幼馴染の心は、どこにあるのか-3
疲れた。
フルマラソンを走ったくらい疲れた。
早く帰りたいのに、全員が揃うまで帰宅できないなんて理不尽だなぁ。
「ただいまー!」
あと少しで完全下校時刻というところで、やっと嗣乃と桐花のコンビが戻ってきた。
「いやー楽しかった!」
そりゃお前は楽しかっただろうよ。嗣乃の後ろで憔悴しきった向井桐花を見ると、コミュ障には相当辛い時間を過ごしたんだろう。
「つぐ遅すぎだよ……うお!?」
多江が素っ頓狂な声を上げるのも無理はなかった。
桐花から受け取ったメモには各部活についての情報がびっしり書かれていた。
いたたまれずにずっとメモを取っていたんだろう。分かるぞ、その気持ち。
「こんなにメモって……今日の分全部回れたの?」
多江の質問に、自信たっぷりにサムズアップする嗣乃に大いに不安を覚えた。
「明日追い込むから大丈夫!」
「天誅!」
多江が嗣乃にへっぴり腰な手刀を叩き込んだ。当然の処罰だ。
「えー何その仕打ち!」
「うっさい! これ打ち込むのあたしなんだからね!」
うん、俺は手伝わない。
メモを受け取ったのは多江であって俺じゃないし。
入力作業は俺と多江が二台のノートパソコンを使って担当していたが、俺はもう自分の分を終えていた。
「えっとぉ、こことここ……それからここ……」
多江が一生懸命必要な情報を抜粋するのが自分のPC上でも見える。
文書や表のクラウド共有機能は便利この上ない。同じドキュメントを何人ででも一気に編集できてしまう。先日俺がパソ部の先輩方と相談し、仕事の効率化のために導入した無料のクラウドサービスだ。
「つっきー終わったならちったぁ手伝ってよ」
「えーどうしようかなー?」
自然な受け答えができているか不安だ。
「桐花お疲れ。きつかったっしょ?」
瀬野川がふらつく向井桐花を席へと誘導して座らせた。
「えー? あたしへの気遣いはないの?」
「うるせーよオメーはずっと自分のペースでベラベラしゃべくり倒したんだろ!」
嗣乃の罪は俺の罪って訳じゃないが、兄弟の尻拭いはするか。
「多江、半分」
「やたー! 愛情感じちゃうよつっきー!」
心臓に悪いことを言わないで欲しいな。
今の言葉の解釈を杜太に誤解されたらどうしよう。
「……文化部って結構あるんだな」
桐花のメモはかなり細かかった。
スポーツ部と違い、文化部は何をしているか分からない部活が多い。
細かい記述はありがたいといえばありがたいんだが。
「文化部はちょっと練習のきつさとかよく分からんから項目変えるか」
「あいよぉ……お、おお、つっきー結構細かく書くね」
「いいからさっさと打てよ。明日も結構回らないといけないんだぞ」
ぎっと嗣乃の方を睨むが、嗣乃はすぐにそっぽを向いた。
せっかく向井桐花が嗣乃の無駄話をここまで具体的な情報に昇華してくれたんだ。
あまり切り捨てたくはなかった。
「いやーつっきーようけ働くねぇ。つまんなくねーの?」
まだ帰ってなかったのか条辺先輩。
「先輩に茶化されて突然つまんなくなりました。杜太変わってくれ」
「ほんとにぃ? 頑張っちゃおうかなー!」
「えぇーとーくん遅いからやだよー!」
哀れ杜太、想い人からの全力拒否。
「じゃあ白馬……」
「つっき! 手を動かす!」
嗣乃の一喝はさすがにイラッときた。
「お前のせいで遅くなってんだろ!」
「手を抜かずに仕事をしたんですぅ!」
「いやぁ、今年の一年はみんな仲が良くて助かるよ」
山丹先輩の口調はまるで茶飲みばあさんだな。
「うわー湊ばーさんくせぇ」
条辺先輩が代弁してくれた。
これには隅っこで別の仕事をしていた旗沼先輩もくすくす笑っていた。
「それじゃあ、ばーさんから今日は解散を申し伝えるよ」
あらー入力は明日に持ち越しだなー。
こりゃー俺は外回り出来ないなー(棒)。
「バス来ちゃうぞー! じゃねー!」
条辺先輩が先に外へと飛び出した。
「さみいいい! 無理無理ぃ!」
そしてすぐ戻ってきた。
バス停は正門すぐ脇だ。バスのヘッドライトが見えてきたタイミングでも間に合うのに。
「あたしもチャリ通にしよっかなー?」
運動とはまったく無縁の多江とは思えない発言だった。
「え? まじ? 自転車屋さん紹介するよ! 今日行こう! 今行こう!」
嗣乃が早速食いついた。まあ運動音痴丸出しの陽太郎でもなんとか毎日行けているんだから、多江も時間さえかければどうにかなるんじゃなかろうか。
「おお! じゃ早速行こうかな?」
「あーアタシも寂しいからつるむ!」
瀬野川もやたら寂しがり屋だな。
「仁那もそんな遠くないんだからチャリ乗ろうよ!」
「えーアタシ汗っかきだからなぁ」
「いいなぁ、近くてぇ」
哀れ杜太。さすがに山二つ先から自転車通学は無理だ。
結局、俺と陽太郎は途中で嗣乃と別れて家路に就いた。
先程の話の続きをされないか心配だったが、お互い消化しなくてはならないアニメの本数が多すぎて何の話もせずに済んだ。
いつか本当のことは話すべきだろうけど、今は話せる心の余裕がない。
情けなくてごめんよ、陽太郎。
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