少年少女と暗闇と、降り注ぐ花火-4
桐花を送り届けるべく汀家の扉を開けると、俺の母上と嗣乃の母さんは全身から怒りのオーラを放っていた。
その後ろで嗣乃と陽太郎が、恨めしい顔で俺と桐花を見ていた。
桐花がお土産と言って差し出した花火の殻は「小学生か!」と一喝されて突き返された。
大量の着信を残していた嗣乃には桐花がうどんをすする写真を送りつけて買収したつもりだったが、思惑通りにはいかなかった。
桐花は母上に首根っこを掴まれ、風呂へと投げ込まれてしまった。
母上と嗣乃の母は般若のような表情で、三兄弟全員に正座を言い渡した。
いつもながら、イカれた説教だった。
桐花に身に何かあったら、俺と母上は切腹。
介錯人は陽太郎と嗣乃と申し渡された。
母上も嗣乃の母さんもいたって本気だ。
無責任な行動を取ると、母達は異常なほど怒るのだ。
短い説教が終わるや否や、嗣乃は即行で風呂へ突っ込んで行った。
母上達は怒りが収まったのか、安佐手家で飲み直すと出て行ってしまった。
「つ、つっき! その腕どうしたの!?」
「はい? うお!」
陽太郎に指差された腕を見てみると、桐花に掴まれていた腕がミミズ腫れになっていた。
「これ、人の手の形してない!?」
確かにホラーな見た目だ。
時間が経って腫れてきたんだろうか。
「これ、向井にやられたんでしょ? どこに連れてったんだよ?」
「えと、んー……」
「誤魔化さない!」
まだ何も言ってないのに。
「花火が近くに見える場所だよ。さすがにちょっと近すぎたんだけど」
「それは分かってるよ! あんなお土産持ってきて!」
怖い。
説教に巻き込まれたのを根に持っているな。
「ねぇ、つっき。なんかテンション低くない?」
「へ?」
陽太郎が汀家のリビングにある棚から、オロナインを引っ張り出した。
「だって二人きりで花火見てきたんだろ? そんな理想的な状況経験したくせに。腕出して」
「そ、そうだけど……フォォォ!」
爪が食い込んでいた部分に薬が染みる。風呂に入ったら更に痛みそうだ。
陽太郎の言う通り、他の次元に置き換えれば夏の時期には外せないイベントだ。
ゲーマーとしてはヒロインが積極的な態度に出るからテンション上がるんだよな。
「えと、桐花に危ない目遭わせちゃったからかな?」
「花火の殻くらい危なくないでしょ」
急に嬉しそうな顔しやがって。
「お、俺のことはいいから、お前はどうだったんだよ?」
「つっきの話全部聞いてからね」
「俺の話はもう終わったよ」
陽太郎の優しい目を見ていると、隠し事なんてしたくなくなってしまう。
でも、桐花が俺の口の堅さを信じて話してくれたことは教えられない。
「なら質問変えるけど、向井のこと好きなんだよね?」
「そりゃもちろん」
即答してやったのに不満そうな顔するな。
「そういう俺達に対するようなのじゃなくって」
簡単に俺の真意を読み取ってくれちゃうんだからすごいよ、我が兄弟。
「俺の聞きたいこと、分かるだろ? 多江のことみたいに……あ、ごめん」
「あー今ので心が傷ついて立ち直れんわー。話が続けられないわー……わ、悪かったよ」
イケメンの顔がだんだん怒りに歪んでいく様は怖い。
質問の意図くらい分かってるよ。
桐花に抱いている気持ちは多江に抱いていたそれと同じかってことだろう。
「……そういうんじゃないよ。桐花を見くびるな」
「見くびる? ごまかさないでよ」
困った顔するなよ。困っているのは俺の方なんだよ。
「だから、桐花が俺とそんな関係求めてる訳ねーだろ」
「なら、向井の気持を度外視したら?」
「性欲持て余した非モテに何の意味もねぇ質問だぞ」
「真面目に!」
陽太郎の睨みが怖い。
はぐらかすのは難しそうだ。
「……怒らないで聞いてくれるなら話すけど」
「場合によっては怒る」
言いながらもう怒らないで欲しいんだが。
やられっぱなしなのも腹立たしくなってきた。
「なら俺も怒り返すぞ。お前と嗣乃についても尋問するからな!」
「いいよ。取引成立だね」
笑みを浮かべるイケメンが本当に腹立つな。
陽太郎には本音を語りたいが、上手く説明できる気がしなかった。
「……桐花の相手は俺じゃねえよ。あいつはすぐコミュ力つけて俺に時間を割いてくれることなんてなくなるよ。これからいっぱい友達作って俺のことなんて構ってくれなくなるだろ」
陽太郎の顔が歪む。
反論したい気持ちをねじ伏せて、俺の変な理論を聞いてくれていた。
「俺が桐花と二人でいたら、世間から非難浴びるだろ」
陽太郎が口を開こうとして閉じた。
俺と多江が連れだって歩くことが納得いかないという連中が何人もいたことを、陽太郎もよく知っている。
「向井とまともに会話してる男子って、つっきだけじゃないか!」
別の切り口で攻めてきたか。
でも、それは俺の疑問でもある。
「お前の方が結構言葉でしゃべってるだろ。俺なんて口利いてくれないから顔と態度で判断してんだぞ?」
「えぇ!? すごいな!」
「何がすごいだよ」
こんな状態で依子先生に桐花の保護責任者みたいな扱いをされているんだぞ。
「それ、向井がつっきに甘えてるんだよ」
「は、はい?」
またおかしなことを。
どちらかといえば、あまり口を挟まない桐花に甘えているのは俺の方だ。
「瀬野川も嗣乃も向井に厳しいの知らないの?」
たまに嗣乃が桐花に怒っている姿は見かけるけど、そこまで厳しいと思ったことはなかった。
「俺達さ、ちゃんと言葉で話せって向井に強要してるんだよ。すぐ話すのあきらめて黙っちゃうから」
え? 最近俺そういう指摘受けてないよ?
あれ? 嗣乃も陽太郎も俺のコミュニケーション能力向上は諦めたってこと?
なんで? なんでこいつら桐花ばっかり構うんだよ!
いやいや落ち着け、桐花に嫉妬してどうするんだ。
「そ、それよりお前ら、どこで花火見てたんだ?」
「露骨に話を逸らさないでよ。花火なんて見てないよ」
そっか。見てないのか。ん?
「はぁ!? なんで!?」
「え? なんでも何も案内所にいたんだよ」
昨日の俺達と一緒かよ。
「まあ、木の隙間からはちょっとだけ見れたけどね。昨日つっきも向井も見てないんだからお互い様だよ」
しまった。
誰が案内所をカバーするのか確認しておけば良かった。
「な、なら、昨日はどうしてたんだよ?」
「昨日はみんなで見たよ。つっき達が受付にいるって依子先生がすごく怒ってたから、今日は俺達が案内所に残ったんだよ」
なんてこった。
裏目もいいところだ。
「瀬野川と有光は今日どこかにいなくなってたよ。あの二人、どこかで抜け駆けしてたんじゃないかな」
「そっか」
交野さんからもらった秘密スポットの情報を白馬に教えたのは正解だった。
陽太郎に教えても、嗣乃と二人でなんていう選択肢を選ぶとは思えなかった。
「ぷっ!」
「な、なんだよ?」
「ふふ……花火を二人で見ることがそんなに重要なの? 三次元でも?」
「い、い、いや! 別にそう言う訳じゃないんだけど!」
うわ、恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい!
「ようやく気づいた? 俺が恥ずかしくなっちゃったよ。それが三次元にも適用できるなら、今日のつっきなんてすごいフラグ打ち立てたってことだよ?」
「そ、そんなわけねーだろ!」
ここは残念ながら三次元だ。
恥ずかしい。死にたい。
「ねえ、向井とその……その、ちゃんと向き合う気はないの?」
言葉をオブラートに包みすぎだ。
真剣を超えて必死に向き合ってるぞ俺は。桐花に限らずだけど。
「ならお前も嗣乃と真剣に向き合ってみろよ」
「なんでそこで嗣乃が出てくるんだよ?」
はぁ、これだ。
陽太郎は本心を見せようとしているのではなくて、自分の本心が見えなくて苦慮しているというのが正しい。多分、嗣乃も。
陽太郎と嗣乃の間を隔てているのは、今俺が桐花に抱いている御し難い感情と一緒かもしれない。
ただ、俺と陽太郎の状況はまるで違う。
桐花とは出会ってたった数ヶ月。
お互い距離を置けば、完全に赤の他人にだって戻れてしまう。
家は今まで一度も会うことがなかったほどは離れているし、学校で顔を合わせる以外の接点なんて、無くそうと思えば無くせてしまう。
その点、陽太郎と嗣乃はあまりにも近過ぎる。どうやっても、他人にはなれない。
「俺、嗣乃を束縛しちゃってる気がしてさ……それにさ、もしその、俺達がこんな風にずっと一緒にいなかったら、嗣乃は俺のことなんて眼中にないと思う」
張り倒されたいのかこいつは。
「んなわけねーだろ。運動音痴で生活力皆無なイケメンなんて放っとけないだろ」
陽太郎は顔で降参と言うのが上手だ。
「そんな奴のどこに魅力があるんだよ?」
「さぁ? 嗣乃の異常性癖かな」
「えぇ?」
今の陽太郎も未来の陽太郎も嗣乃ならケアしてくれるはずだぞ。
しかし、なんだこの娘を嫁に出すような喪失感。
「あ! 話を脇道に逸らさないでよ! つっきの話をしてたのに」
「もう終わっただろ」
「終わってないよ! 俺にとっては嗣乃と同じくらいつっきも大事なんだよ! 話くらい聞かせてよ!」
BLかよ。
なんて心の中で突っ込みつつ、俺も陽太郎が大事だから心配なんだよ。
「……真面目に、俺が桐花と外歩いてるの見たらどう思うんだよ?」
正直に答えて欲しいところだ。
陽太郎が思案顔になる。
「ちょっと不思議、かな。多江と一緒に歩いてる姿が板に付いてたから」
えぇ……。
素直に答えてくれているのは分かるんだけど、心がとっても痛むでござるよ。
「俺も、想像付かないんだよ。嗣乃と一緒に歩くとか、そういうの」
「そ……そっか」
結局これだけ腹を割って話しても、俺達は振り出しから一マスも進まなかった。
見た目はかなり違うが、ヘタレ度合いはほぼ同じなんだよな。
「ママー! 部屋着取って!」
嗣乃の大声にで現実に引き戻された。
風呂に二人とも入っていたことをすっかり忘れていた。
会話は聞こえてないとは思うが。
「二人とも俺ん家に行っちまったぞ!」
「はぁ!? じゃあ持ってきて!」
「だ、駄目!」
桐花も大きい声出すようになったな。
「呼んでくるから待ってろ!」
ついに、今日が終わってしまう。
ここに桐花を残して、俺は自分の家へと帰らないといけないのか。
玄関の一際小さい桐花のスニーカーを見て、変なことを思ってしまった。
明日の桐花は、今日みたいにたくさん話してくれるだろうか。
多分、いつもの桐花に戻ってしまう。
今日みたいに特別な日をまた経験するにはどうすれば良いんだろう。
桐花もそれを望んでくれることはあるんだろうか。
汀家の玄関のドアは、まるで迷路の入口のように思えた。
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