幼馴染の心は、どこにあるのか-2
野球部だと!? 超怖い!
超絶怖いのになんで俺が行かなきゃいけないの!? 野球場に近づくだけで怖いんだけど!
「はい、本当に簡単な調査なのですが、宜しいでしょうか?」
陽太郎はよく野球部の部長さんと普通に話せるなぁ。
桐花の案は即時採用で、陽太郎と俺はスポーツ部巡りを任されてしまった。
本当ならみんなが持ち帰った情報をまとめるだけで良かったのに、なぜか陽太郎に同行者として指名を食らってしまった。
「なるほど。野球部としては自治会さんからのお願いはいつでも歓迎だよ」
部長というのは誰にし対しても怖くてバイオレンスな存在だと思っていたけど、落ち着いたしゃべり方で好感が持てた。
「全員! 注目!」
突然の大声で耳が破裂するかと思った。部長さんやっぱり怖い。
野球グラウンドの隅で筋トレに励む部員達が駆け寄って来た。
「これより生徒自治会の方々による取材に協力すること! 失礼のないように! 以上!」
「「はい!」」
まるで空気の壁がぶつかってきたかのような『はい』だった。
「案内するね」
マネージャーと覚しき思われる女子の先輩が案内役になってくれた。
浅黒く日焼けした肌にポニーテールという出で立ちがヲタ心をくすぐる。
「野球部員は現在七十名所属していて、特に不足は感じていないの」
すごい大所帯だ。
去年県予選決勝まで進んだだけはある。
「それで……申し訳ないんだけど、今年は初心者が入らなかったから、もし初心者が入る場合は練習についてこれるって条件がついちゃうの」
練習風景は実に過酷だった。
一瞬も止まらずにひたすらノックをし、学校の外を走る部員が戻って来ると交代して外周を走りに行く。
不思議なことに、全員俺達の前を通る時は止まって一礼してから通過して行った。
「なんでこんなに自治会にうやうやしくするんだろうな」
「あら、知らないの?」
陽太郎に言ったつもりだが、答えてくれたのはマネージャーさんだった。
「野球部は湊ちゃんのお陰で救われたからよ」
マネージャーさん曰く、昨年まで部活自体の財政難が続いていたらしい。
野球部は親の負担が多いのは分かりきったことだ。
部員の半分近くが遠征費用を捻出できず、満足に練習すらこなせなかったそうだ。
そこで他校に学んで後援会を作ろうと動いたのは山丹先輩だった。
地道に卒業生やら商工会議所やらを訪問し、地元を中心に寄付を募って後援会を発足させたんだそうだ。
こういう話を聞くと、この委員会の恐ろしさが身にしみる。
本当になんでもやるんだな。
「なるほど分かりました。えと……マネージャーの人数は充実してるんですか?」
やだ、イケメンってみんなフェミニストなのかしら。
マネージャーの人員なんて思いもよらなかった。
「あら、それもケアしてくれるの? 全然足りてなくて困ってたのよ!」
突然落ち着いて話す先輩が、突然笑顔になった。
「あと三名ほどは欲しいと思ってるの。今年の頭からは持ち回りで部員に手伝ってもらっている状態で。三月まではダメ子……あ、条辺さんにも手伝ってもらってて。本当に休み返上で手伝ってくれてたから、野球部は自治会の皆さんに足を向けて寝れないのよ」
「なるほど……三名のマネージャーを募集してるということですね」
そこを補えれば、俺達が借り出されることもないということだ。
それにしても、山丹先輩はすごい人だな。
アイディアと行動力だけでここまで大きな組織を救えるとは。
「ご協力ありがとうございました」
「いえいえ! こちらも本当に助かってますから」
グラウンドを横切って部活棟方面へ向う。
「次はテニス部かぁ」
今度はチャラそうでとても怖い。
それよりも、一つの疑問が解消されていなかった。
陽太郎は何故俺を連れ出したんだ。
「よー、用事なら家で聴くっての」
「家じゃちょっと聞きづらいんだよ。なんで杜太と話した後に吐いたんだよ?」
「んー……なんもないけど?」
心配なら底に突っ込まないで欲しいな。
目の前の風景にぴしっとひびが入った気がした。
「ほら、あの、良質なコンテンツを入手したからな。興奮してげーっとしたかな?」
「そんな訳ないだろ」
うん。そんな訳ないよな。俺もそこまでサルじゃないよ。
心配してくれるのは素直に嬉しいけれど、話せるような内容じゃなかった。
「なんもねぇよ」
ぴしりぴしりと、更に風景にひびが入った。
真っ直ぐテニスコートまで歩けるか心配になってきた。
「なんもってことはないでしょ?」
「んー……なんだろうな、俺にも分かんねえよ。最近寝不足だったから体調悪かったのかもな」
「……本当に、なんかおかしなことはなかったの?」
心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっとしつこいな。
「ねえよ。むしろ一緒に飯食ったお前らが心配だっての。食い物かもしれねーぞ?」
「そうやって誤魔化そうとする!」
人の心に土足で踏み込んで来やがって。
俺も靴脱いで揃えてから踏み込んだことはないからお互い様だけど。
「いや、でも今日はめっちゃ調子良いよ。睡眠不足ってやべぇなって痛感したわ」
今日は確かに調子が良い。睡眠って大事だな。
「つっきのことが分からないんだよ。最近多江とあんまり話してないと思ったら、昼休み一緒にどこか消えちゃうしさ」
うへぇ、しまった。
ちょっとした行動がどんどん裏目に出るな。
「その、多江とうまくいってるの?」
「な、なんのことだよ?」
「そのままの意味だよ」
面倒な質問してきやがって。
ま、言い訳は既に準備万端だ。昨日杜太に使った言い訳をそのまま使えば良い。
「んー……そりゃおめーらの勘違いだっての」
「え? 多江よりも好きな人とか!?」
天然はやめてくれよ。
「違うよ。元々そういうつもりで多江とは接してないっての」
「そ、そうなの?」
『そうだよ』と言うために口を開こうとしたが、うまく言葉が出なかった。
そりゃ、嘘だし。
自分の気持に嘘を吐きつつ、大切な自分の片割れにも嘘を吐いている。
「で、でも、多江の気持ちはどうなっちゃうんだよ?」
「んー、まぁ、俺と同じ気持だろうよ」
なんてな。俺が一番知りたいよ。どんな気持ちで俺と毎日ゲームをしながら他愛のない話をずっとしていたんだか。
「もしかして……多江に他に好きな人がいる……とか?」
そうだよバーカ。
もう視界が亀裂だらけでぼやけまくっているように見えてしまうが、幸いテニスコートにたどり着いた。
金網越しだが、すぐ近くにクラスメイトがいるのは幸運だった。
「あの、部長さん呼んでくれない?」
予め決めていた棒読み台詞でクラスメイトに声をかける。
テニスコートは硬式が四面に軟式が二面あった。
一年生はまだ打たせてもらえないのか、金網を背にして横に並び、ひたすら球拾いをさせられているようだ。
「部長を……? ああ、自治会の仕事?」
「うん。テニス部に帰宅部引き取ってくれないかって交渉なんだけど」
「ちょっと待ってて。ワンプレー終わってから」
ぼさっと待っていると、突然先輩らしき人が駆け寄ってきた。
「おい一年! 自治会さんが来てるならすぐ声かけろ!」
「え? あ、はい、サーセン!」
出たよ先輩からの理不尽攻撃。やっぱりスポーツ部って怖い。そして自治会の御威光が強すぎて怖い。
「ねぇ一年、あれクラスの子なの? めちゃくちゃ可愛くない?」
女子部員が陽太郎を見てキャイキャイ盛り上がっている。
俺の姿が誰にも見えていないのは救いだな。
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