生徒自治委員会-3

 ドブさらいは三分の二以上を残して時間切れとなった。

 俺と数名の男子を除く生徒達は、シャワー室へと先導する先輩方に付いて行った。


 スポーツ部には相当な人数が在籍しているからか、体育館の地下に結構な規模のシャワールームがあるそうだ。

 見学してみたいとも思ったが、制汗スプレーをかけてから面倒くさくなってしまった。


 それより、寒い。

 唯一入れそうなのは目の前の自治会室だけだ。

 避難したら怒られるかなと思いもしたが、寒さには変えられないかった。


 脱いだツナギを抱えたまま自治会室のドアを開けると、自治会室には二・三年生らしき人達がたむろしていた。


 やばい、逃げよう。

 この辺の決断の早さは誰にも負けないと自負している。


「君、一年生?」

「すいません! すぐ出ます!」


 知らない先輩がいっぱいの空間なんて超怖いよ!

 声をかけてきた女子の先輩の方を見もしないで退散しようとしたが、肩を掴まれてしまった。


「ま、待って、外は寒いでしょう?」


 物腰は柔らかそうだが、ハスキーな女子の声ってなんだか怖いし逃げたい。

 でも美人だったらどうしよう。

 意を決して先輩らしき人物の方へと向き直った瞬間、目眩がした。


「あ、え?」


 着ている服こそジャージだが、人生で二番目にインパクトのある出会いに感じた。

 一番はもちろん隣の席の外人だ。


「私は山丹湊やまにみなとです」


 自己紹介された? 今の名前?

 山に港? 山にそんな物作ってどうすんだ。UFO的な物を迎えるため?


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。

 やたら小さい身長に緑色のアンダーリムの眼鏡が目を惹く。前髪よりやや後ろのあたりに一束だけ三つ編みが垂れ、ジャージの袖が手の甲に届いていた。


 まるでアニメから出てきたみたいな人物だった。

 これで釘宮ボイスだったら二次元の壁を突破してしまったと狂喜しているところだよ。いや、スペック的には十分狂喜して良いレベルか!? いや落ち着け!


「だ、大丈夫……?」

「え? は……はい!」


 いかん、一瞬パニックに陥っていた。


「一応、二年委員長してるんでよろしくね。委員長の癖に今日みたいな仕事はできないんだけど……ちょっと体が強くなくて」


 虚弱パラメータまで追加されただと?

 こんなハイスペックな人間が本当に存在するとあ。

『二年委員長』って役職はよく分からないが、質問しづらいな。


「メンタルも豆腐だよねー!」

「ふん、あの頃の私は時空のはざまに捨ててやったわ!」


 いかにも俺と同族っぽい先輩に茶々を入れられたが、それを笑顔であしらった。

 初対面とこれだけ話せるのに豆腐メンタルなんて嘘だろう。


「あ、あの、安佐手、月人です」


 だから話し始めに『あ』を付けるのをやめろ。


「入会ノートに名前書いてくれた子だね。女の子っぽい字の」

「あ、そ、それは僕が書いてないんで」


 そりゃ嗣乃が書いたんだし当然だ。


「はいどうぞ」

「へ? あ、ありがとうございます……?」


 先ほど山丹先輩を豆腐メンタル呼ばわりした男の先輩に何かを渡された。

 工場で働く人が着るような、薄い緑色の作業着だった。


「え……?」


 背中には大きなオレンジ色のゴシック体で『生徒自治委員会』と刺繍されていた。肩には同じ色で『安佐手』と書かれている。


 うわぁ、もう逃げられねぇ。

 入会を決めている人用のノートと考えている人用のノートが分けられた理由はこれを作るためだったのか。

 袖を通してみると、サイズは大きめに作った制服のブレザーとほぼ同じに思えた。


「あ、ありがとうございます」

「これから委員会活動がある時はこれを着てもらうから、ロッカーに入れといてね」

「は、はぁ」


 目立つなぁ、これ。

 名前が思った以上にでかく書いてある。

 何か意図がありそうだ。さっきも名前のゼッケンを付けさせられたし。


「ん? どうしたの? デザイン気に入らなくてもあきらめてね」

「あ、いや、名前の字が大きいなって」


 俺のアニメ脳がなんとなくこの意図を察し始めた。

 わざわざ通学の時間帯に強烈な臭いを発するマネをして、更にはゼッケンで個人名まで知らせるなんて。


「他の生徒から名前を覚えてもらいたいと思って作ったの。一年生では安佐手君が袖を通す第一号だよ。おめでとう!」

「あの、さっきツナギに名前つけたのも?」

「鋭いねー! ゲームとかアニメとか好き?」


 机に座っている先輩方はうれしそうだ。

 実は隠れヲタ委員会なんだろうか。


「そっち方向に話持って行かないでよパソ部!」

「はへ?」


 変な声が出た。どういうことだ。


「この人達はパソコン部なの。入力の手伝いしてもらってるんだ」

「うち不祥事でネット切られててさー。俺達ネット回線復活させてもらうのを条件に手伝わされてるんだよ」


 本当だったのか。多江の情報網もなかなかだな。

 事件の当事者は皆退学しているらしいが、見て見ぬ振りをしていた他のパソ部の連中には強制労働を強いているらしい。


「いやーほんとに助かってるよ。『自主的に』自治会手伝ってくれてさ!」

「ほんと俺達えれーわー。山丹湊様のご威光に逆らわない所が特にエラいわー」


 山丹先輩は多分、敵に回しちゃいけない人だ。

 アニメ的に言えば。


「今月中には回線復旧出来るように稟議は出してあげるわ。はっはっは!」


 二年生の皆様、個性が強すぎて怖いな。


「で、月人君はどうしてドブさらいなんてするのか、察しはついた?」


 察しはついているが、話すとなると中二病トークをするような気分で恥ずかしい。


「えと……希望制で生徒会みたいな活動してるから……信頼とか、集めるため?」


 そんなわけないか。

 生徒会がテーマの学園モノでもない限り、こんな活動をしたって「業者雇えよ」と呆れられるだけだ。


「そ、正解!」

「え!?」

「言いたいことは分かるよ。でも私達は信用されないとできない商売してるのよ。例えばね、全く人気がないユーチューバーが『一般の方と結婚します』なんて言ったらどう思う?」


 考えたくもない何様感だ。

 でも何が言いたいのかは分からないな。


「うちは生徒会みたいな組織なのに選挙をしないのよ。だから辛いことを率先してやって信頼されなきゃいけないのよ」


 うーん……効果あるのかなぁ?


「疑問に思うなら君の代で変えてもいいからね」

「あ、いや、すいません」


 俺って顔に出やすいのかな?


「うわっ!」


 ドアを開けて入って来るなり、声を上げたのは多江だった。

 二次元からはみ出て来たような人物を見かけたらそんな声出るわな。


「え? あたしだけに見える妖精の類じゃないよね? あれ? 次元の壁? どこ? どこ!?」


 そして俺にアホ丸出しの耳打ちをする。


「二年の委員長だから。先輩だぞ」

「へ? あ、あぁどうも酒匂多江です! 飛び入りですんませんが旗沼先輩にはメールしてます!」


 多江はすぐ正気を取り戻した。

 ついでに離れてくれ。風呂上がりの良い香りがしてやばいんだ、俺のハートが。


 多江と山丹先輩の視線が絡み合った。

 ニュータイプよろしく感応し合っているのは明らかだった。


「山丹です。よろしく……何かと話が通じそうで助かるわ」

「ほぅ……ジャンルはどの辺りを?」


 多江がろくでもない自己紹介をしている間に、シャワー組がぞろぞろと戻って来た。


「おお……レベル高いな一年生」


 パソ部の先輩方は当然、顔面偏差値が高いと言っているんだろう。

 俺、見事に蚊帳の外。

 陽太郎と嗣乃もジャケットを受け取った。そして二人も俺と同様、見事にサイズがぴったりだった。



 辛い。

 実際の作業よりも四階の教室に戻る方が苦痛だった。


「帰って来たか。お疲れ! こいつらの活動見ただろ? やる気のある奴は大歓迎だからな!」


 交野先生は最後まで清掃に顔を出さなかったくせに何様のつもりだ。


「んじゃ授業始めっぞ。日直……やべ、日直の決めんの忘れた。また今度決めるわ」


 適当過ぎるぞこの先生。

 このゆるさは嫌いではないけれど。

 クラス中がヒソヒソ話で盛り上がっていた。俺達に対してあまり肯定的な意見は出ていないだろう。

 あれだけ臭気を撒き散らして作業していたんだから、見目麗しいのがいるからと言って仲間に入りたいとは思いもしないよな。


「きりつきょーつけれい解散」


 チャイムが鳴り、先生が適当に解散を告げた。

 全員が立ち上がるのに混じって立ち上がろうとしたが、できなかった。


「うごふ!」


 変な声が出た。腰が悲鳴を上げた。

 フロンクロスが心配そうな顔でこちらを見ていたので、大丈夫と生返事してしまう。だから咄嗟に大丈夫と言うなよ我が心よ!


 しかし、コミュ障はコミュ障のことを理解できてしまうようだ。

 俺が立ち上がれない事を即座に察したのか、フロンクロスは案の定嗣乃を連れてきた。

 ありがたいけれど、その選択は間違いなんだよ。

 見ろよ、嗣乃のどういじってやろうかという邪悪な笑顔を。

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