少年と少女 、相悩む-4

 ガクガク震える足をペダルに置いて坂を下るのは危険極まりなかった。


 今夜は八人全員我が家を含む三家の家に泊まることとなっていたが、その前にしなくてはならないことがあった。


「……うわぁ」


 多江が呆けた声を出してしまうのも仕方なかった。

 俺達はシックな佇まいの日本家屋の前に集結していた。


 我が家から数キロしか離れていないのに、築百年を越える屋敷があるなんて認識したことすらなかった。しかも、二十年間外国人が住んでいたなんて。


 その屋敷こそ、桐花が生まれ育ったフロンクロス家だった。

 フロンクロス家の前にある通りは元々大きな神社の参道で、数百メートル先の丘全体がその神社の土地だ。

 かつてはこのフロンクロス家までが神社の土地で、屋敷自体は神職が生活するために造られたんだそうだ。


 フロンクロス家の客間は宴会場かと思えるほど広かった。

 大金持ちの瀬野川の家も見事な日本家屋が敷地内に何軒も建っているような家だが、比較的築浅だ。

 この家のような長い歴史の威厳を感じさせるものではなかった。


「めちゃくちゃいい家だなぁ」


 思わず呟いてしまう。


「そんなことない。夏は涼しいけど……冬は寒くて」

「だからヒートテック着ればいいのに!」

「や、やだよ」


 お茶を持ってきてくれた桐花の母親らしき人は欧米人そのものという見た目だったが、慎重は150もなさそうな桐花並に小さかった。

 ほぼ白といえる金髪はスポーツ刈りかと思う程短く、彫りの深い顔立ちは桐花に似ているとは思えなかった。


「うはぁ、お母さんすっごい美人! キーラ・コルピに似てるとか言われません?」


 瀬野川は少し口にチャックできないんだろうか。

それ以前にキーラなんちゃらって誰だよ。


「え!? 本当に? 私キーラに似てる!?」


 外国人風の訛りが一切ない日本語だった。


「に、似てない!」

「桐花の意見は聞いてませーん!」


 桐花が小さな声で即座に否定する。お母さんに辟易する桐花はなかなか面白い。

 畳の間で両手をあげてくるくる回る欧米人とはなんと不思議な光景か。


 ん? お母様、娘のことを桐花って呼ばなかった?


Quit it!いい加減にして


 桐花が歯を食いしばった奥からつぶやくような声で母親をたしなめようとした。

 多分英語でやめろとか言ってるんだろう。

 分かるぞ、母親って対処に困るよな。


 隣に座っていた杜太がちょいちょいと俺を突いてきたのでそちらの方を向くと、そのキーラなにがしさんらしき人の画像が表示されたスマホを見せてきた。


「ちょっと似てるよねー」


 フィギュアスケートの選手なのか。

 万歳してくるくる回ったのはそのものまねか。確かに似ている気はする。

 それよりも、今すぐ逃げ出したい。


「ん? 月人どうしたのー? なんかすごい汗かいてるよー?」


 当たり前だ。

 親にまで伝播してんだぞ。俺が数分で考えた『桐花』という名前が。


「Alright honey, who's your boy……」

「Will you shut your mouth and get the hell out of this room!?」


 歯を食いしばったまま言葉を絞り出す桐花が怖い。

 途中で桐花に遮られたが、お母さんがなんと言ったかは大体分かる。『どの子が彼氏なの?』という典型的な母親の煽りだ。


 そして桐花はそれに対して『うるさい出ていけ』とでも言っているんだろう。

 お母さんを退場させてしまったら挨拶に来た意味がなくなっちゃうんだが。


 突然、玄関側のふすまが勢いよく開いた。


「はいどうもー! おお! 男の子いっぱい! キャッチボールする?」


 また一際キャラの濃いおっさんが入ってきた。何故キャッチボールなんだ。

 面影からすると間違いなく桐花のお父さんなんだろうが、手足は細めなのに腹だけはぐいっと出ている面白い体型のおっさんだった。


JAMISジェイミス』という自転車のブランド名が書かれたTシャツを着ているが、ジェーイーミースと読めそうなくらいぐいっと左右に伸びてしまっていた。

 桐花父も並の背の高さを地で行く杜太よりも低いくらいだった。

 アメリカ人はみんな背が高いって思うのは偏見なんだろうか。


「お、お父さん、出かけてるって!」

「Of course I told him to get his ass back home!」


 うわぁ、お母さん邪悪な笑顔してるなぁ。

 なんて言っているかよく分からないけれど、きっと外出中のお父さんを呼び戻したんだろう。


「Why you……!」


 桐花がいっぱいしゃべっているのが面白いな。


「本来ね、お名前まで考えてくれてね、こっちからね、挨拶しにね、いかないとねってね、思ってたのね。みんなね、本当にね、ありがとうね!」


『ね』の多いおっさんだな。


「Stop acting like a stupid gaijin!」

「Come on, we need some SHITASHIMI here don’t you think, sweet heart?」


 ツッコミ役に回る桐花の新鮮さと、やりとりの面白さに皆もう決壊寸前だった。

 桐花は倒れるんじゃないかというくらい顔が真っ赤だ。


 それにしても、どうしてこんな面白い感じのおっさんの遺伝子からこんな可愛らしい子が生まれるんだろう。

 母親の遺伝子が勝るんだろうか。

 仕事してくれよ我が母上の遺伝子。いや、父上のことは大好きだけどさ。ビジュアル以外。


 後日全員が改めてお呼ばれすることを約束させられ、俺達は解放された。


 しかし、謎は残ってしまった。

 桐花の内向的な性格はどうして出来上がってしまったんだろう。

 別に内向的なのが悪いという訳ではないんだが、どうしても気になってしまう。

 他人に踏み込まない方が良いのは分かっているのに、気になって仕方がなかった。

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