少年と少女 、相悩む-3

 俺と嗣乃の登坂勝負は差が開く一方だった。

 もう足だけにとどまらず肛門まで痛いんだけど。


「もう、置いて行かないでよ!」


 寝坊屋の多江がいなかったので、陽太郎は一人放ったらかしにされてひどくご立腹だった。

 陽太郎も少しずつ速くなってはいるんだが、さすがに俺と嗣乃の速度にはついて来れなかったらしい。

 しかも昨日は体育館の舞台の下にある倉庫から大量のパイプ椅子を引き出しての作業だった。


 日付は既にゴールデンウィーク初日だった。

 本来であれば安佐手家と瀞井家に嗣乃を伴って母方の実家へ小旅行するというイベントがあるはずなのだが、それは叶わなかった。


 我が祖父母は本物の孫である俺達よりも嗣乃を無責任に可愛がるんだもんな。

 しかも、俺達三人の両親は実家の祖父母を連れて陽太郎の両親が住む離島へバカンスに出かけてしまった。

 これは間違いなくネグレクトだ。児相案件だ。


 だがまぁ、主婦道初段くらいは持ってそうな嗣乃に従って分担して家事をこなせば平穏無事に過ごせる。

 というわけで俺達は祝日にも関わらず、今日も馴染みの自治会室で地味な作業に追われていた。


「そう。んでA4ぴったりに印刷できるから」


 桐花は目を見開いて感心していた。


 ゴールデンウィーク明けに迫っている球技大会班はもっと大変そうだ。

 ソフトボールの大会の特別ルールの策定もさることながら、時間調整やら物品確保、更には救護用品の手配も必要だ。

 球技大会班は白馬の提案でダイヤを狭め、グラウンドの両端と野球場で一気に三試合できないかを試しているはずだ。

 ボールと金属バットはわざわざ近隣の小学校から借りたそうだ。

 ぷにぷにした反発力の低いボールに、バットも小学校低学年向けの軽い物を使うことにしたらしい。

 たまにグラウンドの方から鈍い打球音と共に「ああー飛ばねぇ!」というダミ声が聞こえてくる。柔らかいボールの飛距離を見ているのだ。


 当初は女子ソフトボール部の強打者にテストをお願いをしていのだが、それを聞き付けた野球部も部員を拠出してくれたのだ。


 自治会室の窓越しに見ている限りでは、柔らかいボールの威力は絶大だった。

 ソフトボール部女子の美しいスイングでも、嗣乃の無手勝流のスイングでもボールの最大飛距離はあまり変わらなかった。

 野球部員の打球はさすがに飛んでいたが、ホームランにはほど遠い。

 少しフライ気味に飛ぼうものなら俺でも捕球できそうだった。

 これだけボールも飛ばなければ校庭で一気に三試合、更に野球グラウンドでも一試合、都合一気に四試合できるだろう。


 それにしても、暇だ。

 元々俺は桐花にExcelでA4サイズぴったりに印刷する方法を教えたら、すぐに物品管理を手伝いに行こうと思っていた。

 だが、俺の子鹿のように震える足を見た山丹先輩に駐められてしまった。

 一年生の仕事割りを考えろという指令まで下されて。


 全員の性格を分かっているからか、仕事振りなど数分で終わってしまった。

 暇過ぎて段々自分の存在意義について考えてしまうほどだ。


「終わった?」


 もう何度こうして桐花に声をかけただろうか。

 桐花は俺が止めなければ、ずっとレイアウトを延々いじり続けてしまう。


「これでいいと思うよ。体育館行こう」


 頷いた桐花が、ノートパソコンをパタンと閉じて立ち上がった。

 ヨボヨボ歩く俺に肩を貸してくれようとしてくれるのは嬉しいんだけど、男の子の面子ってものがあるので丁重にお断りした。



 外では嗣乃がバットを振っていた。


「ちょっと汀ちゃんうちにくれない!? すごいんだけど!」


 ソフト部の先輩は嗣乃を過大評価し過ぎだ。

 ルールすら把握できていないのに。

 サッカーのルールだって先に俺が把握して教えたくらいだ。


「出すモン出してもらわないとあきまへんなー! 嗣乃ちゃんは高いよぉ?」


 山丹先輩、何キャラだよ。


「そうですね、自治会室の窓にはスタンド付きのネットを置けば安全だと思います」


 白馬は野球部らしき人と話をしていた。

 どうやら自治会室の前当たりに一塁を置くつもりらしい。


 瀬野川と多江はやたら長い巻き尺を引っ張っていた。


「多江、それ何してんの?」

「一塁この辺ぎりぎりに置けるか測ってくれってさー。ここならファールボールもすぐ自治会室の壁にぶつかって取れるしね。ピッチャーマウンドもちゃんと作るんよ!」


 意外だな。多江が野球用語をよく知っているなんて。


「へぇ、詳しいな」

「伊達に『大きく振りかぶって』ねーよ! 桐花には今度教えて上げるねー!」


 少し離れた所から地獄耳の瀬野川が叫ぶ。

 そういうことか。

 男の友情物語を劣情に転換することに命でもかけてるんだろうかあいつら? 余計なことを言うとヲタバレするぞ。



 体育館で待っていたのはパイプ椅子の選別だった。

 陽太郎と杜太が運び出して外傷を確認していた。


 旗沼先輩が座って強度を試し、桐花と条辺先輩が旗沼先輩の判断を聴いて仕分ける。


 俺と桐花が合流してから一時間ほで休憩が言い渡され、自治会の面々が床に転がるように倒れ込んだ。


「ぐぶえ!」


 人生初の対面座位を条辺先輩に奪われた。

 足を投げ出して座っていたことを後悔する日が訪れるとは。


「あっはっは! ぐぶぇだって!」

「どいてくださいよ……陽太郎の方が面白いですから」

「おっほー! 身内を売るなんてクズーい!」


 やばい、山丹先輩がいない。


「はいはいクズに近寄るとクズが移りますよ」

「はぁ!? ノリ悪!」


 すっと立ち上がって今度は杜太の方へとフラフラ歩いていく。


「うわわぁ! 初めての対面座位奪われたぁ!」


 なんてこと叫んでるんだ馬鹿。俺と同じ発想しやがって。


「おい、切れ長イケメンよお! つっきーの反応見習えよ面白くねーんだよぉ!」

「つ、月人より面白くなるのは無理ですよぉ!」


 え? 杜太の中で俺はどういうキャラクターなの?

 お、条辺先輩ついに陽太郎へ行くか。


「ぶぐぇ!」


 流石従兄弟。まったく同じ反応。

 なのにイケメンが言うと違って聞こえる。


「ななななんですか先輩!」


 思い切り不意を突かれて流石にびびっているらしい。


「いい反応だわー! これからつっきーじゃなくてお前いじるわー!」


 ターゲットが外れて思わずガッツポーズを決めてしまったのを桐花に見られたが、まあいい。

 それに条辺先輩の変態行為もそろそろ終わりだ。

 大きな手が条辺先輩の頭頂部を掴んでいた。


「条辺さん、優位な立場を利用して後輩を虐げるのはいいことではないよね?」

「あだだだだ! ハゲるって!」


 条辺先輩は本当に面白い。主に学ばないところが。


「ぬまっち、そろそろ再開しようよ」


 三年の先輩の一声で、果てしなく地味で疲れる作業が再開された。


「はい。ではOBからのピザの差し入れが来るまで作業を再開しましょう」


 最高だ。

 和食ばかりの我が家ではなかなか食べられないごちそうだ。

 ちと気合いを入れ直そう。

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