幼馴染の心は、どこにあるのか-5

 少しの間だけ静寂が訪れたが、それをぶち壊したのも当然嗣乃だった。


「はーあ! もうあんたのフォロー飽きた! なんか楽しい話ないの?」

「俺の感慨台無しにすんなよ」

「じゃぁもっと台無しにしてやろっか!」


 良かった。普段の嗣乃に戻ってくれたようだ。


「あたし多江のこと超愛してんの! あんたいじけすぎだし、素直じゃないし、他人に遠慮し過ぎだし、いくら言っても猫背直さないし、それから……えっと、お淑やか系の紺色がかった黒髪系キャラばっか好きだし! 安心して多江のこと任せられる奴になってよ!」


 好きな二次元キャラは関係ないだろ。


「それにさ、いつからか分かんないけど泣き虫だった癖に泣くの我慢するようにしてるでしょ? 弱いところ見せようとしないのは逆効果なんだから!」

「い、いや、そんなつもりないって」

「あるっての! だーもうはっきり言ってやる! 今あんたが多江とその、あの、思ったような関係になっても長続きしないから! あんたも多江も身だしなみ気をつけようとか化粧覚えなきゃとか相手の気持ちを優先しようとか空回りして力尽きるに決まってるもん! つっきと多江が気まずくなったらマジ最悪だよ! コソコソ遊ばなきゃいけないなんて勘弁だからね!」

「べ、別に化粧だのしないでそのままでいいと思うんだけどな……?」


 返す言葉が見つからず、なんとなく思ったことを言ってしまった。


「よい意見だね月人君」


 意見じゃなくてぼやきなんだけど。


「その質問、死んでも口に出すんじゃねぇぞ糞が」


 恐い。笑顔で糞がとか言われた。


「男の悩みが深いのも認めるけどさ、女は精神的にも物理的にも悩みが深いの。モール行ってもしまむら行ってもレディースコーナーはメンズの5倍くらいあるでしょ? それに自分に合うメイク道具見つけるまで延々通って財布も軽くなってさ! なんでドラッグストアの前にセーブポイントないの? 現実ってほんとやだ!」


 確かに女子は物理的な選択範囲があまりにも広い。

 三人で買い物に行っても、陽太郎と俺は嗣乃の買い物が終わるまで休憩時間だ。


「あのね、女子は相手との関係をよくするには見た目も大事な要素だと思ってんの。あたしはあたしでその、よーに対してそんな気分になれないから、困ってるんだけどさ」


 確かにそれは問題だ。


「あんたと多江に話を戻すとね、二人とも服も髪の毛も他人任せで気にしないし、あんた達二人で出掛けるとしたらどこ行くのよ? メイト? とら? メロブ? だらけは楽しいからまあいいけど」


 ぐぬぬ……反論材料が一切見つからない。

 既に二人でそれらの店は何度も行っているし。


「じ、自分のこと棚に上げてよく言うなお前」


 この程度のことしか言い返せないのは敗北宣言と同じだ。


「自分がそうだから、他人のこともよく見えるの」


 嗣乃がそう言うのも納得がいく。

 陽太郎に女子を喜ばせる甲斐性は期待しても無駄だ。

 嗣乃が陽太郎を無理やり振り回し、疲れ果てさせて終わる運命も見えなくはない。


「で、でも、そんな肩肘張るような関係ってのもさ」

「そうね。でもメリハリって大事だと思うよ。特にその、よーと望むような関係になったら尚更だよ」


 嗣乃の言葉の裏には俺への気遣いが垣間見える。


「つっきと多江、うまくいって欲しかったかな。んで、それに乗じて自分も次の一歩踏み出せたらなーなんて。多江と姻族関係になったら超嬉しいもん」


 お前と俺には血縁ないんだが。

 あったら嗣乃と陽太郎は近親なんちゃらになっちまうだろ。


「お前、なんでそんなに多江が好きなんだよ?」

「え? みんな好きだよ愛してるもん! あんたの苦手な仁那も。あの娘すっごい純粋だしね。彼氏と別れて大泣きしてたの覚えてる?」


 ああ、してたな。

 俺も宥めるのに付き合わされた。


「覚えてるよ。多江と一緒にネットの使い方教えたし。気晴らしになったか知らないけど」


 あの頃は瀬野川からの着信がトラウマになりかけていた。


「あれ以来さ、仁那ってすっごく可愛くなったでしょ?」

「へ?」


 まぁ、変わったのは確かだ。

 中学デビューのギャル丸出し状態だったのに、今はシンプルなナチュラルメイクだ。

 本人は顔面左官職人を自称しているが。


「素直ですっきりしたイメージになったじゃない。それ以前の仁那ってヤバい連中とばっかりつるんでたし」


 言われてみればそうだ。

 我々ヲタは得体の知れないギャルとは完全に水と油で、瀬野川仁那と不愉快極まりない仲間達が怖くてたまらなかった。


 その仲間達は多江を嫌な感じに弄り倒していたので、俺の憎しみも深かった。

 瀬野川が多江を救い出さなかったことを恨んですらいた。


 それが変わったのは瀬野川がある先輩にフラれた時だったと思う。

 中学二年生の夏休み前だった。

 瀬野川は学校トップクラスのイケメンの先輩に告白されて、その気もないのに舞い上がって付き合ってしまったのだ。


 そのせいで友人モドキのケバい連中にやっかまれて孤立し、嗣乃以外に仲の良い友達はいなくなった。


 しかし、その先輩との交際は一ヶ月経たぬ内に終わってしまった。

 見た目に反する身持ちの硬さを発揮した瀬野川は、『思ってたんとちゃうわー』程度の理由でフラれたのだ。

 しかもその先輩は瀬野川を振った後、あろうことか嗣乃にアプローチしてきたこともあった。

 そのクズい先輩とは多少の縁があったんだが、それはどうでもいいことだ。


 あれ? なんでこんな話になったんだっけ?

 嗣乃は話をしながらも手を止めずにどんどん入力を進めていた。それに対して俺は思考が追いつかずに完全に止まってしまっていた。


「はーあ。仁那みたいに泣くほど好きになるって、どんな気分なんだろ?」


 主語が無いが、陽太郎のことを言っているんだろう。

 嗣乃は多江が陽太郎にじゃれついていた時も、一切気に留めていなかった。

 俺が言うのもなんだが、嗣乃も陽太郎も『恋』ってものに落ちていないのかもしれない。


「今の仁那、マジで可愛いわ。マジで」


 変わった瀬野川に少し嫉妬しているんだろうか。

 瀬野川は人当たりも幾分ソフトになった。


「仁那だけじゃなくて多江もさ、すごく変わったでしょ?」

「あの時と比べれば、まぁ」

「でも中学であれだけ多江が変わったのって、つっきの影響が大きいと思うよ?」

「は? 俺? スマホのこと言ってんのか? あんなの誰でも思いつくだろ」


 褒められた気分になって少し照れくさくもあるが、俺の功績なんて少ない。

 多江がスマホ博士だと喧伝するという稚拙な作戦を成功させたのは陽太郎と嗣乃、そして絶妙なタイミングでスマホに変えた瀬野川だ。


「なんでそこまで自己評価低いの? なっちゃんもあんたが無理やり漫画読ませたりゲームさせたりしてすっごく変わったし」

「そ、そんなこと言われても分かんねえよ」


 あれは陸に上がった河童状態の白馬にイライラしただけだ。

 漫画も読んだことがなければゲームもしたことがないなんて不健全だと本気で思っただけだ。


「ま、あんたがどう思ってるかはどうでもいいの。つっきがいなかったら杜太も家遠いのにここの高校選んでくれなかったし、みんなで楽しく生徒自治会入りなんてしてないよ。きっと」


 そう言わるのは少しは嬉しいけど。


「ねぇ、嬉しかったことも嫌だったことと同じくらい覚えておきなよ。メモしてでもさ。感謝し甲斐がない奴にならないでよ」

「う……うん」


 話がどんどん本題から離れていたが、そんなことはどうでも良かった。

 嗣乃の暗い表情が晴れていた。


 可愛いなぁ、我が妹兼姉兼親友。

 思わず手を伸ばして嗣乃の頭を撫でてから、嗣乃の頬に手を降ろす。

 きめ細やかとは言わないが、安心する手触りだ。


「そのご機嫌取りは良策かな」

「別に機嫌取りなんて考えてねぇよ」


 そうだよ。俺は感謝してもらえたこととかをすぐ忘れてしまう。


「あ、そういえばもう一つあるよ! あんたが隣引き当ててくれたから金髪美少女ゲットだよ! これは人生のハイライトよ!」


 いや、ゲットはしていないだろ。

 それに俺が隣を引かなくても、嗣乃は絡みに行ったはずだ。


「今度、わふーって言ってもらおうかなぁ? 夢が広がるなぁ!」

「いや、キャラ違い過ぎだろ」

「やばい興奮してきた! 三次元だから触れちゃうよ……なんてね」


 不意に真面目な顔に戻ってしまった。


「桐花ってコミュ力はこれからってとこがあるけどさ、なんか一生懸命なところがほっとけないんだよね。そういう危なっかしいところがほんとまじで可愛くない?」

「か、可愛いかなぁ?」


 俺に同意を求められてもなぁ。

 どちらかといえば心配になる要素だ。

 何でも肯定的に捉えられる嗣乃はすごいと素直に思ってしまう。


「可愛いよ! 養子に欲しいもん」

「お前、どんだけ桐花のこと好きなんだよ?」

「うーん……性的興奮を覚えてるくらい、かな」


 ゲスいおっさんみたいな声を出すなよ。

 いつの間にか、自治会室のドアが開いていた。


「嗣乃……誤解は自分で解けよ」

「は……?」


 ドアを開けたのは、瞳孔がばっくり開いたまま硬直した天然金髪少女だった。

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