総力戦と戦わぬ少年-5
長い長い一日が終わった。
とうに日は暮れ、時刻は七時を回ろうとしていた。
再び呼び込まれた父親によって、笹井本杏は抱きかかえられるように連れて行かれた。
それに教頭先生も付き添うように、大会議室を出て行った。
「ほら、鍵閉めるぞ」
呆然としていた俺とにやけ顔の笹井本会長氏に声をかけたのは、依子先生だった。
「交野先生、お久しぶり」
「うるせぇ」
依子先生が生徒を突き放す姿は初めて見た。
「よぅ、生き残ったなぁつっきー」
「え? いや、はぁ……突き落とされることはなかったと思いますけど……」
依子先生に頭を撫でられて、緊張の糸が切れてしまった。
終わったんだな。全部。
「集団心理ってのはどこまでも人を狂わせるんだよ。あの連中を野放しにしていたら、アンタは本当に危なかったよ」
依子先生に抱きしめられた。
「ごめんな。アタシが守れれば良かったのに……ごめん」
「い、いや、結果的に、よー達の作戦がうまくいったから、その」
強く抱きしめられて、嗣乃に蹴られた脇腹が痛いとは言いにくかった。
「ふふ、相変わらず不良教師やってますねぇ。生徒に危ないことさせちゃって」
「……うるせー。ほら、アタシにつかまりな」
歩けないほど疲れていたのはバレていたらしい。
でも、まだ笹井本会長に聞きたいことがあった。
『相変わらず』なんて言葉を使いやがって。
「……会長さん、本当に記憶、無いんですか?」
「ありませーん」
「本当ですか?」
「無いよーん」
食い下がりたくなってきた。
「笹井本杏のこと、恨んでたんじゃないんですか? 同じ目に遭わせたいくらい」
「笹井本杏だけを恨んでなんていませんよ。恨んでいるのは、私の血族のすべてですよ。ふふ」
ぞっとするほど、闇が深い笑みだった。
「杏ちゃんも被害者なんですよ。クソみたいな家系の政治家志向の親の元に生まれて。しかも
「嘘でしょ」
この人が本当のことを言っているとは思えなかった。
「本当ですよぉ? つっきー大好きぃ!」
会長氏の笑みが更に恐ろしくなった。
「安佐手月人君。私はね、あなたが欲しいんです」
「は……?」
愛の告白とは到底思えない冷たい口調だった。
「とても賢くて、しかも日陰を選んで歩いているあなたはとっても魅力的なの」
「コイツの話は聞くな!」
言われるまでもなかった。
その誘いに乗る気なんて更々無かった。
「……男割りします」
「ふふ。では近いうちに……もしくは十年後にか、また同じ質問をさせてもらいますから、覚悟をしていてください」
なんだ、その長いスパンは。
「……一緒に笹井本も瀬野川も、全部潰しましょうよ。うまくいけば、仁那ちゃんに白馬姓を名乗らせてあげられますよ?」
くそ。
なんて魅力的な提案をしてきやがるんだ。
「杏ちゃんもなかなか人望のある子でしたから、私の計画に協力してもらおうと思ったんですよ。なのに事情も聞かずに私を突き落として。杏ちゃんの稚拙な作戦ではあの父親他何人かの政治屋を潰す程度しかできないんですよ」
「え? いや、あのオッサンは不正してないって……ていうか、やっぱり記憶……」
ああ、そうか。
鵜呑みにしてどうするんだ。
不正を犯していないと言ったのは方便だ。
笹井本杏の動きを封じるだけでなく、母上達や関係者にこれ以上
ここまで本性を晒すなんて。本当にこの人に付いて行きたくなっちまうよ。
本物の日陰者になっちまうよ俺。
「つっきー、大丈夫か? 震えてるぞ? こいつの言うことは話半分……いや、全部出まかせだから気にするな。記憶がないからテキトーを言っているだけだ」
「あらぁ、そういうこと言います?」
本当の孤独に突き落とされた俺に、この人の闇が深い笑顔は救いにも猛毒にも思えた。
「出まかせですって? さすが笹井本の家からソッコー逃げた奴は言うことが違いますね!」
何言ってんだ、生徒会長氏は。
「……つっきー、アタシの車で送ってやる。帰ったらすぐ寝な。どうせ明日からは準備で授業なんてあってないようなもんだ。そうだ、出席にしてやっから寝てろ。な?」
笹井本かとり会長は、ゆっくりと会議室のドアへと向かった。
「ではまたねつっきー。それと、ねーねーさま」
「お前、その呼び方!」
振り向いた笹井本かとりは、再びニヤリと笑って去って行った。
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