気見したい。
録り貯めたブルーレイどこにしまったっけ。
「つっきーさ、そろそろよたろーと嗣乃の付き人卒業しろよ。もう二人の影に隠れてる必要ないだろ? 少しは自分のためにその頭使えよ!」
自分のために頭を使え。
瀬野川の言葉が、強く頭の中に響いていた。
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