少年少女と暗闇と、降り注ぐ花火-3

 ブザーが鳴り止むと、河原の方から放送が聞こえた。


「今、何時?」

「八時半」


 花火が上がる時間は少し押したらしい。


「ライト消して」


 桐花がライトを消すと、花火の打ち上げ場所で光りが点滅した。

 近いからか、これから打ち上げる花火のスポンサー名が読み上げられるのがよく聞こえた。


「一応言っておくけど、ここは絶対安全だから」

「……え?」


 打ち上げ音が聞こえた。

 距離が近いからか、花火の発射音がかなり鮮明だった。


 花火が開くとほぼ同時にドンという音が響き、大輪の菊が咲いた。

 最初からこれはびっくりするだろうな。


「え? あ? え!?」

「落ち着けって」


 桐花が狼狽えるのも無理はなかった。

 真っ暗な空間で距離感が計れないからか、近すぎる花火は真上から降り注ぐように見えるのだ。


「うあ、え、わ!」


 花火は次々と容赦なく上がっては炸裂した。

 その度に桐花が普段出さないような声を出した。

 悪いけど、ちょっと面白かった。


 桐花は急に勢い良く地面に寝転んだ。

 同じように寝転んでみると、見上げなくて済むので首が楽だった。

 だが、桐花の両手が俺の腕をがっちり掴んで締め上げていた。


「あ、うわ! うわっ!」


 発射地点から八百メートルほどという理想的な距離に位置する神社からは、花火がとてもきれいに見える。


 だが、近すぎるここでは襲ってくる無数の火の玉だ。

 爆発音も、光とほぼ同時に響いた。

 桐花は多少落ち着いたようだが、違う種類の花火が上がる度に声が出てしまうようだ

 急に桐花が立ち上がったと思うと、今度は俺とは頭を逆にして寝転んだ。


「な、何してんの?」

「ぎ、逆に降ってる!」


 なんだか桐花が挙動不審になっていた。

 テンションが暴走しているらしい。


 一応は男女二人きりで花火を見ているというのに、雰囲気も何もありはしなかった。

 お互いジャージのハーフパンツに自治会の祭りポロシャツ姿。

 しかも顔を引きつらせながら、真上で炸裂する花火に圧倒されている。

 ここに居るのは男女という以前に、桐花と俺なんだから仕方ないか。


 一際大きいヒュルルルという花火の笛が響いた。

 まずい、これは大きい。


『ドン』という強烈な音圧に襲われた。


「うお……」

「あ……」


 逃げ場がないと思わせるほど、大量の火の粉が降ってきた。

 尺玉より更に大きい尺五寸尺五寸か、正二尺玉しょうにしゃくだまだろうか。

 暗闇の中の光りは距離感を狂わせるのか、花火の中にいるようだった。


「お、おぉ……ちょっと、怖かったな、今の」


 桐花も圧倒されたらしく、消えていく花火の明かりの中で頷くだけだった。

 右、腕に桐花の爪が思い切り食い込んでいた。


 圧倒的な光景に神経が昂ぶっているのか、あまり痛みを感じなかった。

 そして、俺は左手で桐花の手にすがりついていた。


「あ、あの、食い物と飲み物取ってきたんだった」


 驚き過ぎた自分が恥ずかしくなってしまった。

 慌てて桐花の手を振りほどくと、リュックから食べ物を引っ張り出した。


 桐花は心ここに在らずといった顔で、俺に渡されたソース煎餅をパリパリと食べ進めていた。

 先程の大玉は死がちらつくレベルだったからか、他の花火にはすっかり慣れてしまったらしい。


「うわ」


 再びドンという音と共に、大きな花火が上がった。

 目と花の先まで、火の粉が迫っているように感じられた。


「うわぁ!」

「ひっ!」


 近くの草むらでガサっという音がしたのだ。

 俺も桐花も驚きのあまり息を飲んだ。


「き、きり……!」


 桐花が音のした方にライトを向けてそちらへ行き、何かを持って戻ってきた。

 度胸ありすぎだ。イノシシかクマだったらどうするんだ。


「……これ、もしかして?」

「うん、花火の殻だ」


 桐花が持って戻ったのは三十センチほどの茶色い厚紙のようなものだった。

 周囲が焼け焦げていたが、かなり大きい玉の一部だったのがよく分かるほど、湾曲が小さかった。


「ぜ……」

「ぜ?」

「絶対、安全って!」


 うん、言った。

 確かに言ったよ。


「ほ、ほら、これなら当たっても、あんまり痛くなさそうだし」


 桐花は殻を俺に押し付けてきた。


「持って帰る!」


 自分のショルダーバッグには入らないから、俺のバッグに入れろってことか。

 燻った火がないかざっと確認するが、大丈夫そうだ。


 花火が終わりを告げるサイレンと放送が聞こえた。

 何故か、その音はやたらと不快に響いた。


「うどん屋でも寄って帰ろうよ」


 桐花は夢中でソース煎餅をバリバリかじっていたが、俺はそれだけでは足りなかった。


「冷や玉」

「俺に注文してどうすんだよ」

「んふふ!」


 桐花は興奮が抑え切れていないようだ。

 楽しんでくれたなら良かった。


 俺も楽しかった。終了するサイレンの音が嫌いになりそうなくらい。

 フェンスを乗り越える桐花を見ながら、湧き上がってくる寂しさに涙が出そうだった。

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