コミュ障少年とネクラ少女、味方になる-3
生徒自治会はとにかく人手不足も良いところだった。
今いる人材だけで何もかも処理しなくてはならなかった。
それこそ友人達の関係がこじれるかもしれないという危機感にメンタルを削られていても、エレベータのない部活棟の最上階で大量の備品を発見してしまってもだ。
どうして俺はこんな金鉱脈を発見してしまったんだ。
そうか、サボろうと思って部活棟へ逃げたのがいけなかったか。
早々にチャットで助けを呼んだが、来てくれたのは桐花だけだった。
「ご、ごめん……ちょっと休ませて」
パイプ椅子や机を一階の昇降口に置いてはまた上がるを何度か往復しただけで、もう限界だった。
ドサリと床に寝転がると、桐花も俺の横に座った。
「この量あと何往復かなぁ……数えなくていいから」
桐花が指折り数え始めたのを止める。
低空飛行だった俺のモチベーションが更に低下してしまった。
「うぇ?」
思わず変な声が出た。
そりゃ突然金髪少女の手が額に当たればこんな声くらい出てしまう。
「そ、そんな体調悪そうに見えるかね?」
多江みたいな口調になってしまった。
心配されるほど顔に出ていたか。
寝不足なのは確かだった。
俺と桐花を除いて全員の想いがぐちゃぐちゃに絡まっていた。
その蚊帳の外いる二人が同じ空間にいるのは、妙に居心地が良かった。
そうだ、桐花がいた。
どうしてこんなに甘えたいような気持ちになってしまったんだろう。
「あの、さ」
自然と口が動いていた。
外から部活動の掛け声に、ロック研と吹奏楽部が奏でる音が響いていた。
きっとここで何をしゃべっても誰にも聞かれないのは間違いなかった。
しかも、黒板という便利な道具があった。
ちびてはいるが、チョークも。
「相談、していい?」
疲れた頭が勝手に話しを始めていた。
もう言ってしまったことを取り下げられない。
桐花は俺の突然の提案に目を大きく見開いたが、大きく頷いてくれた。
「えと……たとえばの話なんだけど」
自分で言っておいてなんだが、切り出しとしては最悪だ。
『たとえば』、もしくは『知り合いの話なんだけど』なんて、自分のことですと宣言しているようなもんだ。
ふらふらと立ち上がって、ちびたチョークを黒板に突き立てた。
黒板の中央に『よ』と書いた。
その右側に『つ』、上に『せ』、左に『た』、下に『き』と書く。
「こ、この『つ』は『み』でもある『つ』だからな。『あ』じゃないぞ」
そして『た』の左側に『と』と書いて、そこから『た』に向けて矢印を書く。
ここまで描いて桐花は目を丸くしていた。そりゃそうか。
『せ』の上に『し』と書いて、『し』から『せ』に向けて矢印を描く。
桐花は怪訝な顔をしていた。
普通両矢印を描くと思うよな。だけど、矢尻は片方だけだ。
そして、出来上がった奇妙な放射状の図より左に外れた位置に『あ』と書いた。
そして、点線の矢印を『た』に向けて描き、途中で止めてバツを描いた。
桐花は何も言わずにじっと見ていた。
最後に『た』、『せ』、『つ』から『よ』に向けて矢印を描いてから、チョークを置いた。
桐花を見ている限り、『き』から伸びる矢印は今のところなさそうだ。
まあ、それは俺の願望かもしれないが。
一緒にこの奇妙な放射状の図から一緒にはみ出ていて欲しかった。
じっと図を見ていた桐花は口を開いたが、声は出てこなかった。
「ケホ……ほ、本当?」
口の動きに遅れること数秒、やっと桐花の声が聞こえた。
相変わらず第一声がかさついていた。
「一応。うん」
顔から火が出そうになるくらい恥ずかしかった。
今更気付いたが、人に面と向かって振られましたと言っているようなものだった。
「俺……どうすりゃいいかな?」
桐花の不思議な所は俺を凌駕する人見知りかつコミュ障だと言うのに、じっと目を合わせてくる所だ。
少し複雑な表情でじっと俺というより、俺の目を見ていた。
何を考えているのかは分からないが、桐花は俺が黒板の桟に置いたチョークを手に取った。
「ん?」
気がつけば、桐花は俺の方を向いていた。
俺の予想に反して、桐花はチョークを俺の前に差し出していた。
「ケホッ……どう……」
やっと桐花の声を聞いたが、ガサガサだ。
「ゲホッ……どうなったら、いいと思う?」
「は、はい?」
いや、そういうことではないんだけど。
この手詰まりな状況を相談したいのにな。
桐花はチョークを持った手を、更に俺の方へと突き出した。
「思うのは勝手だから、自分が、どうしたいか」
ああ、そうか。
それが桐花からのアドバイスか。
俺が一番良いと思う状態を描いてみろということか。
静かに深呼吸をしてから、チョークを受け取った。
『し』から『せ』への片一方の矢印に矢尻を追加して、『せ』から『よ』に向かう矢印を消してみた。
うん、なかなかすっきりする作業だこれ。
皆の気持ちを忖度せず、俺の思う状態をただ描いていく。
『つ』から『よ』に向かう矢印にも矢尻をつけて両矢印にする。思わず力が入ってしまい、ボロボロとチョークの粉が落ちた。
そして、『た』へと伸びている『と』からの矢印も両矢印にしようとしたところで、桐花の手が俺の腕を掴んだ。
「お、男には極力触るなよ?」
勘違いされるぞ。今まさに。
さっきも額に触れられたからちょっとドキっとしちゃったんだからな。
「は、離してくれない?」
そして俺の繊細な心を惑わせないで欲しい。
作業も続けられないし。
「なんで、消し……ゲホ!」
「いや、消したいからだけど……」
まだ声がガサガサだな。
「え? ちょっと!?」
あ、ちょっと、痛い!
手ちっちゃいのに俺より握力あるかも!? 民族の違い!?
「いや、これ、本気だから! ほんとに! ちょっと! 緩めて!」
やっと桐花の手が離れた。
安心した。桐花のボディタッチについては誰も勘違いしようがないな。
万力に挟まれたと思われるだけだ。
桐花は不満げだったが、どうにもできない。
これが、俺の偽らざる本音だと思う。
できあがった図は『あ』と『き』以外はすべて矢印が両方向に繋がっていた。
これが理想なのかどうかはっきりとは言えないが、すっきりしたのは確かだった。
「あ、ありがと。なんかすげー気分良い」
俺の目から、数粒涙がこぼれた。
悲しくも嬉しくもなく、大きな欠伸をした時に出るような涙だった。
ここしばらくのストレスが、全部吹っ飛んだ気分だった。
そんな俺を、桐花は苦虫をかみ潰したような顔で見ていた。
クレームがあるなら受け付けるつもりでいるんだから、言葉で言って欲しいな。
携帯が震えた。
「嗣乃達が来てくれるってさ」
桐花の眉間のしわが深くなった。
「嬉しくないのかよ?」
あれ? 何だこの気分。
援軍の朗報を受けたはずなのに、俺も嬉しくなかった。
多分、今の状態が、今の気分にちょうど合っているんだろう。
一人でいるのは寂しいけれど、ちょうど親しすぎない桐花がいてくれる。
「お前はお前はどうしたいんだよ?」
おっと、桐花をお前呼ばわりしてしまった。
特に反応がないから大丈夫かな。
まだ知り合ってから日は浅いが、桐花も色々考えているはずだ。
携帯が震え続ける。残り時間は少なかった。
誰かが到着する前に、この図はしっかり消してしまわないと。
だけどその前に、桐花の思っている理想の状態を教えて欲しかった。
もし俺が思っている状態と少し違うなら、知っておきたかった。
ガツンと、チョークが黒板に接触したとは思えない音がした。
「え?」
『き』の下にぶち当たったチョークが、ぼろぼろと粉を落としていた。
桐花はまるでパンチを繰り出すように、チョークを握った手を黒板に叩きつけていた。
位置を外しすぎだろうと思ったが、それで良かったらしい。
黒板を爪でひっかくような音をさせながら、線は左へと伸び、『あ』を内に含めて折り返し、そのまま『き』も含めて始点まで戻ってきた。大きな円に全員が囲まれていた。
ふん、と桐花がひと仕事終えたおっさんのような息を吐いた。
そしてこっちを見て少し笑った。
少し心臓にぴりっとした衝撃が走った。
そんな顔ができるなら最初からしておけば良いのに。
桐花は決して笑わない訳じゃない。
喜怒哀楽でいう『喜』と『楽』といった表情が少し伝わりにくいだけだ。
「な、何してんだ?」
桐花は携帯で黒板の写真を撮ると、一目散に黒板消しでぐいぐい消し始めた。
なんで写真まで撮ったんだろう。
そもそも桐花の本音がそこに含まれているのか疑問なんだが。
「やべ! 長机畳むぞ!」
階下から声が聞こえてきた。ボリュームのつまみが壊れた奴らの声だ。
「こ、これは秘密!?」
何を当たり前なことを。
「そうだよ! 黙っててくれ!」
「ほんとに!?」
「ほんとに!」
大急ぎで長机の脚をばたんばたんと畳んでは積み上げる。
「ふふ……うふふ!」
「ど、どうした?」
女の子って得だな。含み笑いすら可愛かった。
俺が含み笑いなんてしたら生きたまま燃やされるレベルの罪なのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます